ピアスと悪霊とブラコンと陰陽師

秋雨千尋

とある拗らせたブラコンの心霊話。

 今日、ピアスを買った。

 赤い石が付いた星形で、きっと似合うと思ったから。

 白い箱に入れてリボンを付けてもらう。

 きっと今年も渡せないのに。


「あの、モデルのSURUスル君ですよね、ファンなんです!」


 店を出たタイミングで女の子に声を掛けられた。

 愛想笑いを浮かべて一緒に写真を撮る。

 プライベートでは避けて欲しいけど、ファンは大切にしないと、すぐに炎上してしまうから。


 僕は条架じょうか須留する

 代々続く陰陽師の家系に生まれた次男。神童と呼ばれた兄と比べて、わずかな霊力しかない。

 小さい頃は“見えるだけ”なのが災いして霊の類に何度も殺されかけた。

 でもイヤな思い出ってワケじゃない。

 いつも兄さんが飛んできて助けてくれたからだ。


「まったく須留するは目を離せねーな、俺から離れんじゃねーぞ!」


 足をやられた時は家までおんぶで運んでくれた。

 夕焼けがキレイで、兄さんの背中は温かくて、痛みはどこかに消えていった。


 条架家は長男至上主義。

 兄はステーキ、僕はメンチカツ。

 兄は特注のランドセル、僕は市販品。

 家族で映画を観に行った時も、兄だけポップコーン Lサイズ。

 親族の集まりが嫌いだった。みんな僕のことを見ていない。要らない子だと言われてるみたいで。


須留する、鯛の刺身うまいからお前も食えよ」


 みんなの注目を集める兄さんが、屈託なく笑う。手招きされる事で、ようやく居場所ができていた。



「君かっこいいね、芸能界とか興味ない?」


 成長期を迎えた僕は高1で180センチになっていた。スカウトされるままに事務所に所属して、モデルを始めた。最近はテレビにも出ている。

 視線を向けられるのが嬉しい。

 霊力が弱くても必要とされている事が幸せだ。


須留するくん、本当にたくましくなって、サインいいかしら?」


 親戚のおばさん達の見る目が変わった。

 兄さんとは違う生き方をする、それで上手くいくと思ったのに。


「なあ、須留する。モデルの女の子、紹介しろよ」


 尊敬していた兄さんの欲にまみれた頼み事に、ひどくガッカリした。

 だから、少しだけ意地悪を言いたくなった。


「モデルはみんな背が高いから、兄さんじゃ恋愛対象にならないと思うよ」


 それ以来、連絡がとれていない。

 すぐにメールで謝ったけど返事はなく、電話も繋がらない。毎年買っているクリスマスプレゼントは今年もまたクローゼットで眠るのだろう。


 兄さんに褒めて貰いたかった。

 凄いじゃないか、頑張ってるなって、そう言って欲しかった。テレビの裏側とかも聞かれたら全部話そうと思っていたのに。


 吐く息が白い。

 駅まで向かう途中にある公園で、ザワザワと肌をつたうイヤな気配がした。ヤバイ奴がいる。絶対に振り向いちゃダメだ。


「SURUくぅん……」


 聞こえないフリをして歩く。祓う事ができない以上は逃げるしかない。

 声はだんだん近づいて、耳元に息がかかる。


「ねえってばあ、アたし一人じゃ寂シイの……」


 冷たい指が首にかかる。

 曲がりくねった黒髪が腰に絡み付いてきた。

 寒気がする。息がしづらい。


「雑誌デビューした時から応援シテるのよ、一緒にイッテクレルヨネ?」


 あ、これは無理だ。

 兄さんに電話……と取り出した携帯を、髪の毛に奪われた。


「もうイラナイでしょ?」


 目の前でグシャリと潰される。

 仕事用のスマホとは別のプライベートのガラケー。

 お揃いで買った勾玉のストラップを付けていたかったから、ずっと使い続けていたのに。


 何かがブチリと音を立てて切れた。



「好みじゃない。ひとりで逝け、悪霊」


 身につけて霊力を貯めてきた短刀を鞄から取り出し、すぐ後ろの存在に突き刺した。

 悲鳴と共に髪の毛が離れる。

 急いでその場を走り去る。追いつかれてはならない。走って走って、駅まで、人気のある場所まで。


「そんな……」


 どんなに走っても公園から出られない。

 もう足が動かない。

 髪の毛がまとわりついてくる。

 終わりだ。

 ピアスの箱を握りしめる。兄さん、せめて最後に謝りたかった──。


「みぃつけたー」


「あーハイハイ。こっちも見つけたよ」  


 念仏を詠唱する声がして、体がフッと軽くなった。

 悲鳴を上げながら夜空に魂が上がって行く。


「兄さん……」


「まったく須留するは目を離せねーな、ストラップが壊れた気配がしたから文字通り飛んできたんだぜ。式神ジェットでさ」


「どうして、助けてくれたの」


「んーずっと考えてたんだ。なんでお前があんな悪口を言ったのか。最近やっと分かった。食べ足りなかったんだな?」


「え、は?」


「思い出したんだよ。家族で映画を見た時、俺だけLサイズなのが不満だったんだろ」


「兄さん?」


「食いもんの恨みは怖いよな、俺もお前も悪かったってことで。仲直りしようぜ、今から腹いっぱい食わせてやるからさ!」


 兄さんが手をかかげると、空に大量の白い塊が現れた。この日、雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。


 終わり。

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ピアスと悪霊とブラコンと陰陽師 秋雨千尋 @akisamechihiro

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