公開プロポーズ

馬車の中でも観賞中でも、ティアシーアはドキドキしっぱなしであった。


とことんリオーネは二人きりにさせたかったようで、観劇の席も二人きり。


「ティアシーア様と二人だなんて嬉しいです」

とミカエルは終始ティアシーアに好意を寄せる言葉や甘い囁きしかせず、ティアシーアはずっと落ち着かなかった。


(どうしましょう)

きっと観劇が始まれば会話もなくなり、少しは落ち着くだろうと思ったのだが、周囲が少し薄暗くなるとミカエルがティアシーアの手に、自身の手を重ねてきた。


思わず振り払いそうになったのを何とか押しとどめて、ミカエルの顔を見る。


(嫌なら振り払ってくださいね)

そっと小声で呟かれ、そんな失礼なことは出来ない。


(大丈夫です)

小声でそれだけ返すと、ホッとした様子でミカエルは微笑んだ。


二人は目線を舞台に移す。


ティアシーアはミカエルの手の存在を忘れるために劇に集中しようとした。







(これ、無理ー!!)

思いも寄らない濡れ場のシーンに思わず、目を反らした。


恥ずかしくてティアシーアは直視出来ない。


(内容は面白いわ、でも、ちょっと抵抗が)

思わず手に力を込めてから、ミカエルの手の存在を思い出す。


その手の先を追ってミカエルの顔を見ると、目線が合ってしまった。


お互い頬を紅潮させていて、なんだが気まずい。


悪い気がしてティアシーアが手を引こうとしたが、ミカエルが強く引き戻す。


「すみません、離れがたくて」


「あ、あの」

ミカエルはそのまま両手でティアシーアの手を包む。


「後で大事な話があります。その話をする勇気をもちたいので、ひとまず終わるまではこのままでいてください、お願いします」

懇願するような声と表情にティアシーアは頷いた。


(大事な話……期待していいかな)

見てる観劇が恋愛ものだからか。


今なら少しだけ素直になれそうだった。








「良かった、皆幸せになって本当に良かったです」

ティアシーアは涙を拭きながら、劇場を出る。


ティアシーアと似たような感想と、涙を流した人物がどこかに居たような気がした。


「えぇ、とても素晴らしかったですわ。思っていたより楽しくて、皆さんにお勧めした甲斐がありました」

リオーネも満足そうな顔をしている。


「皆さま満足されたようでいいですね。では馬車に向かいましょう」

リオーネと一緒に観劇を見ていたフゥは、二人きりの空間でずっと口説かれ続けて少々お疲れであった。


「愛する人と一緒になれたらどんなに幸せか……ではディナーを予約したところへ向かいますか」

ミカエルの促しで、先程と同じように馬車へ乗ろうとしたその際に、フゥとティアシーアが同時に動いた。


フゥがリオーネを庇い、ティアシーアの手が男の腕を掴む。


「どこの者だ、何故リオーネを狙った!」

男の手には刃物が光っている。


掴んだ腕とは別な手で刃物を取り出すとティアシーアに切りかかる。


男の腕を掴んだまま横に避けるが遅れて動いたドレスが刃物の餌食になり、切れてしまう。


「ティアシーア様!」

ミカエルの心配の声が聞こえたが、ティアシーアはまず目前の男に集中する。


ティアシーアの長い足が男の側頭部を打ち、地面へと叩きつける。

「がっ!」

男の苦悶の声がしたが、その姿が地面に潜るようにして影に消えていった。


「すみません、ティアシーア様。お手を煩わせてしまって」

男の代わりに影から女性が出てくる。


「いいえ、寧ろ邪魔をして悪かったわね。その男の身元を調べておいてね」


「カタリナ、こちらも任せるわね」

そう言ってリオーネが指さしたのはリオーネが魔法で自由を奪い、フゥが縛り上げたもの達だ。


命ぜられるままカタリナが影を操り、男達を引きずり入れていく。


「フゥもありがとう、リオーネ様を引き続きよろしく」

長い前髪でカタリナの表情は見えないが、少々拗ねているようにも見える。


「彼女は王家の護衛ですか?」

カタリナを初めて見たミカエルは驚いていた。


「はい。普段はリオーネの従者兼護衛をしています。影を使った魔法を使用します」

ティアシーアがそう紹介をする。


「ミカエル様、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。今日はフゥがいる為、あたしは文字通り影から見守っていました。リオーネ様はフゥを気に入っているため、こういう時はなりを潜めてるようにしていたのです」


「そんな理由だったの?!」

ティアシーアも知らなかった。


気まぐれで出たり入ったりしてるのかと思っていたが、リオーネの為か。


「知らなかったわ、リオーネはフゥが好きなのね」


「大好きで愛してますの。だからいっぱい口説いております」

恥ずかしげもなくいうリオーネはどこか誇らしげにも見えた。


「凄いわ、リオーネ」

人前であろうとそのように言えるなんてと、リオーネの勇気は見習いたいものだ。


「思ったことは素直に伝えた方がいいですわ、誰かに取られてからでは遅いですもの」

リオーネの言葉は今のティアシーアならば、しっかりと受け止められそうだ。


大捕りものをし気持ちも高揚している、それに甘い観劇を見た後だしと勇気が湧く。


「ミカエル様」

ティアシーアは決意を込めて彼を見る。


「あの、私と……」

いざ言おうとするがうまく言葉が出ない。


「お待ちください、ティアシーア様。その続きは俺が」

ミカエルが何かを取り出し、跪いてティアシーアに差し出した。


「ずっと前からあなたが好きです、どうか俺と婚約してください」

ミカエルが用意したのは婚約指輪であった。


「これを私に?」


「本当は食事の後にと思ったのですが、あなたに先に言われるわけにはいかない。俺の方が昔から好きだったのですから、いくらティアシーア様でもここは譲れない」

指輪につけられていた宝石は紫と黄色が混じったアメトリンだ。


互いの髪の色を表している。


「宝石で有名なパルス国にお願いしました、出来れば俺の手でつけたいのですが」

ミカエルがじっとティアシーアの返事を待っている。


「嬉しいわ。ぜひあなたがつけてください」

ティアシーアは恥ずかしく思いながら手を出す。


細くもなく、綺麗でもない手だが、ミカエルは恭しくその手を取るとそっと薬指にはめた。


「綺麗ね、それにぴったりだわ」

きらきらと輝く指輪をうっとりとみつめる。


「リオーネ様とフゥが協力してくれましたので、サイズもデザインも相談させてもらったのです。気に入って頂けて良かった」

安堵し、ミカエルはティアシーアを抱きしめる。


「愛してます、一生大事にしますから」


「あ、ありがとうございます」

ティアシーアが真っ赤になりながらそう言うと、周囲から歓声が上がる。


「凄いです。この衆人環視の中プロポーズとは、ミカエル様も度胸あるですね」

フゥの言葉にハッとする。


ここは劇場のすぐ外で、皆観劇を見終わりそろって帰るところであった。


そんな中で暴漢に襲われ、そこからのプロポーズ、注目を浴びるに決まっている。


「ミカエル様、場所を移しましょう」


「そうですね、ディナー前にドレスも買いたいし」

切りつけられたせいでドレスには大きなスリットが入ってしまった。


「緊急時ではありましたが、これからは俺以外に肌を見せないでください」

口元は微笑んでいるのに、ミカエルの目は笑っていなかった。





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