二人きり

レナードは女性と観劇を見に来るなんて初めてだと改めて思う。


小さい頃に家族で見に来た事はあるが、こうして婚約者と来るなんて少し感動していた。


「楽しみですね、エレオノーラ様」

馬車から降りる前に車内でエレオノーラはニコルに改めて身支度を整えて貰っていた。

二人で何かを話しながら行なっている。


この二人は仲が良く、いつも一緒だなぁとレナードは思っていた。





付け襟とストールで大分印象が変わる。


エレオノーラの肌の露出が減った分、レナードもようやく気持ちが落ち着いた。


「恋愛ものとは聞いたのですが、どのようなものか楽しみです」

レナードは本を読むのが好きなのだが、実は恋愛系が好きだ。


特に両片思いなどの話は、創作話だとは知っていても応援したくなる。

こっそり作者に感想の手紙を送ったこともある。


「わたくしも詳しくは知らないのですが、リオーネの話では評判がいいらしいのです。レナードが気に入るといいわね」


周囲の目があるからか、そっと腕に手を添えるくらいの接触だ。


「エレオノーラ様達のボックス席はあちらですね、では私はまた後で迎えに来ます。何かありましたら通信石で連絡を。レナード様、くれぐれもエレオノーラ様をよろしくお願い致しますね」


ジロリと睨むような目をニコルから向けたられた。

それだけ言うとニコルと護衛のキュリアンは姿を消した。


「二人は一緒じゃないの?」

「デートですもの。レナードとわたくしだけに決まっているじゃない」


エレオノーラに手を引かれ、席に座る。


スペースは広く、ボックス席という事で隔離されている。


本当なら落ち着いて見られるのだろうが、レナードは全く落ち着かない。



距離も近く、二人きり。

未だにエレオノーラといると鼓動が止まらない。


世の夫婦はどうやって慣れていくのか、不思議で仕方ない。


レナードは膝の上で拳を握り、エレオノーラの方をなるべく見ないようにしていた。





そんなレナードが可愛くて可愛くて仕方ない。

エレオノーラは気づかれないよう熱い吐息をついた。



いつまでも慣れないという事は、レナードはエレオノーラを意識しているという事だ。


何とも思ってない相手にあそこまで顔を赤らめたりはしない、異性としてしっかり見てもらえてエレオノーラは本当に嬉しい。


そして大事にしてくれているからこそ、触れてこないこともわかっている。


その反応がまた愉しくてエレオノーラは更にレナードに迫ってしまうのだ。




膝の上に手を乗せれば、体をびくりとさせる。

更に体を寄せれば何かに耐えるようなため息が聞こえた。

見れば首まで真っ赤だ。



エレオノーラは自分がこんな悪女だとは思わなかったが、レナードも悪いと思ってる。


いつまでもこのようなじれったい反応ばかりでなの、たまにはレナードからの積極的なアピールも欲しいのだ。


(少しくらいからかっても罰は当たらないでしょ?)


観劇が始まると同時にレナードの手に指を絡めると、小さな悲鳴が聞こえてきた。







観劇が始まり、静かに見ているのだが、落ち着かない。

(確かに恋愛もの、だけど…ちょっと、いやかなり刺激的だ)


官能的な表現はあるもののストーリーは面白いので、顔を赤らめつつもレナードは目が離せない。


(切ない…出来れば幸せになって欲しい)


小説の悲恋物も読むが、基本的には誰も苦しんでほしくないと思っている。


そんな想いで少し涙が浮かんだ頃、レナードの肩にエレオノーラが頭を乗せる。


「わたくしはずっとそばにおりますよ……」


小さな声で囁かれた。


意図を察してエレオノーラの頭にそっと寄り添うと、花の香りが漂う。


「ありがとうございます」


鑑賞中の為、小さな声でそれだけのやり取りをした。


エレオノーラは本当に優しい。




その後は寄り添いつつ、時には涙して、時には顔を赤くし、レナードはエレオノーラとの観劇を最後まで見ることが出来た。






「良かったです、最後は幸せになって」


涙を止めることも出来ず、レナードはハンカチで拭っていた。


「お鼻が真っ赤になっているわ、レナード。大丈夫?」


鼻をすすり、赤くなってしまっている。


気遣うエレオノーラにお礼をいい、しばし二人は席で座っていた。


見終わった人たちが一斉に帰るので、二人はその波が落ち着くまで待っていた。








「二人が最後ですよ、そろそろ出てください」

劇場の人に声を掛けられ、二人は立ち上がる。


「出口はこちらに…」

「?」


先程とは違う通路を促される。

「こちらは先程とは違いますよね」

レナードの疑問に男が答える。


「まだ入り口は混んでますので、こちらの別口からどうぞ」


「折角ですが、従者と待ち合わせしていますの。先程の道で結構よ」


そうエレオノーラも伝えると、何かを背中に押し当てられる。

「?!」


鋭く硬いものだ。


「黙ってついてこい。声を出せば殺す」

男の言葉にエレオノーラは無言で男を睨みつけていた。

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