第三話 勧誘
魔法を使ったことにより意識を失った透は、目を覚ますと見知らぬ部屋で白いベッドに寝ていた。
(ここは……)
「くっ……」
身体を起こそうとすると全身に痛みが走り思わず声が漏れる。頭痛も酷く、呼吸をしているだけで肺を突き刺すような痛みに襲われる。ただ、それはさきほど森で受けたものに比べて遥かにマシであった。
自身の身体を見下ろせば、所々破けた制服はそのままに、負ったすべての外傷が治療されていた。痛みが完全になくなったわけではなかったが、死にかけていた先ほどと比べたらはるかに楽だった。
誰がなんの目的で治療したのか、透は疑問に思いつつ部屋を見渡した。あるのは机椅子とクローゼット、そして自身が寝ていたベッドのみと非常に殺風景で、まるで急ごしらえしたような部屋だった。
「あっ!目が覚めた?」
突然扉の方から人の声が聞こえてくた。そこにいたのは一人の少女だった。澄んだ深紅の瞳と雪のように白い髪、年齢はおおよそ透と同じように見え、人当たりのよさそうな笑みを浮かべていた。
「誰だ」
「声冷たっ。まあ仕方ないか。私はリタ。よろしくね!」
警戒の色を隠さずそう問いかけると、少女——リタはそう名乗った。敵意は感じない。だからこそ透は油断せず、白髪の少女を見つめる。
「ここは魔王城。森で倒れてたあなたをクルスが運び込んだの」
リタはここまでの事の顛末を説明した。透はあの後意識を失いその場に倒れたが、それを魔王の側近であるクルスという人物が見つけてここに運び込んだ。その後、治療を施しこのベッドで寝かせていたそうだ。
「結構ひどい怪我だったよ。骨折れてるし血だらけだし。あれだけ血を流してて生きてるのが不思議なくらいだったよ」
そのときのことを思い出したのか、リタが苦笑を浮かべる。鍛錬を積んだ人間や元々の生命力が高い魔族であれば生きているのも不思議ではないが、この世界に来たばかりで戦闘能力の低い異世界人ならまず間違いなく死んでいたであろう重傷具合だった。
「そうか」
「あれ、反応薄くない?あなた死にかけたんだよ?」
瀕死の大怪我をしたにも関わらずまるで気にしてない様子の透に、リタは不思議そうに目を丸めた。
「そんなことより、俺が知りたいのは理由だ」
「理由?」
(そんなことで済む話じゃなかった気がするけど)
そう思ったが口には出さずに透の言葉を復唱する。
「理由ってなに?」
「俺をわざわざ生かしたってことはなにかしら理由があるんだろ?なにが目的だ?」
こちらを全く信用していないのが声からわかり、リタは思わず苦笑いをしてしまう。
「もう、そんな警戒しなくていいのに」
いきなり仲良くするのは無理だろうが、命を助けた恩人でもあるのだからもう少し気を許してくれてもいいのではないかとリタは思った。
「その辺の話は魔王様にしてもらうから、ついてきてね」
「わかった」
拒否権がないことを理解している透はベッドから降りて立ち上がった。
まだ身体の痛みが残っていたが、瀕死の状態から歩けるほどまで治療してもらったことに透は感謝の念を抱いた。しかし、どんな思惑で治療されたのか不明瞭なので油断はできない。
警戒心はそのままに、透は先導するリタについて魔王の元へと向かった。
——————————
「そやつが森で倒れてた者か」
「はい、そうです」
魔王の問いかけにリタが返答する。透とリタは玉座に座る魔王に跪いて顔を伏せていた。
今この場にいるのは魔王、透、リタ、そして幹部とおぼしき人物が四人。
「名前はたしか闇雲透といったか。お主と二人きりで話がしたい。すまぬが他の者は一度出て行ってくれぬか?」
「承知しました」
ずいぶんと優しい物言いだな、と透は不思議に思う。魔王とはもっと高圧的で冷徹な人だという勝手なイメージを持っていたので、魔王の態度に違和感があったのだ。
その場にいた透以外の五人が出て行き、魔王と二人きりになった透は緊張感を強めた。
「まあそんな固くならんでよい。
そう優しい声色で話かけてくる魔王に透は困惑しながらも顔を上げた。
魔王はリタと同じ白髪に
(これだけ優しい雰囲気を見せられると逆に警戒するな)
当初のイメージとはだいぶ違ったが、だからといって
「今後のお主の処遇についてなんじゃがな、お主には頼みたいことがあるのじゃ」
魔王はそう切り出してきた。
(頼み?命令ではないのか)
魔王という立場でありながらその発言は魔王らしくないと感じた。なぜわざわざ『命令』ではなく『頼み』なのか、透にはその意図が読めず続きの言葉を待った。
「魔王軍に入って我々に協力してもらいたい」
「……なぜ?」
「我ら魔王軍は今、深刻な人手不足でな。使えそうな人間はできるだけ引き入れたいのじゃ。お主は強くなれる可能性を秘めておる。鍛えれば有能な人材になりそうなのだ」
(なるほどな……)
突飛な提案にも思えたが、これでわざわざ生かされたことにも納得ができた。
魔王の話は透にとっても悪いものではなかった。具体的になにをするのかは定かではないが、少なくともこの世界で生きていく上でなにかしらの組織に
「貴方たちが信用できるという証拠はありますか?」
美味い話には裏があるということを透は知っている。だからすぐに信じるような愚かな真似はしなかった。
「ほっほっほっ、疑り深いのは良いことじゃ。じゃが、お主にこの誘いを断ることはできない。そうじゃろ?」
しかし、魔王はそう言ってニヤリと笑った。最初から透は断れないと確信しているように見える。
事実透には拒否するという選択肢はなかった。なぜなら、今この誘いを断ればどうなるのか明白だったからだ。
「断ればここから追い出される。熊一匹に殺されかけたようなひ弱な人間が単独で生きていけるほどこの世界は甘くない。俺がこの世界で生きていくためには魔王軍に入るしかない。ということですね」
「随分と自分を卑下した言い方じゃが、まったくその通りじゃ」
魔王は笑顔で
悔しいが今の自分がどれだけ弱いのかはあの森で身を持って知った。強くなるという意味でも魔王軍に入ることは透にとって良いことだ。
「で、どうするのじゃ?断れば今すぐ外に放り出すが」
「はあ」
透はひとつ大きなため息をつく。ありがたいはずなのに素直に喜べない。手のひらの上で転がされるような感覚に不快感を覚えたが、ぐっと飲みこんで答える。
「入りますよ。魔王軍に」
「ほっほっほっ、それは良かった。いろいろと思うところはあるじゃろうが、魔王軍のため、そしてこの世界のために尽力しておくれ」
からからと笑う魔王の姿は威厳の一つも感じられなく、透はこの人の元について大丈夫なのかと不安に思った。
「うむ。話は以上じゃ。リタ!そこにいるのじゃろ?出てこい!」
話が終わると、魔王が扉に向かって叫んだ。
「あははっ、ばれちゃった?」
そう言い、リタが扉を開けて入ってくる。どうやら盗み聴きをしていたようだ。
「魔王城の中を案内してやれ」
「はーい!じゃあ透、ついてきて」
魔王の指示を受けたリタは透を先導するように歩き始め、透はそんな彼女の一歩後ろについて魔王の元を後にした。
__________
「ここが透の部屋ね」
魔王城全体の案内が終わり最後に案内されたのは、先ほど透が寝ていた部屋だった。
「俺の部屋だったのか」
「うん。もともと空き部屋だったんだけど、クルスがあなたを魔王軍に入れるって言いだしたから急いでベッドとか用意したんだよ」
それだけ透の魔王軍加入は突然のことだったのだろう。クルスが自分という存在にどれだけの価値を見出しているのか、透には推測できなかった。
「私の部屋は隣だよ」
「そうか」
「寂しくなったらいつでも来ていいからね?」
「……」
リタがからかうように言ってきたが、それに返答する元気はなかった。
「無視は酷くない?まあいいけど。案内はここで最後だし、お風呂に入って来たら?」
時刻はすっかり深夜となっていた。夕食をまだ食べていなかったが、疲れすぎて食欲などなかった。
「そうだな。今日はもう風呂に入って寝たい」
「うんうん、いろいろあって疲れてるよね」
「じゃあ行ってくる。いや、でも着替えがないか」
「それなら大丈夫。クルスが用意してるから」
「それは助かる」
用意周到なクルスに感謝しながら透は風呂に向かった。あまり長いこと浸かると風呂で寝てしまいそうだったので、早々に上がり用意された服に着替える。服のサイズはぴったりだった。
(採寸された覚えはないんだがな……)
風呂から出た透は自室に戻り、改めて部屋の中を見渡した。物が少なく一人で使うには少々広く感じたが、ここは王城だしこれくらいが普通なのだろうと考える。
ベッドに寝そべると疲れと眠気が一気に押し寄せてきた。
「疲れたな……」
突然異世界に飛ばされたと思ったらそのまま流れで追放されて、その後森で死にかけて魔王軍に助けられた。高校に入学してから三ヶ月、これほど濃厚な一日を過ごすことはなかった。
(明日から頑張らないとな)
リタと魔王には思うところがあるが、命を救われたのは事実だ。恩を仇で返すのは本意ではない。
明日からの生活に期待と不安を抱きつつ、透は眠りにつくのだった。
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