噓つき

遠藤良二

噓つき

「嘘だけは嫌!」


僕は彼女を裏切ってしまった。

交際中の神田雅かんだみやびという二十六歳の女性を。

僕は城田功しろたこうといい、二十八歳。

他に好きな人ができて、その子と会っていた。

雅には仕事と言ってあったが、街の中でその子と歩いているのを見られ問い詰められた。

「一緒にいたあの子、誰?」

「友達だよ」

僕は焦っている。

嘘がバレたら最悪な結果になることを。

「仕事って言ってたじゃん! 何でその子と会ってるわけ?」

雅は目に涙を浮かべながら言っている。

「泣くなよ」

「だって……功が嘘つくから」

「嘘じゃないって」

 洟をすすりあげ、

「功のことを……信じていいの……?」

「もちろんだよ」

僕はまた嘘を重ねた。

裏切者の僕をまだ信じ続けるなんて。

こんなに思ってくれる人がいるのにまた嘘をついて、僕は地獄に落ちそうだ。

でも、聞いた話だが、嘘を貫き続ければ真実になるって。

確かにそうかもしれない。

でも、一つの嘘を墓場まで持っていく勇気は僕にはない。


 僕は雅のことをまだ、好きなのだろうか。

微妙だ。

新しく好きになった子は植山小春うえやまこはるという。二十一歳。知り合ったきっかけは、小春がお店でバーテンダーをしていて、僕の一目惚れだ。

そのお店に通い続けて喋るようになり、僕のことを好きになってくれたみたいだったので、周りのお客を気にしながら告白した。

「好きです、付き合って下さい」と。

返事は、

「良いですよ」

というもの。

凄く嬉しかった。

ビンタを二発くらい食らっても、怒らないくらいに。

それくらい天にも昇るような気分だった。


 雅に、僕のことを信じていい、と言ってしまった。

小春とも付き合っているから二股だ。

バレなければいいさ。

僕はいつからこんな悪い男になったのだろう?


 今日は週の始めの月曜日。

仕事に行く日。

なぜか早めに目覚めてしまって、今は五時三十分前。

 僕の職業は、コンクリートを作る工場勤務。

力仕事だから、筋肉隆々だ。

今の会社は約三年前から在籍している。

仲間も増えて、たまに居酒屋に行っている。

そいつは中嶋悟郎なかじまごろうといって、二十七歳。

 お互い酒が好きで気が合う。

僕の一つ年下だ。

中嶋は力仕事もしているが、ほとんどクレーンでコンクリートを移動する仕事をしているようだ。

彼はクレーンの資格を持っていたはず。

前に職業訓練に行っていたからそこでとったと思う。

 仕事は中嶋の方が先輩だけど、年は僕の方が上。

彼は高校中退してこの会社に就職したという。

だからこの会社の物の配置などはほぼ全て知っているようだ。

さすがに事務のことはわからないだろうけど。


 小春はきっと僕に彼女がいることは知らないだろう。

バレたらどうなるだろう。

僕の予想では、雅にも小春にもフラれそう。

大丈夫だろうか。

もし、そんなことになったら悲しすぎる。

自業自得というやつだけど。


 とりあえず今日は雅と一緒にいることにした。

元サヤの彼女。

居心地はいいけれど、ときめかない。

だから、新しい彼女を見付けた。

小春にはときめくし、楽しい。

居心地もいいし。

新しい彼女だからなのかな。

これじゃあ、小春の方がいいに決まってる。

どうしよう、雅と別れるべきか?

でも、僕のことを信じていいと言ったばかりだし。

もう少し様子をみよう。

僕はフラれたくない。

なぜかというとカッコ悪いから。

雅のことは嫌いなわけじゃない。

でも……でももう、恋愛感情は……。


 翌日。

結局、僕は雅の体に触れることなく朝を迎えた。

彼女は、

「昨日の夜、何で抱いてくれなかったの? 私、待ってたのに」

と言うので、

「そうだったのか、昨日は疲れてて」

また嘘をついた。

疲れていたのは確かだけれど、小春と朝までイチャついていて寝てなかったのが原因。

そんなことをぬけぬけと言えない。

言ったら最後だ。

いや、最後でもいいのかもしれない。

格好つけるようだけれど、雅を傷つけたくない、だから言わないでいる。

自覚はしていることだけど、雅を傷つけたくないなら、小春と付き合うべきじゃなかった。

後悔先に立たず、とはこのことだ。

好き、の気持ちが強いのは小春の方。

でも、情が深いのは雅の方。

二人とこのまま付き合い続けられたらいいのに。

どちらかと付き合うか、二人にフラれるか、どれかだろう。


 今日は火曜日。

小春にメールを送った。

<こんばんは! 今日カラオケに行かない?>

時刻は夜七時過ぎ。

少し経過してからメールが返ってきた。

<いいねえ! 行こうか>

僕は嬉しくなった。

<じゃあ、今から迎えに行くわ>

<ちょっと待って! 用意する時間ちょうだい>

<ああ、ゴメン。用意ができたらメールちょうだい?>

<わかった>

一旦、メールのやり取りは終わった。


 約一時間後。

小春からようやくメールがきた。

<おまたせー! 用意できたよ>

僕はすぐに返信した。

<わかったー、今から行くね>

<はーい!>

今は夏真っ盛り。

僕は青いTシャツにクリーム色のハーフパンツで、アパートを後にした。

白い軽自動車は僕の相棒。

今年、新車で買った。

車のローンを払うために働いているといっても過言ではない。

車中は新車の匂いがする。

僕は運転席に乗り、発車した。

十分くらい走り小春のアパートに着いた。

チャイムを鳴らすとアイボリーの半袖のワンピースを着た姿で小春は出て来た。

彼女を見て、綺麗、と思った。

でも、そういう言葉は照れもあって言えない。

言えたら相手も嬉しいと思うのだが。

「功と付き合うことにしたから記念にワンピース買った。どう?」

「うん、いいと思うよ」

「ほんと? ありがとう!」

小春は無邪気に喜んでいてかわいい。

深い部分は知らないけれど、きっと、いい子なんだろうなぁと思っている。

「すぐ行く? それとも部屋で休んでから行く?」

小春は満面の笑みで言った。

僕は少し考えた。

そして、

「カラオケ終わってからゆっくりしたいな」

「わかった、じゃあ、行こう」

「うん!」

そうして僕らは地元のカラオケボックスに行き、三時間歌った。

帰りの車の中で、

「功、歌うまいじゃん!」

褒めてくれた。

「そう? ありがとう」

「あたしは歌うことは好きだけど、下手だから」

「そんなことないよ」

僕はフォローした。

「そうかな? でも、そう言ってくれて嬉しい」

「ご飯どうする? 僕、お腹すいた」

「今、十一時半頃か。あたしは食べないけれど、下手な料理でよければ作るよ?」

「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」

何ていい子なんだ、と思った。

「具材があまりないから、コンビニ寄ってくれる?」

「わかった」

僕は通りすがりのコンビニに寄った。

「何がいいかな?」

「何でもいいよ、簡単なもので」

「お肉焼くよ。インスタントの味噌汁でよければあるし」

「うんうん、十分さ」

僕は内心感激していた。

特別豪華な料理ではないけれど、小春の手料理が食べれるのは嬉しい。

会計の時、

「僕が出すよ」

そう言うと、

「いやぁ、あたしが作ると言い出したからあたしが出すよ。それにそんな高い額じゃないし」

「いやいや、食べるのは僕だから僕が払うよ!」

「じゃあ、半分ずつにしよう?」

「そうだね! 名案だわ」

小春は笑っていた。

こういうやりとりをする小春ってかわいいと思う。

雅にはない部分だ。


 小春のアパートに着いて居間に通されて座った途端、メールが届いた。

誰だろう? と思い本文を開いた。

相手は雅からだ。

どうしたのだろう?

見てみると、

<功、今どこにいる? 会いたいんだけど>

小春が、

「誰から?」

と訊くので、

「友達さ」

と答えた。

僕は嘘をついた。

嘘が積もり積もっていく。

このままだと小春と雅に二股をかけていることがバレてフラれてしまう。

それは避けたい。

それ以降、小春は何も訊いてこなかった。

僕はメールを放置した。

帰宅してから返そう。


 僕が住んでるアパートに着いた時刻は午前三時頃だった。

あれからご飯を食べたあと、小春とゆっくりと過ごした。

雅はまだ起きているだろうか?

メールを返した。

<メールくれた時、寝てた。どうした?>

雅はまだ起きていたようで、返信メールがきた。

<話したいことがあるから今から来て?>

今からか、億劫だな、そう思ったので、

<今日、仕事終わってからじゃだめか? 眠くて>

嘘ばっかりの僕。

<じゃあ、電話は?>

<じゃあ、電話にしよう>

そう送ると、電話がかかってきた。なので、でた。

『もしもし、功?』

「ああ、どうしたの?」

『単刀直入に言うね。昨日の夜、女の人と歩いてたでしょ? あの人とはどういう関係?』

やば、見られてた。

「と、友達だよ」

『なんで、どもるの? 焦ってる証拠じゃない』

「そ、そんなことないよ」

「ほら! またどもってる!」

やばいなぁ、と思ったので、

「また、僕のこと疑ってる?」

と訊いた。

雅は黙った。

僕は彼女を見詰めていると、

『いや、なんでもない。ごめんね!』

危なかった。

でも、何で僕を追求するのをやめたのだろう?

まあ、何はともあれバレずに済んだ。

よかった。

「今日は仕事休みだもんな。何するの?」

『寝てるよ。功が帰って来る頃に起きる。会おう?』

「ああ、いいよ。会うか」

『うん! 帰ってきたらメールちょうだい? 会いに行くから』

「わかったよ、僕そろそろ寝るわ。今日も仕事だし」

『うん、おやすみ』

そう言って電話を切った。


 僕はアラームをかけ忘れてしまい、寝坊した。

職場までは車で約三十分かかる。

朝八時までに出勤しないといけないのに、七時三十分頃目覚めた。

やばい、これは遅刻だ。

明らかに遅れると思ったので、会社に電話をした。

「もしもし、田島です」

工場長が電話に出た。

『おお、おはよう。電話してくるなんて珍しいじゃないか』

「はい、今起きたのですみません、遅刻します」

一瞬、間が空いた。

『何? 遅刻だと? 何時ころになりそうだ?』

工場長の口調が急にぶっきらぼうになった。

やばいなぁ。

「八時半までにはなんとか」

夜更かしし過ぎたな、と思った。

『わかった、焦って事故るなよ』

さすが工場長、心配してくれている。

「わかりました、ありがとうございます」

そう言って、電話を切った。

急いで支度をし、朝ご飯を食う時間はないので食べないことにした。

昨夜は帰宅してからシャワーを浴びないで寝てしまったので、シャワーを浴びた。

七時五十分頃にアパートを出た。


 職場に到着したのは、八時二十分頃。

予定通りの時間までには着いた。

よかった。

タイムカードを押しに事務所に向かった。

きっと怒られるだろうなぁ……。

事務所の中に入りながら、

「おはようございます」

挨拶しながら周りを見た。

工場長がいつものように作業着姿で机に座っており、僕の挨拶に気付いたのか、こちらを見た。

「来たか! 田島」

「はい」

「寝坊でもしたのか?」

「はい、すみません」

 工場長は怒っているようだ。

「タイムカードおして仕事してこい! 三十分はカットだからな」

 やっぱりかー、と思い、

「わかりました」

 と答えた。


 午後五時時に仕事を終え、アパートに帰宅した。

そして、雅にメールをした。

<オッス! 今、帰ってきたよ>

暫くして、

<お疲れ様! わかった。用意できたら行くよ>

あとは待つだけだ。

風呂に入らないといけないけど、雅が来てからでいい。

風呂に入っている間に来ても困るから。

 約一時間後。

彼女が来たのだろう、アパートのブザーが鳴った。

ビーっと。

結構うるさい。

僕は玄関に行ってドアを開けてやった。

すると、膝丈の短い黒いワンピースを着て立っていた。

笑みを浮かべながら、

「こんばんは」

いつもと雰囲気が違う。

香水の匂いもするし。

メイクもバッチリだからなのか艶っぽい。

「上がれよ」

「うん」

雅を部屋に上げてソファに座らせた。

「いやぁ、今朝、寝坊して遅刻した」

「え! そうなの? 寝るの遅かったもんね。アラームかけてなかったの?」

僕は苦笑いを浮かべながら、

「忘れてた」

と言った。

「あちゃー! やっちゃったね」

「全くだ。工場長に怒られたわ」

僕は頭を掻いた。

「私のせいだね。あんな時間に電話して」

反省している様子だ。

でも、

「いやぁ、別にそういうわけじゃないよ。僕がアラームをかけ忘れたのが悪いのさ。アラームさえかけていれば、起きたはずだから」

彼女は僕から目線をずらし黙っていた。

「まあ、この話はやめよう。それよりビール飲むか? 一本くらいなら大丈夫じゃね?」

再び笑みを浮かべてくれた雅は、

「そうね」

と言った。

相変わらずノリがいい。

もし、警察に止められても大丈夫なように、三百五十ミリ一本だけにしてもらう。泊まってもいいが、彼女は明日は仕事だから泊まらないと思う。一応訊いてみるか。

「明日も仕事なんだろ?」

「ううん、休みだよ。だから、ビール飲むの」

「そうなのか! ならそう言えよ。仕事かと思ったよ。泊まっていけ?」

僕は、笑みを浮かべてそう言ったせいか、

「あ! 功、いやらしいこと考えてる」

と言われてしまった。

「な、なんでだよ。そんなことはないよ」

「嘘だ! だって笑いながら言ってたもん」

僕は困った。

本当にそんなことないのに。

だが、僕は、

「いやらしいこと考えて何が悪い」

 言うと、

「開き直った。やっぱ、考えてたじゃん」

言いながら、爆笑している。

「駄目かよ?」

「いや、ダメじゃないけど」

「だろ?」

彼女は真顔で頷いた。

雅の頬が若干ピンク色に変わったように見える。

照れているのだろうか?

僕は訊いてみた。

「照れてんのか?」

「て、照れてないよ」

どもっている。

照れている証拠だ。

なので、更に追及した。

「えー! 絶対、照れてるだろ? 雅のほうこそ、いやらしいこと考えてるだろ?」

彼女は大笑いした。

「お互い様じゃない」

「そうだな」

僕の股間は若干固くなっていた。

「僕、シャワー浴びるよ。雅も一緒にどうだ?」

「私は自分のとこで浴びてきたから。それに、メイク落ちちゃうし」

「化粧品、持ってきてないのか?」

「持ってきてはいるけど」

「じゃあ、一緒にシャワー浴びようぜ! 綺麗に洗ってやるから」

雅は顔を真っ赤にしている。

初めての経験じゃないのに。

まるで高校生のようだ。

そう思うと雅は純粋なんだな、と思う。

そんな雅を僕は以前、傷つけてしまった。

小春という女性と出会って、交際にまで至ったという事実。

小春のことは好きだ。

でも、日が浅い分、雅のことのほうが情は深い。

もちろん、二人に恋愛感情はある。

どうしたらいいんだ。

そんなことを考えながら、僕は服や下着を脱いだ。

「ほら、入るぞ」

「え、マジで?」

「マジだよ」

雅は俯いている。

「嫌なのか?」

僕が訊くと、

「そういうわけじゃないけど、明るいところでお互い裸って恥ずかしいと思って」

やっぱりか、案の定だ。

「慣れるよ、だから一緒に入ろう?」

優しい口調で言ったからか、雅は応じて服を脱ぎだした。

 二人で決して広いとは言えない浴室に入って、スポンジに大量のボディソープをつけ、雅の体をくまなく洗ってやった。

彼女はたまに変な声を出した。

シャワーで洗い流してやり、雅は、

「今度は私が功を洗ってあげる」

「サンキュ!」

同じ要領で僕の体を洗ってくれた。

気持ちいい、と思った。

シャワーで泡を流してくれ、僕は思わず彼女を抱きしめた。

「キャッ!」

雅は小さく悲鳴をあげた。

「駄目か?」

「……こんな狭くて明るい場所じゃ……」

そうか、と思い、

「上がろう」

「うん」

無理矢理、行為に及ぶのはもしかしたら傷つけてしまう恐れがあるからやめておいた。

 酒の肴と、夕食は僕が作った。

肉鍋は酒の肴で、夕食はカレーライスにした。

「カレー、好きだろ?」

「うん。好き」

「だよな、よかった」

ビールをとりあえず一缶ずつ飲み始めた。

「乾杯!」

と僕は言うと、彼女も

「カンパーイ」

と言った。

肉鍋から具をすくって小鉢に入れ、雅の前に置いた。

「ありがと。美味しそうね!」

「誰が作ったと思ってる」

雅は笑いながら、

「そうね、功、料理得意だもんね」

「でも、たまには雅の手料理が食べたいな」

「明日の朝ご飯でよければ作るよ?」

「いや、朝ご飯は僕が作るよ。夕食を作って欲しい。今度でいいから」

「わかった! 今度ね」

そんな他愛もない話をしながら一夜をともにした


 翌朝、僕は六時に起きた。今日はアラームをかけ忘れずに目覚めた。

シングルベッドに雅と二人で寝て、隣でまだ寝ている。

起こさないように、ゆっくりと起きた。

可愛い寝顔。

まずは、朝ご飯を二人分作ろう。

ウインナー、目玉焼き、ハムが今朝のおかず。

無洗米を二合炊いて食べよう。

荒々しい仕事はしているけれど、料理をするのは好き。

意外だと言われる。

そんなに意外かなぁ?

普通なんだけど。

とりあえず、おかずを作ろう。

ウインナーとハムを炒め、目玉焼きをそれぞれ二人分焼いて、皿に盛付けた。

おかず二皿をラップでくるみ、あとはご飯が炊けるのを待つだけ。

時刻は七時になるところ。

ご飯が炊けたという音楽が炊飯器から鳴った。

寝室に行って雅に声をかけた。

「雅、朝だよ。ご飯できてるよ」

「ん……。何時……?」

掠れた声で言った。

「七時だよ」

「朝ご飯、作らなきゃね」

僕は笑いながら、

「もう出来てるよ。昨日、僕が作るって言ったじゃん」

「あ……そうだったね。ありがと。うがいだけさせて。今度、歯ブラシとコップ買って置いてもいい?」

小春との付き合いもあったので躊躇した。

「駄目なの?」

「いや、そんなことはないよ」

雅は何か考えているのか少しの間黙っている、そして、

「もしかして、功が街の中で一緒に歩いていた女と友達だと言ってたけど今でも付き合いあるんじゃないの? だから、躊躇ったんじゃないの?」

図星だ。

どうしよう。

言い訳ができない。

なので、

「ごめん! これ以上、嘘はつけないから本当のこと言う! その子とは今でも付き合ってるよ」

彼女は、

「……やっぱり……」

雅が一言だけそう言うと、大粒の涙を流して嗚咽をあげながら泣き出した。

「……今まで……今まで、功のこと信じてやってきた私が馬鹿だった。でも、本当は……本当は私も……功のことを密かに疑ってた……。あの子と一緒に歩いてる時からね……」

「ごめん……あの子とは、別れるよ……。だから……だから、今回だけ許してくれないか」

「今回だけって言うけど、これで二度目じゃない! もう……もう許せない……。別れる……」

「そう言うなよ……。僕、気付いたんだ。あの子より、雅のほうが大切だってこと……」

彼女は泣きながら抗議している。

胸が痛い。

どうしたらいいんだ。

本当のことなのに。


 来る時が来たかって感じ。


 結局、許してもらえず、フラれてしまった。

彼女のために作った朝食も食べてもらえず、三角コーナーに捨ててしまった。

雅はさっさと帰ってしまった。

僕はショックで気が狂いそうだ。

「最悪だ……」

自業自得というやつ。

 小春に浮気するんじゃなかった……。

小春は何しているかな?

メールを送ってみよう。

<おはよう。起きてる?>

返信はすぐにきた。

<朝にメールくれるなんて珍しいね>

彼女にフラれたとは言えない。

小春には彼女がいたとは言ってないから。

言ったらバレてしまう。

小春に癒されたい。

この傷ついた心を。

<今夜、来ない?>

僕はメールを送った。

<うん、今夜は何も予定ないから行けるよ>

<わかった。待ってるね。仕事から帰ってきたらメールするわ>

これでメールはとりあえず終わった。


 そして午後五時に仕事を終え、アパートに到着したのは六時前だ。

雅と別れたのは精神的に結構ダメージが大きい。

小春に早速メールを送った。

<今、帰って来たよ>

だが、返信はなかなかこない。

どうしたんだろう?

いつもならそんなにかからずメールが返ってくるのに。

一時間経ってもメールはこない。

こんなこと珍しい。

なにかあったのだろうか?

その時だ。

スマホが鳴り出した。

誰だろう? と思い、画面を見てみると、植山小春、と表示されていた。

出てみると、

<事故っちゃった。おばあちゃんをひいちゃった>

え! まじか! と思ったので、

<電話していいか?>

少しして、

<いや、ごめん、今は無理>

千春は今、どこで、何をしているんだ。

気になって仕方がない。

心配だし。


 返信メールは結局来なかった。

もしかしたら、刑務所にでも入っているのかもしれない。

はっきりしたことはわからないけれど。








 あれから数年が経過した。

僕は相変わらず独身で彼女もいない身だ。

三十歳を超えていた。

特別な異性との出逢いもなく、植山小春のことは覚えていた。

忘れるわけがない。

別れる、という話もしていないし。

 ある日の夜。

僕のスマホに着信があった。

登録したまま消去していなかった小春からの電話。

正直驚いた。

「もしもし!」

僕は勢いよく電話に出た。

『功? 覚えてる? 小春よ』

「覚えてるよ! おばあちゃんをひいてしまった、というメール以来連絡こなかったから刑務所に入っているのかな、と思ってたよ」

『正解! あれから七年くらい経つよね。功は結婚したの?』

何を言っているんだと思い、

「するわけないよ。小春と別れる話をしたわけじゃないし」

『真面目ね、相変わらず』

そんなことはない、浮気してたんだから、と思ったけれど言えない。

「で、罪の名前はなんていうの?」

『うーんと、確か、過失運転致傷罪みたいな名前だったかな? ていうか訊かないでよ。気にしてるんだから』

「そうなのか、それは知らなかった」

『まあ、そうだよね』

僕は小春に対する気持ちは消えていない。

なので、その話をし始めた。

「僕ら別れたわけじゃないから、また昔のように楽しく一緒に過ごさないか?」

『そうね、でも前科のある女でいいの?』

僕はそう言われイラっとした。

「そんなの関係ない! 僕の気持ちは前と変わってないよ!」

彼女が微笑んでいるような声が聴こえた。

黙っていると、

「そうなんだ、あたしは自分のこと卑下してる。だから、功のような男に出会えて本当によかったと思ってるよ。あたしでよければこれからもよろしくお願いします」

 こうして僕と小春は七年の月日を経て再び付き合いが始まった。

どうか僕らに幸せが訪れますように。


                             (終)

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噓つき 遠藤良二 @endoryoji

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