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「栄養失調だな」


 医者は聴診器を外し、あいつにそう告げた。横にならせたあとで少しは飯を食わせた(といっても俺は金が無いので家にあったうどんだが)が、どうなんだろうか。

「セントラルから来たんだろう、基よりここに住んでいるものとは食べていたものも全然違うはずだ。何より、中の人間は外の食べ物に"耐性"がない」

 そう、中の人間がボロ街に出てこないのにはもう一つ理由があった。果てしなく広く、自然と共に共存するボロ街。それは主にリバティとの壁沿いから廃棄された鉱物等を集めて壁沿いに形成されていたが、壁から5kmほど離れると自然が広がっており、ボロ街に住んでいない人々は自然と共存していた。ボロ街と自然、どっちと暮らすかは選ぶ権利が俺らにもあった。生まれがどっちだろうと外の人間は手を取り合って生きていた。ボロ街では職が無い人間には職が配られるし、(主にリバティの廃棄物の仕分けなんかだ)自然の方では自給自足のための農作業、そしてボロ街と自然の間での物流など色々とやることはあったのだ。ただ、中で生まれ育った人間にとって、ボロ街、自然、ともに「不浄」であった。ボロ街とリバティを隔てる壁は一重ではなく何重もあり、それもとてつもない高さだった。先に外国に行けるなんて述べたが実際はその飛行機もとんでもない高度で、海の先に何があるのなんか分からないもんだった。それだけ、ボロ街とリバティは隔離されていて、中の人間にとっては汚染された地なのだ。

 俺はこの頃十九だった。外の人間は基本的に四十で死ぬ。聞いた話では中の人間は百六十とかまで生きるとか聞く。俺たちの四倍だ、どうなっているんだろうか。脳の最大寿命がなんたらとか知り合いの医者が言っていた気がするが、それを優に超えている気がする。

「まあ。俺はまだ十八なんだけれどな!だからまあ後倍くらいは生きれるんじゃないのか?」あいつは俺よりも年下だった。

「そう簡単な話じゃない、ここ三百年で中の人間と外の人間じゃあ外気に対する身体の耐性に変化が生じた、何といえばいいんだろうな、壁の外で代を重ねた僕たちは中の人間にはない耐性があるんだよ」医者が言った。

「リバティの学術書には書いてあったと思うんだけれど、読まなかったのか?」

「あー書いてあったかもな」あいつは顎を触りながらそういった、後から気付いたことだが、あいつが顎を触っているときはごまかしているときだった。

「もって三年だ。前に来た奴らがそうだった」

 医者は言った。三年。俺の寿命が後二十年だとしたら……六分の一、もない。それしかあいつは生きられないのか、とこの時は同情したりもした。しかしあいつは「そっか!」と言っただけで大して気にしていないようだった。


 医者は帰っていき、俺とあいつの二人きりになった。


「というわけで、住ませてくれないか、少年」

「あ?」俺の方が年上だっつの。

「いやいや、俺はセントラルから来たわけだから、居場所が無いんだよ、このままじゃあ雨風しのぐ家すら見つからないで三年も経たないで死んじゃうよ!」あいつは言った。

「まあ、こんなボロ家でいいならいいけどさ」俺が住んでいる家は両親が住んでいた家だった。リバティから捨てられた資材を基に、作った物を売る店と家が合体している、ボロいが大きさはそれなりにある。両親は俺が五歳の時に死んだ。もっと長く生きて欲しかった。優しくされた記憶は、残っている。それが残酷にも俺の寂しさを際立たせた。幸い、ボロ街や自然の人間は助け合って生きていたので、多くの人が俺も気にかけてくれ、今日まで生きてこれた。

「やったー!!!」あいつはそれはそれは喜んだ。俺も一人でずっと寂しかったし、誰かと暮らすのは悪くないと思っていた。それがいきなり綺麗な女だったので、ドキドキしてしまっていたが。


「その喋り方、セントラルではみんなそうなのか?」何度も言うがあいつはまあそれはそれは美人だった、そして、それ故に喋り方と外見が乖離していた。

「いや、これは外に出てきた時に売ってた本で読んだんだ」つまりはボロ街のトレンドに乗っかり合わせようとした結果、変な感じになったのだろう。

「素のままでいいよ」

「そうなのか、じゃあ私で」

 あいつは俺の隣に、昼間洗った布団を敷く。

「おやすみなさい」

 そんなわけで、俺とあいつの同居生活が始まった。

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