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 もう何年も前になるな、俺の身体がいまよりずっと若く、脂っこいものが無限に食えた頃だ。ある時代ではそんな時期を青春なんて言うんだっけか?今の時代では廃れてしまった言葉だ。

 まあそんなとき、あるところに、ボロボロの時計を買おうとしている女がいた。俺はなんでそんなもんを手に取るのかすら分からなかったね、それは見れば見るほどみすぼらしく、ボロボロだった。

 あいつ……その女は酔っぱらっていた。ように見えた。実際はハイになっていただけらしい。とても綺麗な女だった。その振る舞いは世界全てを引き込んでしまうような、そんな錯覚を起こさせた。

 そして女は俺にこういった。

「俺は世界の全てを知ってしまったんだよなあ」女の一人称は俺だった。女で一人称が俺と言うやつはそれほど珍しいものでもないが、うちの客は男ばっかで一人称が俺の女はいなかったので、なんだか新鮮な感じがした。

「頭がいかれちまったのか?」と俺は思った。せっかく外面が良いのに中身がこれじゃあな、等失礼なことも考えていたがが「そいつは素敵だな」と返した。

「俺がこのボロ街で特に目的も無しに生きる理由も分かるのか」と続けて聞いた。

「ああ、わかるとも」

 あいつはそう言ったが、結局俺の生きる理由はわかったのだろうか。『後に』わかったんだろうな、恥ずかしい話だ。

「それは、退屈なことを思い起こさせえてすまなかったな、買うのはその時計で良いんだな?」俺にはそんな生きる理由も思いついていなかったわけで、もし浮かんだなら女は空虚を眺めたのだろうと思っていた。

 女が手に取ったのは、いつから店にあるのかもわからない、ボロボロの時計。

「ああこいつだ、こいつが俺を呼んでたんだ」

 上機嫌であいつは帰っていった。

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