事故死しかけた義理の姉を助けたら中の人がクラスのメイトだった件。

アサガキタ

第1部 シャボン玉シンドローム。

第1話 片思いの行方。

その時は突然来た。


切り裂くような轟音がグランドに響く。

先輩達に聞いたことがある。


喫煙行為で退学になり、逆恨みした生徒が月に何度か学校の外周をバイクで駆け抜け嫌がらせをすると。


それは、決まって下校時間だという。


入学して、ひと月と経たないオレは先輩の「外周ランニング、気をつけないと危ないからな」そんな忠告をなんとなく聞いていた。


オレはその言葉と共に思い出した。


一歳違いの血縁関係のない姉伊吹いぶきとばりに、駅までの道順がまだ怪しい、転校生でクラスメイトのサブリナと一緒に帰ってもらうように頼んだのが、ついさっき。


部活の準備をしているオレに手を振り裏門に消えた。

ホントについ、さっきのことだ。

嫌な汗が噴き出る。


オレはスパイクのままふたりが帰った裏門に走る。


「どうかした?」

オレの血相に驚いた部活のマネ―ジャ―六実むつみとすれ違うも、ろくな返事を返す余裕はなかった。


オレの足はすでにトップスピ―ドに達していた。

裏門を潜り抜け、呼吸を忘れるような速さでふたりの後を追う……いた。


ふたりは短い横断歩道を半ば辺りまで渡る途中、そこに例の轟音が近づく。

ワザと嫌がらせに下校中の生徒の真横を蛇行しながら走り抜けるバイク。

その直後、バイクはバランスを失い転倒した。生徒の誰かと接触したのかも知れない。


バイクは勢いを残したまま横滑り、ライダーと共に火花を散らし横断歩道に進入した。

白線が断末魔のような悲鳴を上げる。

オレの視界に映るのは、恐怖に顔色を失う最愛の姉とばりと、体を硬直させた転校生サブリナだ。


そんなとこで止まったら!

オレの心の叫びは届かない。

間に合うかわからない。

でも考えてる場合じゃない。

今ならほんの少しだけ可能性がオレの手のひらの中にある。

その可能性が手のひらから零れ落ちる前に―――


スロ―モ―ション。

人は死の間際に走馬燈を見るという。

今がそれなのか、それともスポ―ツでいうゾ―ンなのか。

ゾ―ンはすべてが止まったように見える瞬間のこと。

これが後者ゾ―ンならありがたい。


差し伸べた手が届かずに、手のひらに残った可能性が零れ落ちるのを、ただ見ているだけなのか。

オレは不甲斐なく届かない指先を最大限伸ばした。

それでも足りない。

オレはダイビングした。


捨て身。

まさに捨て身だ。

血縁関係のない姉に片思いするのが日課になってるオレ。

とばりのいない世界にオレひとり生きてどうする、オレを突き動かす唯一の感情。


それが思いのすべてだ。

オレは足掻あがいた。

この世で最後の足掻きかも。

でもオレは足掻き切る。

するとほんの少し。

そう…ほんの少し指先が姉とばりに触れ、とばりも手を伸ばした。


伸ばした指先同士の間に静電気なのか、わからない。

小さな稲妻が走ったように見えた。


初めはほんの少し指先から出た静電気のような光。

それが姉とばりの手に触れ光を増し、サブリナに触れることにより力を増した。


気付いた時には腕の中にとばりが、そして反対の腕には転校生のサブリナを腕の中に抱えていた。

とばりの温もり、鼓動、息づかいそのすべてが腕の中にあった。

サブリナは腕の中で小さなうめき声を漏らした。


ほんの一瞬、オレの頭は冴えていた。

今のこの状況を完全に把握できていた。

オレは自分の受け身を捨てる代わりに、ふたりの後頭部が地面に激突しないように、ふたりの頭を手に抱え込んだ。


代償にオレの両肘と両ひざは哀れなほどアスファルトで擦り剥くことになる。

その程度で、血縁関係のない姉と出来立ての友人が守れるなら。

辺りには白煙が上がった。

アスファルトに散った火花のニオイなのか、タイヤの焼け焦げたニオイなのかわからないモノが辺りを包んだ。

三人分の体重で擦り剝いたオレのひじひざ、想像以上のダメ―ジだ。

それでも残った力で上半身を少し起こし、ふたりの無事を確認することにした。

腕の中でふたりのうめき声がする。


オレはとばりとサブリナの手足に目をやる。

幸い出血や、足があらぬ方向を向いているなどなかった。

断定は出来ないが、それほど大けがではないだろう。

視界の端には問題のバイクが電柱に突き刺さっているのが見えた。

白煙のなかライダ―らしき姿が見えた。

電柱と愛車の間に挟まれているようだ。

それがわかっていてもオレは立ち上がれない、体が動かない。


緊張から解き放された意識はぼんやりした。

背中を曲げ座ったままでいるオレはぼんやりした意識の中で、三人の転がる周辺の異変に気付いた。

アスファルトがまるで、あたたかなナイフで切り取られたバタ―のように、丸く削り取られて溶けていた。

しかも、オレたちを中心にして……さっきの指から出た稲妻みたいなのが原因なのか?


霞んだ思考回路で考えようとしたがうまくいかない。

加えて自分の両肩を、激しく揺り動かされてることにようやく気付く。

部活のマネ―ジャ―で、幼馴染の六実むつみだ。

何か叫んでいるがぼんやりとしか聞こえない。

まるでマイクがハウリングしてるような音が、耳や頭の中に響いていた。

オレは――やり遂げた……


それからオレはあまり知らない先生のクルマに乗せられ、病院へ向かった。

よく覚えてない。

ただその頃には姉とばりと転校生のサブリナの意識ははっきりしていたし、怪我も軽症だった。

頭部にも異常ない。


オレのケガは痛いけどすり傷とか、火傷だ。

打撲や捻挫はあるものの、骨折などはない。

自宅に送られ「明日無理して登校しなくていい」と先生は言っていた。


オレのケガの具合からだけではなく、どうも転倒したバイク――喫煙で退学処分になった「逆恨みのライダ―」の様態が悪いらしい。

保護者説明会か何かあるのかも…

最後までオレはその先生が誰か知らないままだ。

オレの自宅。


オレたちと一緒にサブリナは自宅でクルマを降りた。

そして、どうしたことか姉とばりではなく、サブリナの肩を借り自宅二階の自室へと手慣れた感じで、抱えあげられた「昇平しょうへい、大丈夫?」と。


そして、そして、どうしたことか、サブリナは慣れた感じでオレが座るベットの隣に腰掛けた。

とばりは、これまたどうしたワケか借りてきた猫のようにおとなしく、座りもせずに部屋の中の見慣れたはずの本棚や机の上をしげしげと見ては、落ち着かない様子だ。


『――ねぇ、気付かない? 私ヘンでしょ?』


(え?)オレは言葉を失った。

この話し方、姉とばりがよく使う言い方だった。

オレは自然本棚の前で落ち着かないでソワソワしてるとばりを見たのだが、逆にオレの視線に驚いたようだ。

オレもに気付く。 


話し方、言葉のテンポはとばりなのだが声が違う、何より正面からではなく隣から聞こえた。

オレは、隣に座るサブリナに目をやる。


するとそこには肘をついて意味ありげな視線を投げるサブリナがいて……でも、この仕草は明らかにとばりのもので、じっと見つめる瞳はダーク・グリ―ン。

(まさか…)

オレは呼吸することさえ忘れ、そのダーク・グリ―ンの瞳の持ち主に問いかけた。

「もしかして、姉さん……?」


姉の仕草のサブリナは満足げに頷いて、オレの太ももに触れた。

そのさすり方は間違いない、姉伊吹いぶきとばりのものだった。


「入れ替わったみたい、。昇平しょうへい。どうしようか」

とばりは軽い巻き毛のシャイニングブロンドを揺らし、で肩をすくめた。

そしてすぐにもうひとつの事実が判明する。


先程から落ち着きなく辺りを見渡してる姉とばりは実は、転校生のサブリナだった。

いつも見慣れたハズの姉の顔に見慣れない不安げな表情が浮かんだ。


こうして、姉の魂が海外からの転校生サブリナ・ティス・ホリ―ウッドの中に宿り、入れ替わりにサブリナの魂は伊吹いぶきとばりの中で息づいた。

あまりにも突拍子のない展開なので、少し時を戻し時系列を追って話していきたいと思う。

オレだって整理したい。

あっ、いやオレはしたらいいんだ⁉


この事故から約二日程、時を戻そう。










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