第2話 やっぱり君が好きだった。

昔からシャボン玉が好きだった。

空に舞い上がる無数のあの球体が好きだった。


光の加減で虹色に光る球体の内部は、まるでそれひとつひとつが小宇宙のように思えた。


ひとつ、またひとつ弾けて消え去るその姿を「シャボン玉」のようと、儚さを現す代表的な言葉として表現されることが多い。


でもその多くが消え去るとしても、中には遥か彼方までいつまでもその姿を保つヤツがいて、オレは儚さより力強さを感じた。


人との関りもシャボン玉のようだ。

現れては消え、消えては現れる。


そんな儚い関係でも、いつまでも弾けることない「シャボン玉」が存在する。


オレはそんなしたたかで、無数の色彩を放つ仲間たちと高校生活という空に舞い上がろうとしていた。


朝の風景。


駅の改札。

多くも少なくもない乗客の合間をくぐり、駅のホ―ムに向かう階段をのぼる。

いつもの風景。毎朝繰り返し続けられる行動。


「ちょ、ちょっと歩くの早い! 待ってよ!」


栗色の髪の毛。

黒目がちで切れ長。

涼しげな眼差しは年齢より大人な感じがした。

唇はぷっくりとして、少しツンとしてる。

スッとした立ち姿。

しかも出るとこは出てる。

着やせするタイプってヤツか。

どこをどうとっても美少女。


そんな美少女から苦情が来た。


これもまた毎朝繰り返される風景。

「ごめん」

目は覚めてるはずなのに、駅に来ると頭がボ―っとする。

まだ完全に起きてないのかもしれない。


「いいけど、別に……でもさぁ、抜けちゃうでしょ、イヤホン。ほらっ」

オレは片耳ずつ共有してるイヤホンが、プラプラしてるのを言われるまで気づかなかった。

そして毎朝思う。

(イヤホン共有して階段登るの無理ないか?)


オレの心のつぶやきが聞こえたのだろうか?『なによ?』みたいな顔された。

普通の道を歩く時はいいが、さすがに階段で届く範囲となるとケ―ブルが短い。


「まぁ……うん」

電車がホ―ムに入ってきた。

一通り乗客が下りたことを確認し窓際の扉の前に立つ。


いつもの朝。

いつものふたり。

いつもの海沿いの街。

オレたちはいつものように、海に背を向けるように扉にもたれ電車に揺られる。

すると蒸し返された。


「なにが『まぁ……うん』よ、素っ気ない。せっかく一緒に聴こうって昨日セレクトしたのにさぁ…がっかりだよ」

彼女身長は160センチちょい、確か162だったはず。

オレより10センチと少し低いワケだが……下からの睨みには迫力がある。

頬っぺたが少し膨らむのは、うん。かわいい。


「―いい曲だと思うよ?」


繕ってるワケじゃない、本心でいい曲だと思うし――オレの好みだ。いや、オレ好みのを選んでくれたんだ、きっと。

「そうでしょ? 聴いたことある?」

少し機嫌がなおった。


いつものことなんだけど、ほっとする。

朝からギクシャクはしたくないから。

「ないけど、なんて曲?」

「ふふっ、当ててみて」


『当ててみて』と言われても曲名なんて当たるワケない。

歌手名ならともかく……いや、彼女はいつもこうだ。

オレに小さな難題を投げ込んで、反応を見て楽しむ。


実際ほんの少し前まで、にらみを利かせていた視線は猫のようにコロコロとイタズラぽくなっていた。

でも一応――


「当たるもんなの? 聴いたことない歌の曲名なんて」

「そんなの簡単よ、私に対する熱い気持ちが答えだよ?」

ん……こりゃまた朝から無茶ぶりだなぁ…

「あるでしょ? の熱い気持ちビ―ト?」

しかも待ってもくれないし……「気持ち」と書いて「ビ―ト」って……


「やっぱり――」


「ふむふむ…」

「いや、曲名考えてる『やっぱり』……」

「ふふっ『やっぱり』なに? さて、続き聞こうじゃない。私に対しての溢れんばかりの気持ちとやらを!」

「はぁ…なにそれ」

無駄にテンション高いなぁ……そんなにハ―ドル上げられても。


「いいから、早く」

ホントに待てない人だなぁ…うん――

「『やっぱり』……」

「ふむふむ」


「『君が好きだった』」


「ふぇ⁉」

彼女は慌てふためいて片耳にしていたイヤホンを落とした。

「曲名――『やっぱり君が好きだった』――違う?」

きょろきょろと視線が車内を舞う。


彼女が二、三回大きく呼吸を整えてるのには気づかないフリをした。

落ち着かない指先で、外れたイヤホンを耳にして少し生唾を飲む。

これも気づかないフリ。


すると彼女のだらりと力の抜けた手が、手の甲が同じくオレの手の甲に当たって、そのままピタッと引っ付いたままになった。

手をつなぐとは少し違う。


「あのね……?」

「なに?」

明らかにしどろもどろ。

これは仕方ない自分が蒔いた種なんだから。


「あの……私も………」

しまったなぁ…朝からアクセル全開にしてしまった。

オレは当たった手の甲、離れない手の甲にうっすら浮かんだ汗が、どちらのなのか気になった。

「あっと……それは?」


「えっ? もう!」

鈍感! バカ! 知らない! のコンボを朝から喰らう羽目になった。

彼女はぷいっと背中を向け、オレはそれでも落としどころとしては完璧だと自賛した。


そうこうするうちに、電車は高校の最寄り駅に到着した。扉はいつものことだが反対側が開いた。

開いてるのに気づいてるクセして、知らん顔。ねてる。

やれやれと思いながらも、離れそうで離れなかった手の甲を離し、代わりに彼女の手首を握った。


「わあ⁉」

言葉通り驚いた顔で彼女はオレを見た。

オレを見る目が少しうるんで、とろんとしていたが、これも気づかないフリ。


「ほら、降りないと乗り過ごすよ――


「あっ、もう。わかってるわよ」

オレたちがホ―ムに降り立つのを待つかのように、すぐに電車の扉が閉まった。

そう、彼女はオレの姉でオレは彼女の弟だ。

血縁関係のない姉弟きょうだいだけど。


姉はホ―ムの端から端まで見渡し、まるで『発車オ―ライ』でもするかのような視線で確認したあと、オレと腕を組んできた。

そして一瞬で離れ『べ―っ!』をした。


さっきは自分が文句を言ったクセして、今度は自分が先に階段を駆け下りた。

もちろんオレの耳にイヤホンはない。


『べ―っ!』って昭和かよ、と心の中でツッコミながらオレも小走りで彼女の背中を追った。

駅の改札口を抜け、暗がりから朝の陽射しに包まれ振り向いた姉は想像以上に、女子だった。

そう、オレと彼女との関係は少し世間の姉弟きょうだいとは違うかもしれない。

たぶんオレは姉を女子として意識してるし、姉も気付いている。


だけど、ここまでだけの彼女を見て『姉が欲しい』などと思うのは早計だと、忠告しておこう。

なぜなら姉というのはすべからく、家族カ―スト最上位なのだ。

そして付け加えるまでもなく、弟はカ―ストの最下層を漂う『捕食される側』なのだ。


そしてオレは今朝の『捕食生活』を振り返ろうとした、その時。

寝ぼけ眼に飛び込んだのは、光り輝くシャイニングブロンドの絹のような髪を軽く後ろに束ねた転校生。

同じクラス、

しかもとなりの席だ。


確か名前は……サブリナ・ティス・ホリ―ウッド。


ここにいるってことは、彼女も電車通学なんだ。

特にどうというワケじゃない、興味があるワケでも話したいワケでも。

ただ、きのう転校してきた外国籍の女子は、同じクラス、しかも隣の席。

急な転校だったようで教科書すらまだ準備が整ってない。

彼女の席は校庭側の窓際の一番後ろ、そうなると教科書を見せる候補はオレしかいない。


姉のお世話に慣れたオレは、全自動的に誰かのお世話をしたくなるようで、狙ったワケではないのだが、つい声を掛けてしまった。

きょろきょろと周りを見回す視線が気になった。


「おはよ、ホリ―ウッドさん」

改札を抜け、急に暗がりから朝の陽射し溢れる駅前のロ―タリ―で彼女は振り向いた。

朝の陽射しがより彼女のたおやかなシャイニングブロンドの髪を輝かせた。


「もしかして、道わからない? 学校行く道」


急に声を掛けられた彼女はきょとんとした顔したが、すぐに同じクラス、隣の席の男子だと気付いたようで、溢れんばかりの柔らかな笑顔で答えた。

「はい、わからないです! 昇平しょうへいさん! あっ、これは失礼しました。ごきげんよう、昇平しょうへいさん。よい朝ですね」


昇平しょうへいさん⁉ ショ―ヘイ…誰⁉」


姉さんが咄嗟にオレの脇腹を小突いた。

元々パッチリとした目を見開いて。

「――きのう言ったろ? 海外からの転校生。隣の席だって」

「女子とは聞いてないですが? しかも…」

(めっちゃかわいいじゃない!)


無言で再び脇腹を小突かれた、割とマジなやつで。

サブリナさんはその事には気付いてないようだ。

そして場の空気も読めないようで――


「サブリナとお呼びくださいって、申し上げましたが?」


あぁ…そうだった。

きのう確か帰る時教室の入口まで追いかけられて、確かそんなこと言われたんだった。

「じゃあ……サブリナ

「サブリナです。リピ―ト・アフタ―・ミ―『サブリナ』ですよ? ふふっ」

「じゃあ…サブリナ…?」

「はい! 大変よくできました! ところで、こちらの方はどなたです?」


わかったことがある。

サブリナさんは、まるで場の空気が読めない。

姉さんがここまでのジト目になることは、まぁない。仕方ないここはオレがその分、空気を読まないと。


「えっと、とばり伊吹いぶきとばり。オレの姉さん」

血縁関係はないけど、これは言うべきじゃない。

「あっ、お姉さまですか。私、サブリナ・ティス・ホリ―ウッドと申します。昇平しょうへいさんにはお世話になっています」


「どうも。私伊吹いぶきとばり伊吹いぶき昇平しょうへいが愛してやまない『姉さん』とは私のことよ!」

そして謎のドヤ顔。控え目に言っても大人げない。


こうしてオレ伊吹いぶき昇平しょうへいの多難な高校生活の幕が開かれるのであった。


いやいや、待て待て。


こんなありふれた振り返りではオレを待ち受ける困難が伝わらない。

オレを待ち受ける運命と言えば大げさに聞こえるかも知れない、しかしそこは我慢で聞いてほしい。


とばりに少しだけ毒を吐いてみせたが、本心でないのは伝わると思う。

オレは生粋のシスコン(正確には片思いの女子)で、姉とばりはシスコンを推奨するだけに留まらず、自らもブラコンを公言していた。


しかしながら、オレたち姉弟きょうだいは、血縁関係がないとはいえ家族なんだ。

いくら思いを寄せようとも、どんだけ長い期間相手を異性として好意を持とうと、家族は家族。血縁関係がないとはいえ、家族なんだ。


それはお互い理解していたし、言葉にこそ出さないが「時が来ればお互いパ―トナ―」を見つけ別の道を歩んで、そんな事もあったね、程度に収まる予定だった。

しかし事態は急転直下、あらぬ方向に動き出す。


数日後、姉とばりとサブリナ・ティス・ホリ―ウッドさんの体と魂といおうか、身体と心がある事故をきっかけで入れ替わってしまう。

転校後すぐサブリナさんはオレに好意を寄せてくれ、姉とばりはそれに気付きだす。


心と体が入れ替わって「モラル」だとか「血の繋がり」がないとはいえ家族だという、ブレ―キがとろけてワケわかんない精神状態になる。



体はサブリナさん、心はとばりバ―サス――心はサブリナさん、体は姉とばりの異次元恋愛シャッフルが展開される。

そんなふたりによる、疑似「嫁、小姑?」によるプレシ―ズンマッチの戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。


ひとまずは、時系列の続きを見てほしい。

――っていうか、オレはすりゃあいいんだ⁉








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