第15話 世界中でただひとり。
「買ってきて」
状況が掴めない、今から「三分間奴隷」のハズでは……まさか。
オレの脇の下に嫌な汗が浮かんだ、そう
いや、まさかこれを「三分間奴隷」と呼ぶなら、まさに奴隷だ。
しかもスタスタと背中を向けて去っていった。
オレに残された道はそんなにない。
おとなしく
もうひとつは、このお買い物自体なかったことにするかだ。
つまり、かごの中の色とりどりのブラやショ―ツを元あったとこに返すのだ。
そこそこ時間がかかる。
それに、ある意味敵前逃亡だ。
間違いなく
こんなとこクラスの女子に目撃されようものなら、リア充とかカ―ストとか以前の問題になる。
よくて変態、悪けりゃ……ド変態だ。
しかし、運命というものは残酷なものだ。
ものの数秒で背後から声を掛けられた。
「――ショウくん。どうしたの?」
「いや、その…これはですね、いや自分用とかじゃなくてですね……ん…ショウくん…?」
この呼ばれ方はあまりしない。
遠く九州に住む叔母さんくらいで、こんなとこにいるはずもない。
思い当たるのは、彼女しかいない。
「
振り向いた先には、野暮ったい丸メガネに少しのゲジ眉。
普段は困ったような笑顔しか見せない顔から笑みが零れた。
何を隠そう、図書委員ちゃんこと『
「そんな呼び方だっけ? ショウくん? 君の立ち位置もわかるけど。たぶん、いま君を救えるのは、この全世界で私だけかな? 違う⁇」
「そ、そうです。はい…その……ヨリ…ちゃん」
「はい、よくできました! 偉いね~~昔なら頭撫でてたとこよ? やっぱ撫でたいからしゃがんで、とヨシ! 素直、素直ぉ」
図書委員ちゃんこと
なんといっても小学時代の登校班からだ。
しかし、前にも言ったが例の件で
例の件とは、オレたち
そしてそのことを
あと、相棒
ちなみに
今の「素直、素直ぉ」からの撫で撫で、で大体見当が付くだろうが、オレとの距離感が変だ。
多分、彼女の中では永遠の小一なんだろう。
そこは永遠のセブンティ―ンがいい、だけどまだ十六になる年だ。
そんなこともあり、
だけど、オレ的には
一見天然に見える
オレの立ち位置の難しさに理解もあった。
「つまりだ。君は例によってそれはもう、優しいお姉さまに今現在進行形でかわいがられてるワケ、だよね? しかし、しかし、その愛の深さゆえに君はある意味。どうしようもない窮地に立たされてる……何より私と話してる時点でそこそこマズいハズ、違うかい?」
「いえ…おっしゃる通りです」
「では私と君は共依存なわけ、いま私がショウくんを見捨てたら―どうなる? あの新卒間のない店員さんに、君はこのEカップのブラと女性用のショ―ツのバ―コ―ド入力をして貰わないといけない。彼女はなんて思うだろう? ショウくんは知ってるかい? このショッピングモ―ルは噂では、大卒しか取らないらしい。しかも、優秀な学生を中心に。そんな彼女、きっと勉強ばかりしてきた彼女に、君は彼女の人生最大のカルチャ―ショックを与えるわけだ。まぁ、カルチャ―ショックの使い方が正しいかわかんないけど」
「はぁ…」
きっと、オレみたいな見るからに、部活男子がブラや女性用ショ―ツを買いに来ることを想定して生きてない、驚くだろうね?
みたいな。
でも、ここでオレと
オレだけが依存するだけだが……
「うん。気付いたね、偉いね。そう…依存してるのはショウくんだけ。ここからが私の君に対する依存、知ってるかわからないが、私はさみしいんだ。わかってる、時折口を滑らしてみたり。それに積極性があればこうはならない。でも、ダメなんだ。昔からの知り合い、そう君たち
『あんなこと』って『例の件』だよなぁ。
血縁関係がないって話。
「それが…?」
「メル友になろう!」
えっ⁉
メル友…ってなに?
LINEではなくメ―ルなの?
なんで?
「相変わらず君は察しがいい、なぜLINEではなくメ―ルなのか。しかもショ―トメ―ルではなくGメ―ルなのか。理由は簡単だ、LINEなら手軽で簡単。だけど、君のおっかない姉さんや親友の
「――でも、オレGメ―ルなんて開かないですよ、気付かないかも…」
「それでいいよ」
「え?」
「いや、むしろそれがいい。最近はほら、便利になり過ぎてるんだよ。だから既読スル―だとか、スタンプだけしか返さないとか、返事が遅いとか、不満だったり不安になる。君に対して求めてるのは早さじゃない」
「―と言いますと?」
「実感かな? 昔の知り合いと、『あんなこと』した私とでも、メ―ルを交換する仲にまで関係改善したんだって思いたいんだ。言いたいことはわかるよ、君的には
「まぁ、そうです。
そう、こういうところなんだ。
こういうのは
「君しかいない。いや、実のところ私も年相応に悪いことがしたい。例えるならショウくんが
そして息継ぎのために少し間を開け、また話し出す。
「それと少し
そして指で「少し」を表現した。
いや、確かに
いや、それがバレたら
ここでも青春か……ショコラも言ってたが……意外にみんな青春を意識してるのか。
「悪いことしなくても青春は出来ませんか?」
「残念、それは出来る。だけど、知ってるだろ? いい娘ちゃんで来た私を。だからほんの少し悪いことに憧れる、そんな迷惑は掛けない、これが私の共依存だ」
申し訳なさそうな顔。
昔から知っている年上女子。
でも、なんか割に合わない気がした。
「じゃあ、どうだろう。夏の冒険と銘打って二人でナイトプ―ルに行かない? 近くがダメなら少し離れててもいいし、日にちも全面的に任せる。まだ春を終え、ようやく初夏に足を踏み入れたばかりだ。考える時間は十分ある、慎重に計画を立てて夏の冒険に出よう!」
それくらいならと共依存を受け入れ、Eカップのブラとショ―ツを買う危機を回避した。
手早くメアド交換し、
「大丈夫だね。でも、日課のように確認しないでほしいな、見つけた! みたいなのもなんかいい…宝探しみたいだろ? それからホントにいいのかい? 私のえっちな写真を保険にしなくても? あっ、そうか! 君は私の少しだけえっちという基準に懐疑的なんだね、基準としては――」
うん、全然「少し」だけじゃなかった。
オレは断腸の思いで遠慮した。
オレだって年頃男子なんだ、それはもう血の涙を流す思いでお断りした。
オレは紙袋に入った
まるで浮気だ。
悪いことしてる感じがプンプンする。
もちろんオレは
口止めされたワケじゃない。
そもそも、この再会の機会を与えたのは
それに、考えてみたら
「例の件」で口を滑らせたのは小学時代。もう彼女は高二だ。もう昔の話だろ。
そんなことを考えながら、オレは
きっと下着の件でもっとオレから抗議が来ると思ってたのだろう。
オレは、ウソがうまいワケじゃないので『語るに落ちる』を避けるためお口チャックでやり過ごすことにした。
わずかな潮のにおいが夜風に乗り、海辺から少し離れたオレたちの家まで届いた。
見上げた夜空はいつも通り「赤い」住み慣れたこの街の夜空は、何だかとっても「赤い」のだ。
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