番外編7 ホワイトデー
バレンタインデーにリリアンヌからガトーショコラをもらったローゼンはお返しを何にすべきか悩んでいた。
(高いものを渡せば、困った顔をするんだろうな)
リリアンヌとの付き合い方が少しだけ分かってきたローゼンは小さく笑う。そんな姿を両親が生暖かい視線で見守っているとも知らずに。
(皆が何を渡すか聞いてみるか。平均値というものを知りたい)
そんなものを知っても何も役に立たないというのに、真面目過ぎるところのあるローゼンは調査に向かった。
まず、最初に行ったのはルイスのところ。
「殿下、ホワイトデーは何をお返しされますか?」
「急にどうしたんだ?」
「どうすべきか悩んでまして」
「参考になるかは分からないが、まずは俺の髪を連想させるシルバーの生地に藤の花を刺繍したドレス、アメジストやバイオレットサファイアをあしらった髪飾りに、指輪、ネックレス、普段着用のワンピース、帽子、日傘、それから……」
出るわ出るわ。次から次へと挙げられていくものにローゼンは気持ちが遠くなった。
「あの、いつから用意されていたのですか?」
「1年前からだ」
「いっ、1年前ですか?」
「イザベルに似合う最高のものを毎年ホワイトデーには送っている。だから、1年かかる」
「そ……うですか」
(流石、殿下。バレンタインにもらってからではなく、1年も前から用意をされるとは。ぬかりない)
リリアンヌというツッコミが不在により、明らかに重すぎる愛と、イザベルがつぶれそうなほどのプレゼント量は、回避されることはない。今年は小夜の記憶が戻ってから初めて心を通わせた年でもあるため、ルイスの気合いの入りかたがいつもよりも増した結果でもある。
(……殿下のようなプレゼントはリリには合わないな。ドレスも装飾品も最低限で良いと言う。それを選ぶ時間を自分と過ごして欲しいと言ってくれてたな)
ローゼンはルイスに礼を伝えたあと、もう一人の婚約者持ちであるカミンのところへと向かった。
「えっ? 俺がジュリアに何をあげるかってー?」
楽しそうに笑うカミンにローゼンは真剣な表情で頷いた。
「俺は首わ……じゃなくって、チョーカーにしようと思ってるよぉ」
「今、首輪って言わなかったか?」
「あはは。気のせいじゃない? 俺のだって
(首輪って言い切ったな。しかも、所有者だと? 信じられん)
「カミン、婚約者殿のことをそのような言い方をするのは……」
「はぁ? 人のことに口出ししないでくれる? これは俺たちの愛のかたちなんだからいいんだよ。うるさいなぁ」
いつものへらりとした雰囲気は一瞬崩れ、ローゼンは鋭い眼光を向けられた。だが、そんなことに怯むようなローゼンではない。
「それは、ノックール嬢も望んでのことなのか?」
ローゼンが引かないと分かったのだろう。カミンはわざとらしく大きなため息を吐き出すと、いつもの表情に戻った。
「あのさー。ゼンはいつも正しいけど、みんながみんなゼンみたいにはできないんだよぉ? これが俺の精一杯なの。分かるー?」
(俺にはルイスみたいにひたすらに愛することも、ゼンみたいに全てを包み込むこともできない。俺のやり方は歪んでて、正しくないのなんて百も承知だよ。それでも絶対に離れない。離してやらない)
少しの間、ローゼンはカミンを見つめ、静かに頭を下げた。
「俺が悪かった」
「別にいいよぉ。理解されると思ってないしー。ホワイトデーのお返しを悩んでるならヒューラックに聞けば? 毎年、かなりのお返ししてるはずだよー」
それだけ言い残してカミンはローゼンの言葉も待たずに去っていってしまった。
次にローゼンはカミンのアドバイス通り、ヒューラックの元へと来た。だが、その答えはなかなか手に入りにくい人気店のお菓子と無難なものだ。
(うむ。お菓子は喜ぶかもしれないが、それだけでは俺の気が済まんな)
そして、今度はシュナイのところへ。彼は「私は花を一輪ずつお返ししております」と言う。
(そうだった。シュナイは孤児院の子どもが育てた花を毎年買ってるんだったな)
シュナイらしい答えにローゼンは礼を言うと、最後にメイスに会いに行った。
「オレが何をホワイトデーで返すかって? 執事が毎年用意してくれてるから詳しくは分かんねーな」
「そうか。いきなり悪かったな」
「いやいや、待てよ。あれだろ? リリアンヌへのお返しだろ? 特別だもんな。
…………うーん。あれは、どうだ? よく騎士がお守りとしてつけてるやつ」
騎士は家族や恋人から500円くらいの大きさで、安全を祈った木彫りのお守りをもらうことがある。まだ正式な騎士ではないが、卒業とともに騎士となるローゼンもリリアンヌからもらったものを常に身に付けている。
(確かに。リリのことを思ってお守りをつくるのはいいな……)
ローゼンは木彫りのお守りを作ることにした。そして、授業が終われば何を彫るのかを決めるために学園内の図書館へと行く。
まずは木彫りのお守りの図案を見るが、どれもこれも騎士が持つためのもののため、剣やら盾やら武器ばかり。次に家紋集をみたが、何かが違うとパタリと本を閉じた。
(とりあえず、片っ端から何かないか見てみるか)
ローゼンは図書館の端まで行くと、本棚の前を背表紙をざっと目で追いながらゆっくりと歩き始める。
様々なジャンルの前を通りすぎ、ピタリと足を止めた。
手にした本はローゼンには似合わない。けれど、彼のなかのリリアンヌにはピッタリだった。ぱらりとページをめくり、しばらく眺めたあと、まためくる。
そうして、あるページにたどり着いた時、ローゼンは手を止めた。
(あぁ、これだ)
貸し出しの手続きをして、学園内に立ち並ぶ店で必要なものを買い、帰路についた。そして、自室に帰ると一心不乱に彫る、形を見る、彫る、形を見る……、と繰り返す。毎日少しずつ作ったそれは、1週間後に完成した。
だが、ローゼンのなかでどこかしっくりこない。
(着色もするか……)
実は凝り性なローゼン。木彫りのお守りは着色がないものが大半であるにも関わらず、今度は塗料とツヤを出すためのニスも購入した。
そして、ホワイトデー当日。昼休憩中にローゼンはリリアンヌを呼び出した。本当は放課後にしたかったが、
(手合わせがあることを残念に思うなんてな)
ローゼンは自分の気持ちに苦笑を漏らす。
「どうしたの?」
「いや」
(まさか、こんなに誰かを好きになれる日がくるとは思いもしなかった)
「リリ……、これ」
そう言って手渡したのはラッピングもされていないローゼンお手製の木彫りのお守りだ。
「悪い。包装するということをすっかり忘れてた」
「……これって、ホワイトデーの?」
「あぁ」
コロンと手にのった木彫りの真ん中には白い花が掘られている。
「かわいい……。何てお花なの?」
「ルピナス。
リリィの花言葉は純粋、
「早咲きのルピナスはリリアンという品種があると図鑑に書かれてた。白いリリアンは俺が調べた限りはなかったが」
「じゃあ、どうして白に決めたの?」
「意味が……」
「意味が?」
「白いルピナスの意味が【つねに幸福】だった。だから、白で作った」
「もう、毎日が十分すぎるくらい幸せだよ……」
「もっとだ。もっとリリには幸せでいて欲しい」
静かにリリアンヌの涙腺が崩壊した。幸せすぎても涙が出る。それは、ローゼンが教えてくれたこと。
「……ぁりがと。一生大切にする」
ぐしゃぐしゃの顔でリリアンヌは笑う。その涙は、すぐに抱き締められたことでローゼンの胸へと消えていった。
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