第55話 色とりどりの般若


「ゼン、追いかけよう」


 そう言うや否やリリアンヌは般若達を追ったが、あまりの速さに見失ってしまった。


「どうして人を担いでるのに速いのよ! それに、あのマッチョは誰よ!」


 ボディービルダーのようなムキムキマッチョの知り合いはリリアンヌにはいない。


 (一体、ベルリンは何を考えてるの? あれじゃあ、ベルリンの方が悪者みたいじゃない。まさか、般若をして髪型を変えればバレないなんて思ってないよね……)



 リリアンヌが不安になっている頃、学園の至るところで色とりどりの般若が目撃されていた。

 その般若達は、何故か学園内の掃除や花の水やり、いさかいの仲裁ちゅうさい、いじめている生徒を追いかける……等々、それぞれが思う善行を行っている。



 何故そんな状況なのかと言うと、般若作戦を実行するにあたって、オカメイザベル派の筆頭となるフォルツェ伯爵家の双子へルイスとカミンが根回しをしたからだ。


 オカメイザベル派は今まで目立った活動もなく、ただオカメイザベルとリリアンヌを陰日向から見守ってきた。

 だが、リリアンヌへのいじめが明らかになった今、見守るだけではいけないと立ち上がろうとしていたところに声がかかったのだ。

 それは、争いを好まない者が多いオカメイザベル派にとって、非常に有難い話だった。


「週明けの月曜日、般若ある面をつけて学園で善行を行って欲しい」


 それのどこが役に立つのか分からなかったが、双子は了承した。皇太子殿下の言うことならば間違いはないだろうと。

 双子は派閥内で有志を募り、学園内には数十人の般若が投入された。


 そして、カミンの従者のマッチョに制服を着せて、荷物令嬢持ちとして連れてきた。これが、マッチョ般若の正体である。


 般若達は、見事に反リリアンヌ派を混乱させた。連れ去られた令嬢の口を封じようにも、逃げられてしまい居場所が分からない。発見したと思っても、別の般若なのだ。


 だが、撹乱かくらんされたのは、反リリアンヌ派だけではなかった。



「あっ、あそこにいた!」


 やっとイザベルと同じベージュの般若を見つけた、と近付いた先の般若の髪色が違うことに気が付いたリリアンヌは足を止めた。


「一体、どうなってるのよ」

「十中八九、カミンの発案だな」


 見つけたと思っても別人、ということを繰り返す。そうしている間に予鈴よれいが鳴り、リリアンヌとローゼンは急いで教室へと向かった。



 教室の扉を開ければ、いつもと同じようにイザベルは優雅に座っている。


「リリー、おはよう。遅かったわね」

「……おはよう」


 (髪型もいつもの三つ編みだし、オカメだわ。でも、あの高笑いにスタイルは絶対にベルリンしかいない)


 じっ、と疑うような視線をリリアンヌに向けられたイザベルはオカメの下で苦笑した。


 (疑っておるのぅ。じゃが、ここで聞かれても答えられぬ。それに、まだ言いたくないしの。しらを切るか……)



「ねぇ。結局、どうなったの?」

「どうとは?」

「何か良い作戦はあった?」


 何も答えないイザベルにリリアンヌは詰め寄る。


「決まってたら教えて欲しいな。私に関することだしさぁ」


 顔は笑っているのに、全く目が笑っていない。言い逃れなどさせないという気迫がイザベルに伝わってくる。


「残念ながら、まだ戦果が出てないわ。もう少し待ってくれるかしら」

「ふぅん? じゃあ、般若達はいったい何なの? あれ、ベルリンが考えたお面だよね」

「あら。般若をご存知なの? 私、オカメほどではないけれど、般若も好きなのよ」


 全く取り合わないイザベルに苛立ちをリリアンヌが覚えた時、ガシリと肩を掴まれた。


「フォーカス嬢。親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知っているか? もう講義が始まる。席に戻れ」

「ルイス様……。そのような言い方をなさるのは良くありませんわ。それに、私とリリーは友人ですもの。距離をおかれてしまうような言い方はお止めになって……」


 その声にルイスは厳しい表情をすぐに緩め、イザベルの方へと熱い視線を向ける。


 (はぁ。今日もイザベルは天使のように優しく、女神よりも慈悲深い。オカメの下で困り顔をしているのが目に浮かぶ。

 あぁ……。なんて、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛──)


 リリアンヌへの苛立ちなど遠く彼方へと放り投げ、ルイスの頭の中はイザベルへの重苦しいほどの想いで溢れていく。


「悪かった。可愛いイザベルを困らせるつもりなどなかったんだ。愚かな俺を許してくれ」


 ルイスはイザベルの左手の小指菊の紋様へと颯爽と唇を落とす。それに対して指先まで赤く染まっていくイザベル。それは、もはやクラスの中では日常の風景だ。


 ((((((殿下は相変わらずの攻めの姿勢だ(わ)。イザベル様、そろそろ慣れて))))))


 極一部を除いたクラスメイトの心が一つになった。そして、リリアンヌはというと──。


 (これじゃあ、話は無理だわ)


 と、いつもはイザベルを助けるものの、そんな気持ちにはなれずに大人しく自身の席へと向かおうした。だが、ピタリとその足を止め、ローゼンの元へと行く。


「ちょっとお腹痛いから保健室に行ってくるね」

「ついてく」

「ごめん。女の子の事情だから……」


 リリアンヌは声を抑えてローゼンへと告げ、顔を赤くして動きが止まったのを確認すると教室を静かに出た。

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