第42話 ベルリンの壁、崩壊


 イザベルの質問にリリアンヌは目を瞬かせた。


「あの……。もう友達だと思ってたんですけど」


 (一緒に休みの日に遊んだら友達でしょ? 二人きりだよ? お家にお呼ばれだよ?

 どう考えても友達。というか、友達じゃなかったら何だと言うの?)


 (何と! 既に友であったとは! これは、嬉しい誤算じゃ。われにも遂に新しき友ができたのか……。


 前世では幼き頃、狐の面の少年が唯一の友であったな。たった一年じゃったが、あの頃が一番楽しかったのぅ。


 帝の許嫁になってからは、呪物や呪いのふみを贈られたことはあっても友はできんかった。

 気が許せたのは家族と一握りの侍女だけじゃ。

 そのわれに、心許せる友と呼べる者が……)



 リリアンヌの言葉に感動したイザベルは小さく鼻をすすった。


「やだ!! イザベル様、泣いてるんですか?」

「だって、嬉しくて……。

 この間は折角リリーって愛称で呼んでもいいって言ってくれたのに、お断りして申し訳なかったわ。ごめんなさい」

「えっ! いや、あれは打算にまみれてたんで断って正解と言いますか……」


 あたふたとしているリリアンヌにイザベルは小さく笑う。


「あの、私もベルリンって呼んでもいいですか?」

「ベルリン?」

「はい! あだ名です。私だけが呼ぶ愛称ですね」

「……ベルリン。うれしいっっ」


 (どわぁぁ!! 神々しい!!

 美の化身の到来だわ。こんなに素直で可愛くて、美しいなんてっっ!!

 今までの壁は何だったのかしら。これぞまさに──)


「ベルリンの壁崩壊ね」


 上手いこと言った! とリリアンヌはにんまりと笑う。だが、不思議そうな顔をしているイザベルに少し凹んだ。


 (うぅぅ。反応ないって辛い。仕方ないんだけど。恵はいつも鼻で笑ってたな。懐かしい。

 まぁ、心的ダメージは受けたけどイザベル……じゃなくて、ベルリンが少なくとも同じ世界からの転生者じゃなさそうってことが分かったわね)



「ごめんなさい。何でもないので気にしないでください」

「そう? なら良いのだけど。

 リリー、できたら私にも気軽に話してくれないかしら?」

「気軽にですか?」

「えぇ。他の方に話すみたいに敬語じゃなくしてもらいたいの」

「いいんですか?」


 イザベルは照れ笑いしながら頷いた。


 (……なんか、ルイスの気持ちちょっと分かっちゃった。これは、隠したくなるわ)


 リリアンヌは、この笑顔を独り占めしたいと思ってしまった。だが、だからといってそんなことするわけもない。


 (ベルリンは、私が守る!!)


 そう誓い、イザベルの手を取って強く握る。



「ベルリンって、ルイス殿下のこと好き?

 そうじゃないなら、少しでも早く逃げないと。あれは、ヤバい。逃げられなくなるよ!」


 もしかしたら、既に手遅れかもしれない……その言葉をリリアンヌは飲み込んだ。


「リリー、急にどうしたの?」

「だって、どう考えても普通じゃないでしょ!! あの人、ベルリンのためとか言いながら平気で人を殺せると思う。

 ううん。……ベルリンに近付いたからとかだけで、殺すかも」

「そんな、まさか……」


 イザベルはそんなことはないと思いながらも、ハッキリと否定できなかった。


「ねぇ、取り返しがつかなくなる前に好きじゃないなら逃げよう!」

「逃げるってどこへ?」

「どこって……」


 自分を心配するリリアンヌにイザベルは優しく微笑む。少しでも不安が軽くなるように。


「大丈夫よ、リリー。ルイス様は私のことを気遣って下さっているだけで、直に婚約解消になるわ」

「……えっ?」

「私が可哀想で一緒にいて下さるだけなのよ。ルイス様には、相応しい方がもっと他にいるわ」


 本気でそう口にしているイザベルに、リリアンヌが否定しようとした時──。



「イザベル以外の人なんて考えたこともない。俺が愛しているのはイザベルだけだ」


 そう言って、ルイスはイザベルに甘い視線を送る。


 二人きりだったはずの部屋にルイスと気まずそうなローゼンが現れたことにリリアンヌは顔色を無くし、イザベルは甘いセリフに首まで真っ赤になった。



「なんで、ここに……」


 リリアンヌは声を震わせながらも、ルイスを睨み付けた。


「何故って、婚約者に会いに来ただけだが。何か問題でも?」


 (問題でも? じゃないっつーの!! 女子会してる時は、顔出さないのが常識でしょうが!!)


「束縛男」


 ぼそり……と呟いたリリアンヌの言葉にルイスは面白いものを見つけたような視線を向け、ローゼンは困った顔をした。


 因みにイザベルは、先程のルイスの愛の囁きにより別世界へと旅立っているため気が付いていない。



「邪魔して、すまない」

「ノックしたのに気が付かない方が悪い」


 謝ったローゼンに対し、しれっとこちらを責めるルイスにリリアンヌは激しい苛立ちを覚えた。だが、意識して微笑んだ。


 (感情的になった方が負けよ。ノックしたのだって、本当か怪しいんだから。

 ……というか、どこから聞いてたわけ?)



「皇太子殿下ともあろう方が盗み聞きですか?」

「盗み聞きとは、ずいぶんな言われようだな」

「事実でしょ。それで、どこから聞いてたんですか?」


 (お願いだから、来たばかりであって!!)


 その願いは呆気あっけなく次のルイスの言葉に打ち崩される。


「俺から逃げた方がいいって話からだな。

 ずいぶんと面白い話をしていたな、フォーカス嬢?」

「フンッ。事実でしょう?」

「そうだな。だが、間違いもある。

 俺は、イザベルが望まないことはしない」


 その言葉にリリアンヌは妙に納得してしまった。


「良かったな、フォーカス嬢。イザベルと親しくなっていて。

 そうでなければ、すぐにでも二度と目に入らないようにしていたところだ」


 (こんの、暴君!!)


 心の中で盛大に歯噛みしたが、リリアンヌはルイスが言っていることが事実なのだと正しく理解した。


「なら、殿下は私のことを一生処罰できませんね」

「残念だがな」


 (くっそーーー!! 腹立つーーー!! 何が「残念だがな」よ。こんなのに、好かれたいと思ってたなんて!!

 何より、ちょっとでもホッとしちゃった自分が最悪)


 こんなことでイザベルと仲良くなっていて良かったと少しでも思いたくなかった。それなのに、安心してしまった自身にリリアンヌは嫌気がした。



 そんなリリアンヌの様子に、ルイスは縁の様子を見た。


 (ほう。俺とフォーカス嬢の左薬の縁が千切れそうだな。その代わり、左の人差し指に縁が結ばれた。

 そうか、縁を導く指に結ばれたか。果たしてこれがどう今後に影響するか)


 そう思いながら、今にも千切れそうな左薬指の縁を切る。


 (よし、これで完璧に俺との恋愛の縁が切れたな。

 フォーカス嬢は別のやつと縁を結び始めたみたいだし、これからは安心だろ)


 ルイスはどこか熱のこもった瞳でリリアンヌを見つめるローゼンを見た。


 今日、ローゼンを連れてきた目的はリリアンヌの相手をさせることだ。

 それは、決して二人を応援しているわけではない。自身がイザベルを独占するためだ。


 (ついでに他人の恋路を手助けするのも悪くないだろ。

 もし、フォーカス嬢とローゼンが婚姻すれば、フォーカス嬢はイザベルの傍にずっといられるしな)


 イザベルを中心に考えるルイスは、今日も安定のイザベル至上主義なのである。

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