第3話 初陣の死闘
ペタ、ペタ、ペタ……
乾いた足音がトイレに響く
トイレの独特な反響音は俺の耳を震わせる。正直クッソ怖い
やべぇやべぇやべぇ!!
マジ来たよ!ヤッベーよヤッベーよ!!こぇーっ
俺はトイレの個室で足をガクブルさせながらビビっていた。
ひ、ひとまず落ち着け!ひっひっふ〜ひっひっふ〜……
よし!全然落ち着けんわ。
未だに足はガクガクと武者震いをしている
ごめん嘘吐きました!ビビってるだけです。
テレビと現実は大きく違うことを俺は今、思い知らされた。
五感の全てが訴えかけてくる恐怖
先程まで闘志を燃やしながら意気込んでいた俺はどこにもいない。
死臭と血の匂いを漂わせるゾンビ、ペタペタと反響する足音
訳の分からないことを喘ぐゾンビの口からは、ヨダレがタラタラと流れ落ちる音がした。
過呼吸になりかけるほど緊張した俺は、意を決してトイレのドアの下の隙間から目標を探す。
真っ青な死人の足が動いていた。
赤い乾いた血が青白い肌を伝っている…
「やべぇ!!マジでいるやんけ!こぇ〜よぉ…」
俺は小声で己が運命を呪った。
しかしこれほどのチャンスは存在しない、狭いこの空間にて、ゾンビはたった一体のみ。
湿気のあるのこの空間は、熱感知を鈍らせる。唯一の懸念は手ぶらなこと。
だが武器ならやりようはある
俺は素早くズボンのベルトを抜くと、端っこを手に括り付けるように持つ。コレを鞭のようにして倒すのだ。
取っ組み合いになれば俺の負けは確定する。
ゆっくりとドアの扉を開く、音を立てないようにゆっくりと
ギィィ…
「…ッ⁈⁈~ッ!?!??」
ドアの金具がさびていたのか、金具がこすれる金属音が鳴り響いた。
俺はドキドキしながら、お手洗い辺りをうろつくゾンビに視線を向ける。一瞬ピタリと止まったのでマジでバレたかとドギドキしたが、ばれていないようだ。
「ふぅーーーーー」
ゆっくりと息を吐き、忍び足で近づいていく
一歩、また一歩進むごとに俺の心臓は早鐘を打つ。
敵は男のゾンビ、身長は160ほど、さほど大きくはない。ワッペンの色からして二年生だ。他クラスなので名前は知らないが、肩や腕に噛みつかれた痕があり、心が痛む。
体格もがっつりしていないし、倒せないわけじゃないはずだ。
俺の頭を支配するのは少しばかりの興奮と………恐怖だ。
失敗したときの想像が頭を駆け巡る、成功する未来をうまく想像できない、もし失敗したら、もし倒せなかったら…
そんな不安が俺を押しつぶさんばかりに迫っている。
えぇい!気張れ‼気合を入れろ、覚悟を決めろ!
(行くぞ、ヤル、ぶったおす!やるんだ、いけ、いけ、いけ!)
「ッ~~~!!!ッ⁈!」
息を殺しながら、心の中で精一杯叫んで俺はベルトを振り下ろす
ベルトはしなりながらゾンビの脳天に振り下ろされる。
金具の留め金部分が伸びきった瞬間、瞬時に手前に引っ張り、しなりを利用した音速とまではいかずとも、それなりの速度を出しながら…
ゾンビの耳を掠めた
「なッ~~~⁉」
ゾンビはカクンと首が揺れ、ゆっくりを俺に振り向いた
『あ゛あ゛あ゛~ぁ゛ぁ゛…ぁ゛ぁ゛』
「ひっ~~ッ!??!!?!」
人間は本気でビビると声が出ないらしいが、どうやら本当らしい。
あぁ、トイレいっててよかった。
先に出しとかなきゃ漏れていただろう。
そんなバカげたことが一瞬頭をよぎる。
『がぁ‼‼』
一瞬で襲い掛かってきたゾンビに俺は腰を抜かし、しりもちをつきながら後ずさる。
『がぁぁぁぁ!!!』
口をガチガチならしながら噛みついてきたゾンビを、ベルトの皮で防ぐ。
猿轡のようになったゾンビは、腕をブンブンと振りながら俺を襲おうとする。
組み触れられた俺は自由をかなり奪われ、必死に噛みつきを防ぐことしかできない。
(力強すぎだろ!!)
どっかの鬼の妹みたいな状況のゾンビだが、醜さと殺しに来る殺気は全然コイツが勝っている。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ‼
死ぬ
このままがぶりと噛まれ、俺はゾンビになる
そんな未来が容易に想像でき、目に涙がにじむ
「クソクソクソ!離…れろッ!このッ!クソが‼」
唯一自由な足でゾンビの横足を蹴り上げるが、全くもってびくともしない
俺は無様に泣き叫びながら必死の抵抗を試みる。
ブチブチブチッ…
「ッ…!?!!?!」
ベルトが削れ、破け始める。
噛みちぎられる!
焦りと恐怖で思考が鈍る。
どうにかしなければ!
マジで死ぬ
初めの一撃で仕留められなかった時点で詰んでいた。
必死で思考を回転させる
一か八か、やるしかねぇ!
ゾンビが口を閉じた瞬間、俺はベルトを俺の頭より上に引っ張り、ゾンビの噛みつきを回避する。
つんのめるように突っ込んでいたゾンビは体制を崩し、下側に少しの隙間ができた。
俺はゾンビの太ももを支えに自らの体を下へスライドし、包囲網から脱出する。
ゾンビはいまだに首を振りながらうなり、暴れている。
ココで問題が発生した。
攻撃手段の消失である。
ベルトを失った俺には攻撃手段がない
急いで周りを見渡し、何かないか探すが、特に使えそうなものはなかった。
「クソッ」
ゾンビはもう立ち上がろうとしている。
このままコイツが立ち上がってしまえば今度こそ終わりだ。
ひとまず時間を稼がねば!
俺は自分がこもっていた個室のトイレに目をやり、開いていることを確認すると、ゾンビにタックルをかまし、個室に突き飛ばす。
ゾンビがいくら強靭な体だろうが、体感が崩れた状態なら動かせる。
よろめいたゾンビが個室に入った瞬間ドアを防ぎ、体をドアに押し付けて押さえる。
ガンガンと扉を叩く音が響き、その度に扉ごと俺は跳ねる。
その度に必死に押し返し、踏ん張る。
タイルの床は踏ん張りがききにくく、なかなかどうも力が入りにくい。
バキッ
「くッ!」
危惧していた事態が発生した。
ドアの金具部分が木材ごと壊れたのだ。
下の支えを失ったドアはガクンと傾き、大きく揺れる。
「くっそッ」
焦りながら思考を凝らす、何かないか、何か!
このゾンビを殺せるものは!
「そうだ!」
確か個室のドアには、服をかける用か荷物をかけるのか、何か知らないが金属製のフックがあったはずだ。
大抵の場合そのひっかけ部分は割と長めに設計されており、高い位置に固定されている。
さっき入っていた時に見たフックはゴムが先端についているタイプではなく、金属の突起が滑り止めの役割になっていたはずだ。
つまり、このゾンビがドアを壊すと同時に扉を開き、ゾンビが勢い余って前のめりに突っ込む。
そしてゾンビが倒れた隙に全体重を乗せてドアプレスを決める。
フックがうまくゾンビの首か頭に刺さらなければならないので、危険な賭けだが、やるしかない!
バキッ…バキバキッ!!!
(今だ!)
サッと身を引き、ドアを開ける。
同時にドアの金具が両方とも破壊されたのをしっかりと確認し、両の手でドアを支える。
ゾンビのほうを見れば案の定、ドアを破ろうとしていたゾンビは体重を前に傾けていた。
即座に俺は足をかける。
ゾンビは俺の足に引っかかり、小便器の方に突っ込んだ。
ちょうど首が小便器に引っかかるようにして倒れたゾンビに、俺は冷静にドアを構えた。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
全体重をかけたプレスでゾンビを仕留めにかかる。
グシャッと鈍い音を立てながら、金属製のフックはゾンビの首を正確に貫いた。
ゾンビは一瞬ビクリと跳ねると、そのままピクリとも動かなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
生き残った安堵と生まれて初めての死闘を生き残った高揚感で、全身の力が抜ける。
菌心は取り出せるものがないので、この死体はこのまま放置だ。
いたるところから悲鳴とゾンビの声がする。
いくらゾンビの耳が悪くても、かなりの戦闘音をたてたはずだ、ここも時期にゾンビが寄ってくるだろう。
「はぁ、はぁ…移動しよう。まず武器が必要だ」
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