第5話 招かれざる客人

 深い森の中を走る一台のハイ○ース。


 運転席には男性、助手席にはイヌ娘が乗っている。

 所々デコボコしているようで、時折車が跳ね、天井キャリアに乗った荷物も跳ねている。

 そして、跳ねた拍子にカップ麺のクズが詰まったビニールの袋が地面に転がる。

 しかし、車の乗員はそのことに気づく様子もなく、車は森の奥に消えていった。


 ◇ ◇ ◇


 さて、車が走り去り小一時間ほど経った頃、この袋に興味を示す黒い影が複数いる。全身毛むくじゃらで、体格はハイ○ースに匹敵する大きさ。

 影は蠢きながら袋を破き、空のカップ麺を貪り食っている。食いちぎられたクズには虫が集まってくる。これらの虫はまるで毛むくじゃらに付き従っているように見受けられた。

 一頻り貪り食った毛むくじゃらたちは、ハイ○ースとは、別の方向に動き出し、森の中に姿を消した。


 ◇ ◇ ◇


 初めて降り立った場所から、南(といっても、地図があればその方角という程度の認識)へ20km走ったところで、森が開け、小さね渓谷が視界に入ってきた。


 車を停めると、渓谷の流水に走り出すリサ。

 水でも飲むのかと思えば、そのまま流れに突っ込んでいき水浴びを始めた。

「豪快だなぁ…。」


 水質を警戒するに越したことはない。

 ゆっくりと後部ドアを開き、簡易濾過槽を引っ張り出し、流水の注ぎ口に持っていく。

 リサが水浴びをしている横で濾過槽に水を汲んでいると

「ソノダ、お前も水浴びする。」


 有無を言わさずリサに引き込まれ、流れの緩やかな淵に落ちてしまう。

「冷っ!…」

 と言いかけたところで、水…いや、程よい温度の温水にビックリする。

 あわてて濾過槽に行ってみると、こちらは冷水。


 とりあえず洗濯も兼ねて水浴びをすることになるのだが…。

 リサの方を見ると、水に濡れた毛の下には艶めかしい身体ラインが見えている。


(あ、あかん、これは見てはいけないものだ。)

「…」

 慌てて温水から上がると、リサが不思議そうな顔でこっちを見てくる。


「すいませんが、着替えを取ってきますので、そのまま楽しんでいて下さい。」

「はぁ~~い。」

 リサは身体の手入れを始めていた。


 急ぎ車に戻り、自分の着替えと、リサのタオルと着替えを準備する。

 出張する予定はないのだが、いつも三日分の着替えは持ち歩くようにしていたので、自分の衣類は何とかなった。


 さて、女性用の衣類を探してみると…シースルーのドレスから、OL向けジャンパースカートの制服とフリル付きのシャツまで揃っている。

 が、流石に下着まではなかった。


 とりあえず、タオルとOL制服を取り出し、リサのもとに戻る。

「水浴びが終わったら、このタオルで体を拭いて、隣りにある服を着て下さい。」

「はぁ~~い。」

 水音が収まり、OL制服を着込んだリサが戻ってきた。


 相変わらずのモフモフであるが、こころなしか毛艶が良くなっているようだ。

 二人揃ったところで、お湯を沸かし、いつもの食事を準備していた時、奴らがやって来た。


 リサがカップ麺を開きお湯を注ぎ終わった頃、白銀の巨体を持った狼のような二足歩行の化け物が三匹、渓谷の対岸から飛び出してくる。


 たまたま持ち出していた釘打ち機を手に掴む園田。

 釘は十個程度しか入っていない。


 瞬く間に彼らはリサのところへ走ってくる。

「ウォーウルフ…」

 リサは、その場にうずくまり動けなくなっている。


 園田がリサのもとに駆けつけたときには、彼らがまさにリサへ襲いかかろうとしていた。

「まてっ!」

「ナンダ。」


 どうやら言葉が通じたらしい。

 腰に釘打ち機を忍ばせながら…。

「彼女よりも、その足元にあるモノの方がうまいですよ。」

「ホウ…。」


 一人がカップ麺に鼻をツッコミ麺をすすりだす。

「アニキ、コイツハウマイ。」

 もう一人も同じようにカップ麺を啜りだす。

「コイツハ、サッキタベタパサパサトオナジニオイガスルガ、ウマイゾ、キョウダイ。」

 最期の一人もこちらを警戒しながら、カップ麺を貪りだす。


 リサをゆっくりこちらに引き寄せる。

「合図をしたら伏せるんだ。

 それと、カフェオレを…。

 これで、連中の気を引くんだ。」


「ソノダ、彼らの腰元は狙わないでね。

 メスの獣人を腰に巻いている。」


 確かに、彼らの腰元には、ボロ布をまとった別の色のケモノが巻き付けられている。

 彼らの食事が終わるのを見計らいリサはカフェオレを持参し、俺は、彼女の背後からゆっくりと彼らの後ろに近づく。

「お口汚しにどうぞ。」

「ホウ、キガキクメスダナ。」

 一人がカップではなく、リサに手を伸ばそうとした瞬間。

「リサっ!!」


 叫び声を合図にリサが地面に倒れ伏す、驚く三人の方へ跳躍しながら、釘打ち機を構え彼らの顔めがけて引き金を引く園田。


 乾いたインパクト音を残し釘が彼らの顔に吸い込まれていく。

 三人は崩れ落ち、地べたに突伏する。


 リサの方を見ると、震え上がっている。

「リサ、大丈夫ですか?」


 リサを抱きかかえ、彼らの傍から彼女を引き離す。

「…え、ええ、…ええ、大丈夫です。」

 ようやく落ち着いたリサ。そして、彼らの腰元を見ると、慌ててこちらに掴みかかる。


「早く、早く彼女たちを助けてっ!」

 言われるがまま、彼らの腰元に巻かれていた獣人の娘たちを巻かれた布から助け出す。

 助けたのは、三毛猫娘が二人、クロブチ猫娘が一人だった。

 三人とも青ざめた顔の上に息も浅く、危険な状態であることは何となく分かる。


「とりあえず、毛布と敷物を下さい。彼女たちをそこに寝かせます。」

「わ、分かった。」

 リサの言葉遣いに驚きながらも、言われるままにアルミ保温シートと毛布を車から引っ張り出し、彼女の指示したところに敷く。


 猫娘たちをシートの上に寝かせ、毛布をかけるとリサが再び沐浴を始める。

「水の精霊よ、癒やしと回復の加護をもって、彼の娘たちを癒やして下さい。」


 言霊が終わると、三つの水柱がリサの回りに立ち、それぞれの水柱が、猫娘たちの上に降り注ぐ。


 毛布を濡らせまいと動きそうになると

「心配いりません、ソノダ。」

 優しく静止されてしまう。


 一通り儀式が終わるとネコ娘たちは深い眠りについていた。血色も良く…って、よく見ると三毛ネコ娘は、リサやクロブチネコ娘と違い、人間の娘そのものなのだ、まぁ、耳はモフモフネコ耳だし、鼻もネコっぽい。そしてショートヘアは三毛ネコ色だった。


「お疲れ様…リ…リサ?」

「只今戻りました、ソノダ。」

 沐浴を済ませ、戻ってきたリサも変わっていた。

 もう、うら若き女性そのもの。

 まぁ、耳はモフモフで、四肢のコウにもモフモフが残っている。

 グレーの髪色、緑の瞳はそのままに、リサという名のイヌミミ女性がOL制服を着て立っているのだ。


 …靴が必要になりそうだ。


 ネコ娘たちのために身動きは取れないが、「ウォーウルフ」の死体は始末しなければならない。


 土中に埋めるにしても、川に流すにも手間がかかりすぎる。

「とりあえず、毛皮を剥いて焼いてしまいましょう。」

「な、なんか、雰囲気もだけど、性格も変わってません。」

 すまして答えるリサに毒気を抜かれてしまう園田。


「すいませんが、木を切ってください。」

「はいはい。」

 リサは毛皮を剥ぎはじめ、渓谷脇にあった立ち枯れ二・三本をチェンソーで切り倒し、担いでくる園田。

 河原に積まれた死体を芯に朽木でヤグラを組んでいく。


「ソノダ、炎の魔法で燃やして下さい。」

 リサは、炎の魔法を使えないらしい。

 カセットコンロからガスボンベを外し、トーチに付け替える。


 落ち葉などを種火にすると、朽木も乾燥が十分だったらしく、すぐに火が付く。

 そして死体に火が回ると一気に火力が増し、盛大なキャンプファイヤーになってくる。


「悲しいかな、美味しそうな匂いがする。」

 肉の焼ける香ばしい香りに閉口していると、リサが憎悪とも取れそうな厳しい眼差しで炎を見つめている。


「何かあったんですか?」

「…。」

 リサの返事を聞くことなくきびすを返し、眠っている娘たちの下へ行こうとすると、足元を黒い影が横切っていく。

「空…。」

 呟くと

「お客様の登場です。」


 見上げた空には、一頭の竜…西洋のドラゴンが近いか、緑色のドラゴンがこちらを見ている。

 リサは驚く様子もなく、地にひざまずく。


「空を統べる王よ。どうぞ、捧げものを受け入れ、我らに加護を与え給え。」

「小さき物よ、わらわの加護に足る見返りにはほど遠いとは思わぬか?」

「…」


 リサは、ドラゴンの問いに答えられず、地に頭をたれてしまう。

「およそ、そなたの命を持ってしても、足りるものではないことを心得よ。」

 ドラゴンはゆっくりと上昇し口を開く。


「くだらぬことで呼び出した、己の無知を悔いるが良いっ!」

 恐らくドラゴンブレスが来るのだろう。


「今しばらくっ!今しばらく、機会を下さい。」

 咄嗟に声が出てしまう園田。


「ほう、人種が妾に意見するか?」

「恐れながら、私めが調味料を持参しておりますれば、今、その捧げ物に振り掛けます。

 きっとお口に合うものと存じます、いかがでしょうか?」

「ふむ、チョウミリョウとは、人の趣向品の類のものか?」

「その通りです。」

「わかった、妾を楽しませるが良い。」

 ドラゴンはゆっくりと地上に降りてきた。


「ソノダ…さん、大丈夫なんですか?」

 妙にしおらしいリサ

「まぁ、任せておけっ!」

 園田は一礼して車に戻った。

 ハイ○ースには、食道楽が乗っていたらしい。

 塩・コショウは勿論、ローズマリーなどのハーブやら、山椒にゆずの粉末、焼肉のタレまで積み込んである。


 匂いを消し、食味をそそりそうな『山椒にゆずの粉末』と焼肉のタレを持ち、ドラゴンのもとに駆け戻る。


「恐れながら、私を貴方様の背に乗せて頂き、これらの調味料を上空から振り掛けたく存じます。」

「妾の背に乗るだとっ!」

 ドラゴンは怒気だつが、冷静に答える。


「はい、これらをかければ、ご満足頂けるものになります。

 地上から掛けてもたいして美味しくはなりませんっ!」

「そこまで言うなら仕方ないが、背に乗せることは叶わぬ。

 この手に掴んで行くのではダメか?」

「ソノダさん、落とされます。」

 リサの静止を押し切り進み出る。

「構いません。」

「よし分かった。」

 ドラゴンの腕に掴まれ、空を飛ぶ。


 はじめて俯瞰する森は広大だった。

「さぁ、仕事をするが良いぞ。」

 言われるままに容器を引き破り、下火になっている焼き肉の上に調味料をぶちまける。

「これで、結構です。」

 ドラゴンはゆっくりと地上に降り立つ。

「では、いただくとしよう。」


 やぐらごと肉を食べ始めるドラゴン。

 初めの方こそ躊躇ためらいながら食べていたドラゴンだったのだが…。


「おかわりはないのか?」

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