第130話

悪気があって言ったのではないからこそ、余計に傷つくということもある。


それに二度目は確実に、凜をダシにつかって笑いを取るための発言だった。


英理は一度目は場が騒がしかったこともあり、誰に向かって言われたものなのか、何がおかしくて笑っているのかがよく分かっていなかった。


だが二度目になって、当然のように凜を貶めて笑いが起こっているという奇妙な構図に気付き、そこで初めて違和感を声に出した。


「えっ?」


絶妙のタイミングだった。


たまたま話題のエアスポットに入って場が静かになった時だったので、その発言は大きく響き渡った。


その男はすかさず揚げ足を取って、


「『え』じゃねえよ。お前に言ったんじゃねえから」


と言って、再びどっと周りが笑い出した。


英理はきょとんとした顔で何か言おうとしたがまごつき、間髪入れず立て続けに笑いの餌食にされた。


「そりゃあ、ないでしょ。な、向井?」


話題を振られ、英理が答えられずにしどろもどろになっていると、


「『よ、よ、よ』って何だよ。日本語で喋れよ」


その男が茶化して笑いを持っていく。


レベルの低い会話だったが、それなりに無害で間がもった。


おかげで凜は彼らの会話の標的から外れ、気づかれないようそっと席を立った。


「疲れてたの。自分で選んだ立場だったけど、本当に疲れてた」


凜の語尾がかすれた。


見ると、今度こそはっきりと彼女は涙ぐんでいた。


「あの時、わざとやってくれたんだよね。私に矛先が向かないように」


「いや、そうじゃないと思う」


さり気なく凜を庇って話題を逸らすという、そんな高等技術を持ち合わせていたはずがなかった。


もし凜がそのように感じたのならば、それは単なる偶然にすぎない。


「本当にそう思ったから、そう言ったんだと思う。だって凜はブスじゃないから。どこからどう見ても可愛いのになって、あの時から思ってた」


凜がいきなり抱きついてきたので、英理は慌てて腕を回して抱きとめた。


「どうした?」


「ううん……何でもない」


凜は泣き笑いの声で言った。


「クズ男に感謝しないとね」


首元に頭を押しつけたまま小声で呟かれたので、よく聞き取ることができなかった。


「あのね。私、英ちゃんの思うようにすればいいと思う」


しばらくして顔を上げると、凜はにっこり笑った。


「もう止めたり文句言ったりしない。その代わり、もし大事なことがあるときは私も連れていって。外で待ってるし、絶対邪魔しないって約束するから」


腹の底から強い決意が湧いてくる。


英理は抱きしめる腕に力を込めて言った。


「分かった。約束する」






























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