第114話
江本弥生の実家は更地となり、売り看板が立てられていた。
欠席した修学旅行で自分以外の全員のクラスメイトと教師が死亡し、弥生はその後しばらくの間、体調を崩して都内の大学病院に入院していた。
PTSD――心的外傷後ストレス障害―-と診断されたというのは、英理も風の噂に聞いていた。
彼女は結局そのまま卒業式も欠席したため、三年一組の生徒は誰一人として卒業証書を受け取ることはなかった。
卒業後、東京から引っ越したということは聞いていたが、後見人に引き取られたことなどは、同窓会で再会した知り合いから又聞きしたことだった。
「江本さんの連絡先?知らないなあ」
そのときの知り合いに声をかけてみると、彼は電話口で怪訝そうに言った。
「大学の学祭の時にたまたま会って、ちょっと喋っただけだったからさ」
「じゃあ、誰かあの子と連絡つく人に心当たりないか?」
「さあ。いないんじゃね?中学のときから一人でいること多かったじゃん」
にべもなく言うと、彼は含み笑いで、
「何。もしかして向井、彼女のこと狙ってんの?無理無理、やめとけって。この俺でさえ連絡先交換できなかったんだぞ、お前なんて絶対無理だから」
通話終了ボタンを押して会話をぶった切り、ため息をつく。
確かに、友達とつるむタイプの人間ではなかった。
中学時代もそうだし、職場の人に聞いてみたところで答えは同じだろう。
調べ出してすぐに行き止まりにぶち当たって、初めて気づく。
自分は江本弥生のことを、まるで何も知らないのだと。
ラインIDやメールアドレス、結婚前に住んでいたマンションの場所、友人の連絡先、後見人の居場所、いざとなった時に立ち寄りそうな心当たり。
何一つ分からなかった。
焼け落ちた実家でさえ、保に最寄駅を聞かされていたので、そこから当て推量に探して見つかっただけだった。
火事の件は有名だったので、近所で聞けばすぐに教えてくれた。
けれども、やはり目ぼしい手がかりは得られそうになかった。
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