第102話

保は弥生にではなく、弥生の母に食ってかかっていた。


快活で、普段から声を荒げるようなことをしない保が、怒気をあらわにする様子を英理は初めて見た。


弥生は少し離れた場所で、二人の様子を傍観していた。


尋常ではない様子に、英理は動くことができなかった。


会話はほぼ聞き取れず、ただ一方的に保が弥生の母に向かって質問だか非難だかをまくし立て、弥生の母が一言二言答えると、またそれに対して保が大量の言葉を浴びせかけているようだった。


まさか殴りはしないだろうと思ったが、保の語調の強さには鬼気迫るものがあった。


止めもせず眺めている弥生の様子も、不可解なものを感じさせた。


一体、何が起こっているのだろう。


「あら、保君じゃない。どうしたの?」


英理の母が全く空気を読まずに近づいていって声をかけるまで、保は英理たちがそこにいることに気付かなかったようだった。


はっとした表情で顔を上げ、英理と目が合う。


その目の中に英理が読み取ったのは、使命感だった。


中学生の子供に、その単語は不釣合いなものかもしれない。


だが保は何か、大きな使命を帯びていた。


人知れず戦わなければならないような、ある種の覚悟のようなものが、彼を実年齢より数倍大人に見せていた。


「あんな怖い顔をしてるのは初めて見た。しかも、あのとき保は江本さんのお母さんとは初対面だったはずなんだ。付き合ってまだ日が浅いころだったし、たとえ家に遊びに行ったことがあったとしても、顔を合わせたことはそんなになかったと思う。

なのに、あんなに熱心に何を話してるんだろうって、あいつは何に怒ってるんだ?って、気になってしょうがなかった」


「尋ねてみた?」


「ああ」


素直に英理はうべなった。


「でも、教えてもらえなかったよ。うまく煙に巻いて、あしらわれた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る