第50話



マンションまで帰りつくと、身を投げ出すようにして英理はソファーに倒れ込んだ。


全身がだるく、水の中にいるように体が重かった。


「寝るならベッドで寝ろよ。風邪ひくぞ」


スーツケースを置き、ネクタイを緩めながら有理が声をかける。


「ほら、胃薬だけでも飲んどけ」


コップに水を汲んで持ってきてくれたのを受け取り、


「ごめん、どっちが客か分かんないな」


英理はすまなそうに言った。


先ほどまで意思の力で押さえ込んでいた吐き気は、家に帰りつくなり再び勢力を増大していた。


下腹部から脇腹にかけてが鈍く痛みだし、額に脂汗が滲む。


――気持ち悪い。


生ぬるい手で体中をさわられているような、たまらなく嫌な心地がする。


息子と同い年の女にトチ狂う父も、父親のような歳の男と平気で結婚する弥生も、どちらも死んでしまえばいい。


「実家だけどな」


「え?」


薬を飲んでうつらうつらし始めていた英理が聞き返すと、


「うちの家、リフォームして減築するんだと。どっちにしろ俺たちはもうあの家には戻らないし、彼女もそのほうが住みやすいだろうって、親父が言ってた。退職金の一部で賄うんだってさ」


淡々と言った有理の言葉が、胸に痛く沁みてくる。


取り壊される家の姿を想像するのは辛い。


それに、母と父と兄と四人で暮らした、思い出の詰まった場所に土足で踏み込まれるのは耐え難かった。

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