第49話

小学生の頃、英理が校庭で鬼ごっこをして遊んでいたとき、派手に転んで泣いていると、慰めるでもなくこう言ったものだった。


――それは、お前が悪いよ。ほら、見てみな。


と言って、有理はグラウンドを指さした。


昨日の雨で地面にできた水たまりは乾き切っておらず、ところどころに足を取られるようなぬかるみがあった。


――こっちを通って走ればよかったんだよ。


頭がいいせいか、いつも徹底して客観的で、時折冷たいと感じてしまう。


家族でさえそうなのだから、他人にはもっと距離を作って接しているのだろう。


兄が感情的に怒ったり、理性を吹っ飛ばして暴走したりするところを、英理は見たことがなかった。


「ただ、親父に一つだけ釘を刺しておいたことがある。結婚するのは勝手だが、子どもは作らないほうがいい。のちのち揉めるのは目に見えてるからな」


もし仮に父と弥生の間に子が産まれれば、その子どもは英理たちの腹違いの兄弟ということになる。


そのことを言っているのだろうかと英理は尋ねた。


「半分正解。実際そうなったとして、子どもが成人するころ親父は死んでるか、仮に死んでなかったとしても、生産人口じゃないことは明らかだろ。

あの弥生って子に、自分で稼いで子どもを養育していく生活力があるようには、俺には見えなかった。そしたら、そのツケを誰が払うことになると思う」


考えて、英理はぞっとした。


「まさか、俺たち?」


「順当に言って、そうなるだろうな」


腕組みし、有理は喉の奥で笑った。


「二人が離婚したとしても一緒だ。親父が死ぬか、彼女に親権を取る資格なしと判断されれば、最も近しい親戚である俺たちにお鉢が回ってくる可能性が高い」


血の気の引いた英理の顔を見て、


「な、ぞっとしない話だろ」


有理は不敵な表情で言う。


「俺たちにできるのは、せいぜいこの結婚が幸せに長続きするよう、祈ることだけだ」





















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