第47話

「ひどい顔だな。降りてタクシー使うか?」


「いいよ、すぐだし。今、車に乗ったら俺、吐く」


有理は目の端をほんの少し緩め、英理の頭に軽く手を置いた。


「大変だったな」


暮れなずむ黄昏の空に、残光ざんこうが雲の端を真紅に縁取ってきらめいている。


英理は重荷を下ろすようにして、詰めていた息を吐いた。


「お前、彼女と知り合いなんだろう」


あっさりと指摘され、英理はうろたえることもできなかった。


「……何で分かったの」


諦めて降参すると、有理は「やっぱりか」と呟く。


「親父が彼女を連れて現れたとき、お前、どんな顔してたと思う」


英理は緩やかに首を振った。想像もつかなかった。


「人を殺しそうな目をしてた。今にも目の前の彼女に飛びかかるんじゃないかって、本気ではらはらしたぞ」


「嘘だろ。そんなつもり、全然なかったよ」


「まあ、でも、当たらずとも遠からずだろ」


有理はつり革に掴まったまま、英理のほうを見ずに言う。


「付き合ってたのか」


「俺と?江本さんが?」


有理が頷くのを見て、英理は「まさか」と笑った。


「ないない。さすがにないよ」


「じゃあどうして、そんなに彼女を憎む」


投げかけられた質問に、英理はたたらを踏んだ。


「別に……憎んでなんかない」


「そうか」


と、あっさり有理は引き下がった。


「なら、いいんだ」

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