第46話

冴島慶子も、普通に接していれば気さくでいい先輩だ。


恵美子だって普段は明るくのん気で少し面倒見のよすぎる、ただのおばさんだ。


だが、二人が弥生のことを話すとき、その目からはどす黒い炎が溢れ、眉は吊り上がり、口元は醜く歪み、頬は引きつっている。


人の負の一面を引き出す能力。


そんなものが現実に存在するとしたら、江本弥生こそ、その能力者なのかもしれなかった。


「どうした」


気づけば、隣に座っている兄が気遣わしげな目でこちらを見ている。


「顔色悪いぞ」


「何でもないよ」


と英理は答えたが、腹痛と吐き気はわずかだが執拗しつように体内にわだかまっていた。


有理は席を立ち、


「叔母さん、今日はそろそろお開きということで。後日また改めてということにしませんか」


「あら、もうこんな時間。銀座でお友達と待ち合わせしてるんだったわ。私もそろそろ、おいとましなくちゃ」


恵美子は腕時計に目を落とし、いそいそとハンドバッグを手に立ち上がる。


有理が先に精算を済ませてくれていたおかげで、恵美子の「私が払う」攻撃に苛まれずにすみ、二人で英理のマンションに向かう路線の電車に乗り込んだときには、心の底からほっとした。


ひどく疲れていたらしく、目の前が暗くちかちかする。

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