幸福な未知

 知人が小学生の頃の話をしてくれた。

 地域のスポーツクラブに所属していた頃の話だという。


 毎年、そのスポーツクラブは春・秋に合宿を行っており、彼女は毎回参加していた。アスレチック場のようなものが併設されたキャンプ場のようなところだったらしい。


 2泊だけなので家が恋しくなることもなく、若い先生たちは「今思えば」子供と遊ぶのが上手い人ばかりで楽しい時間だったそうだ。


 あるとき、子供たちはパジャマに着替えた時間、二人の先生がこの合宿所で遭遇したという怪異の話をしてくれた。


 深夜にグラウンドとして使った広場を片付けていると、二人の姿を窓から眺める視線を感じた。見覚えのない女の子がひとり、開け放った窓のサッシに手を組んで、そのうえに小さな顎を乗っけている。


 こんな時間になにしているのかと声をかけても反応はない。知らない子がクラブ貸し切りの施設にいることも気になり、彼女が顔を出している一階の窓に近づいた。


 すると少女が突然身を乗り出し、窓から外に這い出てきた。

 芝生のうえに落下した少女は、下半身がなく身体にまとわりついた服は黒ずんで汚れている。


 二人は広場の片付けを放り出して、全速力で走って逃げた。

 恐怖しつつも「あれでは走ってこれまい」というわずかな安心感があった。


 しかし少女は薄笑いを浮かべ、組んだままの腕を器用に動かしものすごい速度で追いかけてきた。

 それでもなんとか振り切れたのは、先生たちは足が速いから。実際早いので子供たちは納得したし、自分がその少女に会ってしまったら逃げ切れないと恐怖した。


「そのキャンプ場? 名前もわかるし意外と近いから行こうと思えば行けるけど絶対行かない。行ったらそいつに会っちゃうかもしれないもん」


 行かなければ出会わない、という彼女に教えてあげようかと思ったけど慈悲でやめといた。 

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