おわりの言葉

 運命が望むとあらば語るとしよう。


 とかく大袈裟な物言いになってしまうのは僕の癖なので、どうか赦して欲しい。


 この唇は、声は、言葉は、すべて彼女の為にある。僕の運命、僕の心、僕の身体を作るものすべては―――僕の愛しいお師匠さまの為に。


◇◇◇◇◇


 あれからどうしたかって?さて、何から話そうか。


 まず、魔女から解放された精霊たちの報せで、呪いの解けた隠れ里から金と銀の竜が飛んできて、僕の両親だと名乗った。

 僕はあの時呪いを軽くしてくれた精霊に、たいそう長い立派な名前を付けてもらっていたようなのだけど、お師匠さまがつけてくれた名前が気に入っているので「レピ」のままだ。

 もちろん後でちゃんとお礼は言っておいたよ。


 生まれて初めて会った両親に、里に戻れと言われるかと覚悟していた僕だけど、何処へでも行けて何でもできる竜は元々自由で、両親は他の獣人達を守る為に里を作ったのだと言った。だから自由に、でも時々は顔を見せに来て欲しいと僕を抱き締め彼らは去って行った。


 あの日、魔物は現れるしそれが急に爆発するし、いきなり竜も現れてあの場は大騒ぎになった。お姫様は慌てず騒がず騒動を治め、後日老人にキスをして結婚を申し込んだ。

 でもキスで呪いが解けた彼は白金の髪と水色の瞳の麗しい隣国の王子様になってしまったので、姫はショックで逃げ回っているとかいないとか。結局大々的に結婚式をやるって招待状が来てたから、王子はヴォジャの約束おくのてを使ったんじゃないかな。


 レイとアデーレは結婚して里に戻り、マイノは無事父親の仇を討つことが出来たので故郷に帰って食堂を手伝っている。

 ディルはレイ達を見て羨ましくなったのか、番を探す旅に出ると言って傭兵団に戻って行った。

 魔法使いは、相変わらずふらっと現れたり消えたり、出所不明の与太話を吹聴して回っている。


 そしてお師匠さまは………。


ドン!!


 突然、激しい音がした。衝撃で天井からパラパラと埃や漆喰の欠片が落ちてきて、回想から一気に覚めた僕は「またか」と思いながら、お師匠さまのいる作業場に走って行った。

 駆け付けた入口の扉は吹っ飛んで、もくもくと白い煙が這い出してきている。


「レピ~~レピちゃ~~~ん」


 中から情けない声で僕を呼んでいるのはお師匠さまだ。今日はいったい何を作ってるんだ!?

 煙と共に這い出てきたお師匠さまのいつも着ている緑のワンピースも作業用エプロンも、何かの粉末や液体にまみれて白くなっている。


「また失敗したの?」

「鱗の乗り物改良できないかな~って。金色の鳥!仕上げに指でパチーンでドカーン!」

「………そんなの、いくらでも本体ぼくが乗せてあげるのに」

「それじゃ意味ないわ!私が作りたいの。まだ材料いっぱいあるでしょ?」

「誰が素材集めるの?ていうか、僕が素材?」

「あたり!!」


 這いつくばったままの彼女を呆れて見下した。

 炎のような紅い髪、翡翠のような翠の目、小柄な体は大人になる一歩手前の少女のよう。

 どう見ても悪戯に失敗して開き直っているお転婆娘にしか見えない彼女は、その実、とても器用で、なんでも出来る、魔法や薬の知識も深い、偉大な魔女。


 ただ一つ、彼女に出来ないことを挙げるとするならば、それは「指を鳴らせない」ということだった。


 僕は彼女の傍に跪いた。埃を払い、くしゃくしゃの髪を撫でる。声も色も取り戻し、僕は今もこれから先も彼女の傍にいる。


「愛してますよ、お師匠さま。あなたが望むならいくらでも」


◇◇◇◇◇


 禁忌の森の奥深く、今は金色の竜の森。偉大な魔女が住むと人は言う。


 薔薇色の指先持てる暁の女神が降りる頃。夜のとばり、月の神の黄金のかいなに抱かれる頃。

 鮮やかな色に誘われて空を見上げれば、紅い髪の魔女と美しい声で歌う金色の竜が仲良く飛ぶ姿が見えるそうな。


めでたしめでたし。

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