たくらみの言葉

「いやあああああああああああ!こっちこないで!この変態カエル!!」


 ………なんだか聞いていたのと話が違う。ヴォジャの説明によると、継母に苛められている儚げなお姫様のはずだが、目の前の少女は美人ではあるけどとても元気で気が強そうだ。箒を振り回してヴォジャを追い回している。

 

 変態って……何。


 これはかもしれないが、この際なりふりは構っていられない。事前に姫様の助力を頼もうと、ヴォジャの案内で堀から通じるお城の池に忍び込んだ僕らは、庭で掃き掃除をしていたお姫様に遭遇した。

 お姫様なのに掃き掃除?よく見れば着ている服も召使のお仕着せみたいだし、髪も肌も薄汚れてぼろぼろだ。月齢でカエルに戻りつつあるヴォジャは、ひいひい言いながら箒の攻撃を躱している。


「や、やめておくれよローズ~。こないだのお礼にちょっと一緒の寝台ベッドに寝かせてくれって頼んだだけじゃないかぁ」

「そんなべちょべちょと寝られる訳ないでしょ!それに結婚前の乙女なのよ!今日はおじさまはどうしたのよ!?」

「ああ、ああ、彼は用事があって来られないって言うかぁ」


 ヴォジャは自分について姫にあまり説明していないようだ。僕らも呪われて姿が変わるとしか聞いていない。呪いの性質上正体を明かせば解けなくなるので仕方ないらしい。ヴォジャは単体だが、姫様は複数の人間と会っていると思っている。

 僕達は彼らのやり取りを見て溜息をついた。これじゃ参加表明したら姫に逃げられそうだ。ちょうど期間は満月に近い月齢なので、参加する時は老人の姿だが、姫様はどう思うだろう。


「お、お、おじいさんが嫁取りに参加するってぇ。今日はそれを言いに来たのぉ」

「え!?ほんと!?」


 姫様はぴたりと足を止め箒を放り出した。その頬は薔薇色に染まり、青い目はうっとりきらきら輝いている。その様子はまるで……。


 あれ?姫様?


「素敵!きっと私をあの意地悪なお義母様から救い出してくださるのね!さすがおじさま!」


 え?えええ?姫様?……変わったご趣味をお持ちで?

 

 そう、その様子はまるで、恋する乙女そのものだった。 


◇◇◇◇◇


「初めまして。ロードピス・フォン・ヌンドガウでございます。どうぞローズとお呼びください」


 人目につかない四阿に移動して、全員で円卓を囲む。

 城に忍び込んだ不審者だというのに、老人 (ヴォジャ)の遣いだと言うとお姫様は僕らを警護の者に突き出すこともなくおしとやかに自己紹介した。

 

 歌姫が来て王が倒れてからもう何年もほったらかしなので、今さらなのだそうだ。お堀から池への侵入口を知っているのがヴォジャだけだとはいえ、こんなにガバガバな警備で大丈夫なんだろうか。

 僕らはそれぞれ自己紹介して、声の出ない僕の分はお師匠さまと魔法使いが補助した。


「それじゃマイノはお城の料理番に紹介するわ。ディル、レイ、アデーレは警備に潜り込んでね。今、大きな催しの前で人手不足だからなんとかなるわ。魔法使い様は出入りの商人でいいわね。魔女様はその奥方役。レピは私の従者ってことにしましょう。魔法が使えるなら便利だわ。みんなの連絡役になってくださる?」


 ものすごい早口で喋りながら、姫様が指示を飛ばしていく。


 虐げられているフリをして世を忍ぶ仮の姿で城中回って魔女の尻尾を掴もうとしている、と胸を張るお姫様。そしてさりげなく派閥の選別を行い、自分派を増やしているのだとか。

 城に伝わる隠し水路を探している時に出会ったヴォジャには色々助けてもらって感謝はしているが、粘着質で気持ち悪いとはっきり言い放っていた。色々すごい。


「まったくもう!お父様は昔から騙されやすいのよ。お母様もわたくしも苦労したの。おまけに女性の趣味もよろしくなくて……あ、お母様は別よ?わたくしは最初から怪しいって言ってたのに困ったものよ。今の病だってあの女が何かしたに決まってるわ。必ず尻尾を掴んでやる。大人しく嫁になど行くものですか」


 姫は青い瞳に闘志をめらめらと宿し、拳を握り締めた。逞しすぎない?……これ、一人でも魔女撃退できそうじゃない?

 少し離れた場所で寂しそうに佇んでいたヴォジャが、おずおずと姫に近づいた。


「あのぉ……オイラはぁ?」

「あなたは目立つからおじさまの近くに潜んでらっしゃい。ちゃんとおじさまを手助けするのよ!」

「勝ったらご褒美くれるぅ?」

「……………おじさまが勝ったらなんでも好きなものあげるわ!」

「なんでもぉ?」

「わたくしに二言はありません!!」


 勇ましく言い切った姫様だが、言質を取ったヴォジャの瞳が妖しく煌めいたことには気付かなかったようだ。

 手助けも何も彼本人が「おじさま」なのだから、呪いを解く為にも姫を正々堂々と手に入れる為にも全力で勝ちに行くに違いない。

 訳もなく姫様の為に祈りたい気持ちになっていると、彼女は全員を見渡して、円卓の上に身を乗り出した。


「合図を決めておきましょう。レピ、伝達魔法は使える?」


 僕が頷くと、姫様は更に細かい指示を出した。伝令には蝶を使うこと、通常連絡は青、待機は白、緊急事態は赤、作戦実行は黄色。

 なんというか姫より参謀とか将軍に向いてる気がする……。


 色々圧倒的で予想外ではあったけど、僕らは同じ目的のために動き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る