だんけつの言葉

 黄金こがね色の弓張り月が湖水の上を巡る。山間やまあいにいくつか点在する鏡のように艶やかな湖は、気まぐれな月の神が姿を変えてこの地に訪れた伝説にちなみ、どれも優雅な名を持っているらしい。

 

 遠目に見える白いお城は月に照らされ尖塔が白銀に光っている。その優美な姿から「白竜城」と呼ばれているとか。

 泥にまみれて地べたを這い回っている僕の元の姿を考えたらなんだか皮肉としか言いようがない。


 ヴォジャは詳しい出自を語らなかったが、隣国の出身だそうだ。もっとも彼の今の状態だとあまり多くは語れないのかもしれない。


 この国に訪れた際、歌姫に見初められ誘いをかけられたが、その時ヴォジャは可憐な姫君に心奪われていたのですげなく断ったのだそうだ。そもそもがいるのに他の男に粉をかける女など願い下げだと罵りもした。

 すると女は「自分に靡かないなら呪われてしまえ」とヴォジャに呪いをかけた。月の満ち欠けと共に醜い姿に変わる呪い。人間の時は老人、そして徐々に蛙へ、という周期を繰り返す。その間の知能も月によって変化する。今はちょうど中間くらいなので少しは長い話も出来る、と言っていた。


 彼の話によると、表向き慈悲深い歌姫は王が病に臥せっているのをいいことに陰で姫君を孤立させ巧妙に苛めているらしい。

 邪魔者は呪いでもなんでもかけて消してしまえば証拠は残らないので歌姫の正体は周りにバレていないようだが、さすがに一国の姫を消してしまう訳にはいかないようだ。


「心配だから時々見に行ってるんだよぉ。よく苛められてるからねぇ」


 わざとぶつかられて池に落とした指輪を取ってこいだとか、夏に城で大発生した害虫をどうにかしろだとか、ケチだけど無茶な要求ばかりされ、困っているところをいつもヴォジャが手助けしているとかいないとか。


「オイラ虫は大好物なんだぁ。水の中なら落ちた指輪取ってくるのも簡単だよぉ。そのうちオイラに惚れて結婚してくれないかなぁ。ご褒美にキスしてくれるだけでもいいよぉ」


 ぬるん、と嬉しそうに笑うので、それはちょっと無理じゃないかな、という言葉は全員が飲み込む。姫様の好みは分からないが、なんか生臭そうだ。


 土地勘のあるヴォジャに先導されて、思いのほか早く都の入り口に着いた。自分の容姿が目立つことを知っているのか、人通りの多い道を避けた用水路の端でヴォジャは手を振った。


「じゃぁねぇ。オイラここから城に行くからぁ」

「ちょっと待ってヴォジャ。さっきの話で気になることがあるの」

「なぁにぃ?」

「歌姫は金の髪に青い目の美人なのね?」

「姫さんと同じだけど姫さんの方が美人だよぉ」

「そういう意味じゃなくて」

「あいつは魔女だよぉ。オイラの若さと美しさを盗んだのさぁ」


 ヴォジャは大きな目をぎょろりと動かして、肩を竦めた。お師匠さまと僕、そして魔法使いは顔を見合わせた。


『歌姫って』

「そうね、レピの言ってた『変容の魔女』かもしれないわ」

「盗んだ力で美女に化けたか」

『行ってみよう』

「ヴォジャ、これは姫様の為にもなるわ。あなたも協力して」

「うん、いいよぉ」


 それから僕らは額を寄せ合って、お城に潜り込む方法を考え始めた。


◇◇◇◇◇


 しかし、物事は上手く運ぶようで、ちょうどそんな相談をしている時に、お城で大々的に催しをするお触れが出された。

 年頃になった姫様のために、広く国内外から結婚相手を募る、というものだった。恐らくは姫が本格的に邪魔になった魔女の策略によるものだろう。ていの良い厄介払いだ。


1.身分の貴賤・種族は問わない。腕に覚えのある者なら誰でも参加できる。

2.協力者は3人まで。

3.姫を得るための試練を全て乗り越えた者を勝者とする。


 お師匠さまは目を輝かせて触書を読んでいた。嫌な予感しかしない。


「レピ、あなた出なさいよ」

『いやだ』

「いいじゃねえか、美人だって噂だぞ」

「魔法使い殿が出れば?」

「俺は嫁がいるから無理だ」

『ええ!?』

「うそっ!?」


 魔法使いの衝撃発言に、お師匠さま以外の全員が驚愕した。そんな話は初耳だ。こいつが結婚してるだって?


「嘘じゃねえよ。なあ、爆散の」

「それやめて。そうよ。ほったらかしで今頃愛想尽かされてるかもしれないわね」

「時々家には帰ってるよ~」


 へらへら笑っているが、今日一番の驚きだ。旅から旅への放浪暮らしだと思っていたのに、帰る家まであったとは。まさか子供とかもいたりする? 


「でも困ったわね。レピが嫌ならディルかマイノは?」

「俺は番を探してますので」

「俺まだ子供だぜ~?」

「別に本当に結婚するわけじゃない。魔女の正体暴いたら、姫様との結婚は辞退すればいいだろう」

「じゃあ、魔法使い殿が行けばいいでしょう」

「歌姫が魔女なら知り合いの可能性もあるだろ。ばれたら困る」


 僕だって多分子供だ。嘘とはいえなんで僕が見ず知らずのお姫様と結婚しなくてはならないのだ。

 やいのやいのと押し付け合っていると、それまで目立たないように立っていたヴォジャがのんびり手を挙げた。今は満月に近いので、白髪の老人の姿になっている。


「私が出ましょう。元々姫には求婚するつもりだったのです」


 白い髭を蓄え、水色の瞳も知的な光を宿している。目の前で見ても信じられないが、本当に月の満ち欠けで容姿も知能も変化するらしい。

 今のヴォジャは賢者の風情漂う威厳のある老人だ。魔法使いは楽しそうに目を輝かせた。


「面白い。それでいこうぜ」

「俺達にも協力させてください」


 そう言って僕らの背後に立ったのは、しばらく同行から外れていたレイ、そしてその隣にはアデーレ。寄り添い合う姿を見るに、どうやらレイの説得は功を奏したようだ。


 運命の輪が回り出す。今、この場にいる全員で、魔女の正体を暴き、それぞれの運命に従う時が来たのだ。

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