閑話・こぶたもくわないはなし

 時間は少し遡る。

 

 神殿に行くのは翌日からだと言われ宿にいったん帰ると、マイノが少し落ち込んだ様子で待っていた。

 珍しく静かなので、これまた珍しくディルが気遣う様子を見せる。


「どうした?アデーレの話はどうだった?」

「うん。新しいことは聞けなかったんだけど……」

「けど?」

「……俺も組織に入りたいって言ったら叱られた」

「だろうな」

「なんで!?」


 座っていた椅子から立ち上がるマイノの肩をディルが押して座らせると、レイが後を引き継ぐようにその顔を覗き込んだ。


「ああいう所に居る奴は大体がはぐれ者だ。親が居なかったり後ろ暗い過去があったり、どっか頭のねじ緩んでる奴とかさ。お前は故郷に家族がいるだろ。帰る場所のある子供にわざわざ道を踏み外させるようなことアデーレが勧めるはずない」

「だって!俺強くなりたい。お前らが悪い奴じゃないってのはもう分かったけど。父ちゃんの仇は討ちたい。父ちゃんは怪我して食堂始めるまで剣闘士だったんだ。ほんとだぞ、すごく強かった。なのにあんなにあっさりやられちゃうなんて」

「うーん……」


 狼達は同じ向きに頭を傾げて考え込んでしまった。気持ちは分かるがお勧めは出来ないというのは理解できる。

 傍観していた魔法使いがニヤニヤしながらまた無責任な発言をする。 


「じゃ、君らが鍛えてやれば~?包丁は斬新だけど筋はいいんじゃない?」

「はあ?俺達が?この仔豚を?」

「仔豚言うな、犬」


 例の如くディルとマイノの喧嘩が始まりそうな空気を破るようにレイが呟いた。


「……小型の戦斧……?だと思えばいいか?」

「え、鍛えてくれんの?」

「ついてこられるなら」

「やる!」

「レイ」

「いいだろ?ディル。マイノの気持ちは分かる」

「ありがとう!レイ!」


 ぱあっと顔を輝かせてレイに近づき手を差し出したマイノだが、手を取ると見せかけたレイに手首を返されあっという間に床に沈められる。


「いってーー!!何すんだよ!」

「実践実践。もう始まってるからな。油断すんな。後で受け身も教えてやる」


 レイは悔しそうなマイノを見下ろして、少し意地の悪い笑顔を浮かべた。元々狼達は仔豚を揶揄ったりちょっかい出したりすることが多いけど、レイはどちらかというと止め役が多かったのでなんだか意外だ。


 美しい友情の芽生えた瞬間?を見た僕はちょっと感動していたのだけど、自分の部屋に戻ろうと扉に近づいたレイが「マイノのくせにアデーレと2人になるなんて生意気」と呟いていたので、かなり残念な気持ちになった。


 ほんとにあのお姉さんとどうなってるの?せこい憂さ晴らししてないでここに居る間に何とかしたら?


 せめて真面目にやるようにちゃんと約束させないとな。


◇◇◇◇◇


 後日ディルに筆談で聞いてみたけど、どうやら獣人というのは、特に狼というのはつがいを軸に一族を率いるので、自分の相手を定める時は一生ものらしく、当然浮気もあり得ない。

 あれだけアデーレに邪険にされてもレイが引き下がらないのはそういう事情があるらしい。


「非常に申し上げにくいのですが……レピ様が見つかったと聞いて、俺も気が急いてしまいまして。まだ大々的に明かす時期でもないと思いレイを秘密裏に引っ張ってきたのです。その時アデーレは怪我をして動けない状態だったのですが、命に別状はなかったので大丈夫だろうと思っていました」


 わあ、脳筋。そりゃ捨てられたと思うよ。相手からしたら怪我して寝込んでる間に行き先も告げずに急に居なくなった訳だよね。


 諸悪の根源はこいつか。双子だからって同じ考えとは限らない。せめて怪我が治るまで待つとか、レイの恋人なんだから事情話してくるとか方法はいくらでもあったのに。


『僕のことなんてほっとけば良かったのに』と、紙に書くと、ディルはみるみるうちに青褪めて、咎めるような声を出した。


「レピ様!」


 そりゃ独り立ち出来るようになったら森の外に出されるとは思ってたけど、勝手に担ぎ出されてちょっと迷惑なんだよね。

 乗りかかった船?神輿?だから最後までやり遂げようとは思うけどさ。

 脳筋狼をじとっと睨みながら、続けて紙に書いた。


『せめて2人が上手くいくように協力すること。マイノをちゃんと鍛えて無意味に意地悪しないこと』

「かしこまりましたっ!!」


 ディルは文字を読み終えると最敬礼で頭を下げて出て行った。


 溜息をついて窓の外を見ると、陽の光に赤みを帯びた火の精霊がふよふよと漂っているのが見えた。

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