おちる言葉

 結論から言うと、魔力を練るのは簡単だった。というよりする必要がなかった。


 早朝、神殿の海側の広間に集められ、一通り精神統一とか瞑想の方法などを教わった。

 普段はちゃらんぽらんな魔法使いだが、自分で偉大だとか「俺天才」などと言っていたのは誇張でもなんでもなく、一度聞いただけで祭壇にあったような透明な器を作ってみせた。

 そして獣人である僕らは元々人間よりも持っている魔力が多い上に、狼達は普段から剣術などに応用しているし、僕に至っては頭の中に思い描いただけで無詠唱で指を鳴らし魔法を発動できる。


 つまり「霊力を練って器を作る」とは、体内の魔力を上手く循環させて放出するということだ。お師匠さまや魔法使いが結界や防御の魔法を発動する時に似ている。炎の花を包めるだけの純度の高い小さな結界を作る、と考えたらいいのかもしれない。

 普段から精霊たちと会話をしたり無意識に魔力を使って生活している僕らと、特殊な条件下で霊力を使う神官や巫女とはやり方が少し違うようだ。


 おじさん達が拘っている大袈裟な儀式も修行も必要ではないと分かって安心した。でもその事実を知ったおじさんは、顔を歪ませてぶるぶる震えていた。

 自分より下に見ていたはずの者があっさりやり遂げたのが屈辱的だったのかもしれない。


 彼はやがてすっかり表情をなくし、無言でその場を立ち去った。魔法使いも狼達も平然としていたが、ひそひそと遠巻きに様子を伺っている他の神官達も嫌な感じだ。


 ああいうプライドの高そうな人を刺激すると面倒なことになりそう。花を貰ったらさっさと次に行こう。


 そんな僕の予感は遠からず的中することになる。


◇◇◇◇◇


 報せが来たのはそれから7日後だった。とはいえ、前兆のようなものは皆薄々感じていた。


 火山活動が活発になってきて、微震が続き、獣である僕らはそれを敏感に感じ取った。多分人間だったら気付かない程度の弱い振動だ。

 遠目には特に変わった様子もなく白っぽい噴煙を上げ続けていたアクロ山だが、神殿に向かう最中にも揺れは断続的に続いていた。

 火の精霊たちの動きも活発になっているようで、神殿の報せよりも先に辺り一面を飛び回る彼らのせいでかなり騒がしい。


 白い服を着た神官や巫女達の列に混じって儀式の場所だという火口のすぐ近くまで歩く。近づくにつれ地表の温度も上がって暑がりの狼達は服を脱ぎたそうにしていたが、さすがにそれは止めた。

 魔法使いも暑そうに帽子で顔を扇ぎながら大神官のおじいちゃんに話しかけている。


「ねえ、こんな近づく必要ある?祈りとかでどうにかなんないの?」

「これは神託とご神体を授かる為の所謂試練というものですな」

「人間てそういうの好きね~」

「仕方がありません。我々は見えざる者達と近しい関係ではないので、少しでも感じ取れる者が努力するしかないのです」

「大変だねえ。俺がちゃちゃっと取ってこようか?」

「それでは示しがつきません。形式というのも組織には大事なのですよ。一つ所に力が集中するのは好ましくありませんから」


 おじいちゃんは皺だらけの目元を細めて苦笑いした。意外と現実的だとは思うけど、人間て面倒なんだな。

 ああ、だからこんなに人手が必要なのか。防御や結界の詠唱班と実行部隊と救護部隊とあれやこれや。

 

 多分魔法使いなら一人で全部やれる。マイペースな人間以外の種族が、力の差を見せつける意図はなくても、畏怖や忌避の対象になってしまうのは仕方がないのかもしれない。おじいちゃんが危惧しているのは多分そういうこと。

 爪や牙や毛皮や鱗がなくても数で団結できるのは人間の強みだと思うけど、勝手に怖がられたり蔑まれたりするこっちはいい迷惑じゃない?



 厳かな雰囲気で神官たちの祈りが響く中、僕とおじさんの2人だけで黒い岩の祭壇に近づく。岩盤をくり抜いた装飾的な大穴の縁から見下ろすと、遥か下の方に燃え盛る赤い海が見えた。

 おじさんは目を閉じて祈っているようだったけれど、僕は近くを通った精霊に話しかけた。


『ねえ、花はどこ?』

『あれ欲しいの?持ってきてあげようか』

『いいの?大事な花なんでしょ?』

『さあ、知らない。花が咲く時期になると人間がむにゃむにゃ祭り開くから、欲しいのかと思ってあげるだけ。いっぱいあるよ?』

『いや、2本でいいんだけど。むにゃむにゃ祭りって何』

『大勢集まって何かむにゃむにゃ言ってるよね。この人間も』


 そういう認識だったのか……。僕はこっそりおじさんを仰ぎ見た。真剣な表情で祈りを捧げているので言い出しにくい。人間とはことわりの違う所に存在している精霊とのずれが激しい……。

 火の精霊はいったん僕の傍を離れると、すぐさま花を2本採って戻ってきた。

 赤い炎は生き生きと燃え盛り、見ている間にも赤やオレンジ、緑や青など様々な色に変化する。花弁にも似た炎の中心からは強い力が感じ取れる。これを人間は女神の加護と呼んでいる訳だ。


「お、おお……感じる、感じるぞ。アクロス様のご加護を」


 おじさんは感激したように祈りながら呟いている。それはそうだ。燃え盛る炎の花が近くに2本もあったら周りの温度も変わるよね。

 僕はおじさんが目を閉じているうちに、さっさと結界を練り上げて花を回収した。子供の頭くらいの大きさの珠が2つ、炎の花を宿して揺れる。


『ありがとう』

『どういたしまして、竜の愛し子』


 精霊は周りをくるくる回って僕の魔力に触れると、上機嫌に飛び去った。なんだか小鳥みたいだ。対価というか餌付けというか……たまにこうして魔力を吸い取っていく子もいる。

 遠巻きに見ていた神官達が騒めいているが、おじさんは一心不乱に祈っていて気付かない。


 僕はおじさんに近づいてそっと袖を引いた。終わったよ。


「む、なんだ、邪魔をするな」

『終わったってば』


 話しかけても聞こえないので、もう少し強めに袖を引っ張り、やっと目を開けたおじさんに器に包まれた炎の花を見せた。


「そ、それは、炎の花!」


 僕がにっこり笑って一つを差し出すと、おじさんは蒼白になってよろめいた。


「そんな、いつのまに。まだ祈祷の途中なのに」

『?』

「そ、そんなもの幻術で作り出した紛い物だろう!」


 周りのざわめきも大きくなり、おじさんは青くなったり赤くなったり忙しい。何言ってるのか全然分からないけど、いらないのかな。大神官のおじいちゃんに渡せばいいの?

 僕はおじさんだと埒が明かないと判断して、歩き出そうとした。


「待て、怪しげな幻術で皆を惑わすつもりか」

『???』


 ガッチリと肩を掴まれ引き戻される。ええ……この人ほんとにめんどくさいな。

 振りほどこうともがくうちに、僕らは穴の縁ぎりぎりまで近づいていた。誤解して興奮しているおじさんには悪いけど、これは本物だ。精霊がくれたのだから間違いないと説明したくても、僕には人間に通じる言葉がない。


 落としてはいけないと炎の花を抱え込むように身を捩ったのがいけなかった。僕の体はバランスを崩し、穴の縁からあっけなく放り出された。

 目の端に驚愕するおじさんの顔と遠くから走り寄る狼達や魔法使いの姿が、やけにゆっくりした動きで映る。


 下から絶え間なく吹き上がる熱風で一瞬体が浮く。これは落ちたらさすがに死ぬなあ、両手塞がってるから指鳴らすの無理かも、なんて悠長なことを考えるほどには僕もあまりの事態に思考停止していた。


 もしかしたら僕はまだ卵の中にいて生まれていないのかもしれない。現実は固い殻の向こう側で、きっと夢を見ているのだろう。


 こんな時に現実逃避してる場合じゃないのは分かっているけど、触れたものが一瞬で跡形もなく燃え尽きる火口に落ちて行ってる身としては、短いような長いような人生 (竜生?)を思い返しながら、少しくらい現実逃避してもいいと思うんだ……。


「レ~ピ~!レピちゃ~~ん!」


 ああ、お師匠さまの声まで聞こえてきた。やっぱりこれが夢の中だから都合よく出てきてくれたのかな。

 あの呼び方あんまり好きじゃないなあ。子ども扱いされてるみたいで。


「レピ~!」


 え、幻聴じゃない?あれ?あれ?なんか飛んできてるよ?鳥?

 あの構え見覚えある、指鳴らそうとしてない?

 

 ちょ、ちょっと待ってーーー!?

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