ないしょの言葉

「いくつかの町で聞いたんだが」


 それから、魔法使いの男は思い出したように呟いた。泣いてしまって少々バツが悪い僕は、鼻を啜りながら男を見上げた。


「すこぶる美人だがたちの悪い女がいるらしくてな。自分が誘惑した男が浮気をしたからって、たった一言でカストルアに変えちまったんだってよ。あの魔物は大した魔力もないけど、逃げる時に股間のものを切り捨てていく習性があるだろ。浮気者にはお似合いの姿って訳さ」

「ちょっと!子供の前でそんな話しないで!」

「他にも近所の口の悪い男に悪口を言われたってんで、山羊にしちまったとか。あとは……身籠ってる間に夫に浮気された妻が女を罵ったら、何年も出産を遅らせて、いつまでもそのままにしてるって話だ。妻の腹は今にも破裂しそうなくらい膨らんでるのに、一向に子供は出てこないんだってよ」


 言葉を切った男は僕とお師匠さまを伺うように見つめた。くるくると巻き上がる顎の髭を伸ばしながら、僕に目を合わせる。


「怒った町の連中が、女を裁判にかけようとしたら、返り討ちにあって、全員魂を抜かれて石の部屋に閉じ込められちまったらしい………どこかで聞いた話だと思わないか?」

「レピが前に言ってた『変容の魔女』ってやつに似てるわね」

「まあ、見たやつがいないなら本当かどうか分からないけどな。町ごと消えたって話は聞かないし」


 確かに魔女の所業に似ている。お師匠さまに話したことはあったけど、こいつにまで伝わっているのはなんとなく面白くない。

 いくら情報を扱う魔法使いでも、竜人の隠れ里は見つけられないみたいだし、人間や魔女の理とは違うところで生きている獣人が、そう簡単に秘密を漏らすわけもない。


 それを言ったら魔女だってかなりの秘密主義だ。人間の町に住んでいる魔女や魔法使いだっているかもしれないが、そこまで大っぴらに魔法を使うなんて、よっぽど自信があるのか、よっぽど馬鹿なのか、どちらかだ。

 お師匠さまも男の言葉に頷きながら、腕を組んだ。


「もっと詳しく調べてみて。前に頼んでた例の件も一緒に」

「料金三割増しだぞ」

「がめついわね」

「先に聞いてた方は無料ただでいい。ステラのことは俺も責任を感じてる」

『ステラ?』

「私たちのお師匠さまよ。彼女の願いを叶えなくちゃ」


 初めて聞く名前に首を傾げると、お師匠さまが困ったように微笑んだ。

 名前を言うということは、もう星に還った人なのだろう。魔女の名前は余程のことがない限り明かさないのだと聞いた。


 何があったのか気になる。2人で意味深な視線を交わしているのも気になる。僕は仲間外れだ。

 僕の咎める眼差しに気付いたのか、お師匠さまは苦笑しながら頭を撫でてくれた。


「いつか話してあげる」


 それはいつになるのかな。今日?明日?一年後?僕が大人になってから?もう殻を被った赤ん坊じゃないんだけどな。


 いつもは頭を撫でられると嬉しくなるけど、この時は子ども扱いをするお師匠さまに無性にいらいらした。

 もう読み書きだって出来るし、町に一緒に行った時は買い物だって一人で出来る。


 今度、竜人の成人年齢を調べてみよう。

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