きぼうの言葉

「それで、だ。悪党の世界は案外狭い。このレピ坊を攫った男を見つけて話を聞いたわけよ」


 男はもじゃもじゃの髭についたお茶の雫を払い、僕とお師匠さまを見つめた。


「獣人の里の更に奥の山ん中の城に、石像だけが並んだ部屋があって、綺麗な白い卵があったんだそうだ。金銀財宝も手付かずだったが、ひとまずそれを積みこめるだけ荷馬車に積んで、行きがけの駄賃に卵も持って行くことにした、と」

「ゲスね」

「まあな~。上手くすりゃ珍しいもんが孵るかもしれないし、そしたら見世物小屋にでも売り飛ばすつもりだったんだろうな。ただの殻だったとしても見栄えはいいから高く売れると踏んだんだろう」

「最悪」

「ああ、あいつには痒み止めって嘘ついて漆エキス練り込んだ軟膏渡しといたぜ」

「よくやったわ」


 どうでもいいけどこの2人の復讐って地味すぎる。


 それにしてもお師匠さまと出会わなければ、今頃どこかの見世物小屋で檻に閉じ込められていたかもしれない。もしくはバラバラに解体されて何かの薬にされていたかも?

 僕はゾッとしてお師匠さまの小さな手を握り締めた。お師匠さまも僕を買い取ったのだから、そうされてもおかしくはなかったけど、騙されたと分かった後も彼女は僕に優しかった。


「レピ?バラバラにしたりしないから安心して?そりゃちょっとは鱗とか髪の毛とか貰ったけど、それ以外を取る気はないわ。卵の殻だってまだ保管してある。もしかしたら故郷の手掛かりになるかもしれないでしょう?」


 僕はびっくりして目を見開いた。

 竜はその色によって特性が違う。水や氷は青、炎は赤か黒、土は茶色。僕があまりに白すぎて、どんな種類の竜なのか分からないから材料としては使えないのかと思っていた。

 鱗や髪はどの種類でも色々使えるから薬に使っていたとしても。常々自分の存在は使える素材か、弟子という名の便利な使用人程度なのではないかと疑っていたのだ。


『ごめんなさい』

「なぜ謝るの?おうちに帰りたくない?」

「そう、だからこいつに頼まれて、あちこち探し回ってたんだ」

「あんまり手掛かりにはなってないみたいだけど?」

「残念ながら、あの詐欺師は二度とその場所に辿り着けなかったらしくてな。まだお宝もいっぱい残ってたのにって悔しがってたよ。もう少し酷い目に遭わせてやりゃよかったか?」


 そんなことはどうでもいい。

 僕はふるふると首を振った。詐欺師と変容の魔女の言葉を照らし合わせても、家族はもういないはずだ。呪いを解くことが出来たとしても、僕を育ててくれたお師匠さまとこの森が故郷だ。


『ここが』

 ゆっくりお師匠さまを指さす。そして自分。

『ぼくの』

 家を森を指さして、涙が一筋こぼれた。

『いえ』


 伸ばされた細い腕が僕の頭を抱きしめる。もう少ししたらきっと追い抜いてしまうその華奢な体は、僕をずっと守ってきた。


「もちろんよ!」


 ずっとここにいてもいい、とは言わなかったけど、僕は少しだけ安心して薄い肩に額を預けた。汚れた緑色のワンピースに、小さな染みがいくつも出来る。


「ああ~、貴重な竜の涙……もったいねえ」

「もう、あんた帰ってくれる!?」


 頭の上を飛び交う下らない遣り取りも、今は気にならない。


 いつか故郷を見つけても、いつか呪いを解いたとしても、僕はきっと、この場所に帰ってくるだろう。

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