ならない言葉
禁忌の森の奥深く、恐ろしい魔女が棲むと人は言う。
小さく点在する町や村を拒むように、山裾の東西に広がる緑の深い森。誰もが恐れて近寄らぬ、石を積み上げた結界と幾重にも張り巡らされた罠の向こう側。
曰く、森の奥に足を踏み入れた者は二度と戻らず、魔女の餌食にされる、ないしはおぞましい実験の材料にされる。
「悪い子は魔女に攫われてしまうよ」と、子供の躾に語られる魔女の姿は恐ろしい。
振り乱した
少なくとも近隣の村や町の人々にはそう信じられている、僕のお師匠さまだ。
ドン!!
突然、激しい音がした。衝撃で天井からパラパラと埃や漆喰の欠片が落ちてきて、僕は「またか」と思いながら、お師匠さまのいる作業場に走って行った。
駆け付けた入口の扉は吹っ飛んで、もくもくと白い煙が這い出してきている。
「レピ~~レピちゃ~~ん」
中から情けない声で僕を呼んでいるのはお師匠さまだ。今日は確か森の外の町に住む医術師に依頼された傷薬を作っているはずだった。
煙と共に這い出てきたお師匠さまのいつも着ている緑の
『またなの?』と、声には出せずに息だけが唇の上を滑る。念の為に2人で決めた手の合図も添えて、身振り手振りで尋ねる。
でも、お師匠さまは正確にその音を聞き取って、眉をしかめた。
「やってみたかったの」
『せめて練習』
「だって、呪文を律儀に唱えるよりパチン!てやった方が手間も省けるしカッコいいじゃない」
『失敗したら二度手間』
「まだ材料いっぱいあるでしょ」
『……誰が集めるの?』
「私の優秀な弟子よ!」
それはつまり僕のこと。お師匠さまは粉で白くなった頬を乱暴に拭って、子供のように歯をむき出して笑った。
炎のような紅い髪、翡翠のような翠の目、小柄な体は大人になる一歩手前の少女のようだ。
怒られるので実年齢を聞いたことはないが、僕らが住むこの大きな森と同じくらいの年齢だと、物知りの森のフクロウが教えてくれた。
フクロウと話せるのかって?その辺の事情は後で説明するよ。他の人は知らないけど、僕とお師匠さまは動物の言葉が分かる。
僕は這いつくばったままの彼女を見下ろす。
どう見ても悪戯に失敗して開き直っているお転婆娘にしか見えない彼女は、その実、とても器用で、なんでも出来るし、魔法や薬の知識も深い、偉大な魔女だ。
ただ一つ、彼女に出来ないことを挙げるとするならば、それは「指を鳴らせない」ということだった。
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