第十八話 ~彼女と過ごす二日目・朝目覚めると、天使が俺の顔を覗き込んでいました~

 第十八話




「……ふふふ。起きてください、霧都くん。朝ですよ?」



 日曜日の朝。永久さんのベッドで眠っていた俺は、彼女のその声と優しく揺すられたことで目を覚ます。


「……ここは天国か」


 うっすらと目を開けると、俺の目の前には天使がほほ笑みを浮かべていた。


「ふふふ。もぅ、霧都くん。ここは私の自宅ですよ?」

「ごめん。永久さん。君が天使に見えたよ」


 なんてことを言いながら、俺は口の周りの違和感に気が付く。


 ……あれ?

 まさか俺、よだれでも垂らして寝てたのかっ!!??


 べったりと俺の口の周りには唾液でまみれた形跡があった。


「ごめん。よだれ垂らして寝てたかもしれない」


 口元を拭いながら俺が言うと、永久さんはフワリと笑みを浮かべながら、


「可愛らしい寝顔でしたよ。霧都くんの心配してることは無かったので安心してください」


 それに、霧都くんのよだれなら大歓迎ですよ。


 ね、寝顔を見られていたのか……

 まぁ、俺も彼女のを見ていたし、おあいこか……

 てか、俺のよだれなら大歓迎というのも少しだけ深い愛を感じる。


「……あはは。まぁでも永久さんのベッドを汚すことがなくて良かったよ」


 俺はそう言うと、ベッドから身体を起こす。


 昨日の疲れは取れていた。投球したあとしっかりとストレッチも行ったので肘や肩に変な痛みも無い。

 多少筋肉痛な部分もあるが、動けないほどでは無い。

 筋肉痛の時は、少しは動かした方が良いとも聞くしね。


「んー」


 身体をぐっと伸ばしてからベッドから出る。


「おはようございます。霧都くん」

「おはよう、永久さん」


 フワリとほほ笑む永久さんが朝の挨拶をくれる。

 こうしてると新婚みたいな気分になれるな。


「こうしてると新婚さんみたいですね」

「あはは。俺もそう思ったよ」


 俺がそう言うと、永久さんは嬉しそうにわらってくれた。


 そして、


「下の階ではお母さんが朝ご飯の支度をしています。いつもはパンかシリアルなんですが、育ち盛りの霧都くんのことを考えて、和食にしてるようです。ご飯と味噌汁と目玉焼きです」

「朝からご馳走だね。そんなにしてもらって申し訳ないね」


「ふふふ。未来の旦那様ですからね。お母さんも『息子』のために張り切ってるんだと思いますよ」

「あはは。その期待を裏切らないように努力するよ」


 俺たちはそんな会話をしたあと、下の階へと降りる。


 すると、だんだん味噌汁の良い匂いがしてきた。


 あー……腹減って来た……


 起きたばかりの朝だと言うのに、食欲をそそられる匂い。

 日本人だなぁ……と思ってしまう。


「おはようございます、優美さん」


 居間へと降りた俺は、台所に居る優美さんに挨拶をする。


「おはよう、霧都くん。昨日はよく眠れたかな?」

「はい。お風呂で身体も温まったのでぐっすりでした。それと、ありがとうございます。朝から美味しそうな和食をいだだけるのは嬉しいです」

「ふふふ。そう言ってくれると嬉しいわ」


 そんな会話を優美さんとしていると、


「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、美鈴。良く眠れたかな?」

「うん。優美さんと一緒に寝たけど広いベッドだったし全然狭くなかったよ」

「うふふ。美鈴ちゃんの寝相も悪くなかったから、私も良く眠れたわよ」

「それは良かったです。寝相は自分じゃわからないので不安でした。これで永久さんとも眠れます!!」


 そうしていると、


「おはよう、霧都くん」

「おはようございます、雄平さん」


 後ろから雄平さんもやって来た。

 これで全員が居間に揃った形だ。


「お味噌汁の良い匂いがするね。朝からお腹がすいちゃうね」

「はい。自分も朝からしっかり食べられそうです」




 そして、全員が椅子に座ると、優美さんは食事を振舞ってくれた。

 俺たちは美味しい和の朝食に舌鼓を打ち、それなりの量があったが、残すことなく食べ終わった。


 優美さんの作った食事はどれもとても美味しかった。


 そして、少しだけのんびりと朝の時間を堪能していると、雄平さんが切り出してきた。


「今日は永久とショッピングモールに行くんだよね?もし良かったらこれを使ってくれないかい?」

「これは……映画の割引チケットですか」


 雄平さんが差し出してきたのは、二枚の映画の割引チケットだった。

 今話題のアニメの映画チケットだ。


「取引先さんからの頂き物でね。どうしたものかと思っていたんだ。お母さんと見に行くような内容でもないと思ったから、もし良かったら使ってくれないか?」


「うん。私はこの映画の原作漫画も見てるから楽しめると思うよ」

「これは俺も知ってます。雄平さんありがとうございます!!ありがたく使わせてもらいます」

「あはは。良かったよ。そう言って貰えると僕も嬉しいよ」


 俺は雄平さんの言葉を受けながら、映画の割引チケットをカバンの中に大切にしまっておいた。


 時刻を確認すると、九時を回っていた。


 十時頃を目安にここを出て、十一時くらいに向こうに着いて買い物をしようと思っている。

 映画の割引チケットには時間の指定も無いので、向こうに着いてから上映時間を見て考えてもいいかな。


 それと、俺の支度なんか十分で終わるけど、女性の永久さんは一時間くらいを見た方が良いだろう。


「どうだろう、永久さん。そろそろ支度を始めようか」

「そうですね。では、私は自室で着替えとお化粧をしてきます」


 永久さんはそう言うと椅子から立ち上がる。


 そして、


「覗きに来てもいいですよ?」

「行かないから!!」


 そんな俺の言葉を永久さんはイタズラっぽく笑ってやり過ごした。


「それでは霧都くん。また後でお会いしましょう」

「うん。またね」



 居間を後にした永久さんを見送ったあと、俺は美鈴に話しかける。


「美鈴はこの後どうする?」


 少ししたら自宅に帰るとかかな?と思っていたら


「もう少しだけここにいる予定かな。優美さんと昨日話してたんだけど、お兄ちゃんの小さい頃の話とかする予定」

「え!!??」


 な、何その話!?


「うふふ。昨日美鈴ちゃんと話をしててね。霧都くんの話を聞かせてもらう代わりに、永久の話もするって言ってあったのよね」

「そうそう。未来のお義姉ちゃんのことは知りたいからね!!」

「そ、そうなのか……」


 どうやら随分と優美さんと仲良くなったみたいだった。


「なぁ、霧都くん?」

「なんでしょう、雄平さん」


 その様子を見た雄平さんが俺に話し掛けてきた。


「優美さんと美鈴ちゃんがとても仲良くなったのは、きっと一緒に寝たからだね。どうだい?ここはひとつ僕らも一緒に……」

「ね、寝ませんよ……」


 俺がそう言うと、雄平さんは少しだけしょんぼりしながら、


「良いアイディアだと思ったんだけどねぇ……」


 と呟いていた。


 た、ただでさえなんか寝てる時によだれ垂らしてそうな気配があったんだ……

 自分の寝相もよく分からないのに、義理のお父さんになる人に失礼になったら大変だ……

 り、凛音と寝た時にはそんな気配はなかったんだけどなぁ……

 思った以上に爆睡してたのかもしれない……


「お、起きてる時でしたらいくらでも親睦を深めるのにお付き合いしたいと思います。俺も雄平さんとは仲良くなりたい気持ちはありますので……」

「本当かい!!じゃあまずは連絡先の交換をしようか!!」

「うふふ。じゃあ私とも交換してもらおうかしら?」

「あ、はい!!喜んで!!」


 なんてやり取りをしながら、俺は雄平さんと優美さんの連絡先とメッセージアプリのIDを交換しあった。


 これで何かあった時も安心だな。


 俺はそう思いながら、


『北島優美さん』『北島雄平さん』


 と登録したアカウントを眺めていた。

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