凛音side ③ 前編

 凛音side ③ 前編






 運動着に着替えた私たち新入生は、バスケ部の体験入部の一環として、先輩たちと試合をすることになっていた。


 他の新入生からしたら格上の人たちの胸を借りる。でも私からしたら、弱小チームを全国まで導いたその力を見せつける機会だと思っていたわ。


 それなのに!!!!




 ありえない!!ありえない!!ありえない!!





 ダン!!ダン!!ダン!!!!


 と、私はバスケットボールを弾ませながら苛立ちを隠しきれないでいた。


「へいへい南野さん!!さっきまでの勢いはどうしたの?」


 目の前でニヤニヤと笑っている女を、私は睨みつける。


藤崎朱里ふじさきあかり


 生徒会長 桐崎悠斗の『彼女』で、女子バスケ部の副部長。


 コートを縦横無尽に駆回るドリブルのスピードと、切れ味鋭いドライブ、相手を翻弄するテクニックから、付いた二つ名は『コート上の妖精フェアリー


 誰よ!!この女を妖精なんて呼んだやつは!!

 この女は悪魔よ!!


 私はチラリとコートの端に設置されたスコアボードを睨みつける。


『0対0』


 スコアの上では同点。

 だけど中身が全く違う。


 こちらの攻撃はことごとく全て防がれ、ボールを奪われたあとは相手チームの攻撃になるが、全てのシュートを『わざと外して』いた。


 つまり、この0対0は向こうの温情によって作られた状態だってことよ!!


 こんなバカにされたことを許せるはずが無い!!


 私は周りのチームメイトを見る。私以外の全ての新入生はみんな心を折られたのか、やる気の欠片も見れなかった。


 情けない!!ふざけんじゃないわよ!!気合いを見せなさいよ!!こんなことをされて悔しくないの!!


 私は目の前の敵を睨みつける。


 冷静よ。冷静になりなさい、南野凛音。

 あなたの長所は何?『いつでも冷静沈着で、コートを俯瞰ふかんで判断出来ること』でしょ!!


 全国大会に行った時に、インタビューで答えたわ。


『南野凛音さん。バスケットボールプレイヤーとしてのあなたの長所は何ですか?』

『ふん。全てにおいて完璧な私だけど、敢えて言うならいつでも冷静沈着でコートを俯瞰で判断出来ることかしら』


 なんて答えたら、インタビュアーと隣の霧都が苦笑いしてたわね。

 その後に霧都が、


『それはお前の欠点だろ。凛音の長所は烈火のように苛烈なドライブとどんな劣勢でも絶対に諦めない負けん気の強さ。だろ』


 なんて言ってたわね。

 インタビュアーも頷いてたわね。


 失礼ね!!それじゃあ私が『単細胞プレイヤー』みたいじゃない!!


 ふん。私が単細胞プレイヤーでは無いという事を示してあげるわ!!



「ねぇ、藤崎朱里」


 と、私は目の前の女に話し掛けた。


「お?盤外戦術に打って出たね?いいよ、乗ってあげようか。てか、先輩をつけろー」


 ニコニコと笑う女に、私は言うわ。


「先輩らしく少しは手を抜いて、後輩のために点をくれても良いんじゃ無いかしら?」


 嘘だ。そんなんで点を貰っても嬉しくもなんとも無いわ。

 でも、私の戦術はこの先にあるわ。


「ふふーん。それはダメなんだよね。この体験入部の試合は君たちの鼻っ柱を折ることが目的だからね。あとは南野さんの戦意を挫いたら任務完了かな?」


 生意気な後輩の躾をするのは先輩の仕事。だからねー


 なんて言ってきたわ。


 ふん。わかってたわよ。

 だから私はこう言ってやったわ。


「あら?藤崎先輩って『お胸と一緒で心も小さいんですね?』」

「なんだとぉ!!??」


 私はその瞬間、女の右に向けてドライブを仕掛ける!!


「行かせないよ!!」

「ちぃ!!」


 私のドライブの先には、しっかりと藤崎朱里が待ち構えていた。


「い、今のは効いたよ!!」


 明らかに先程までより余裕の無い藤崎朱里。

 なるほど、こっちの方が有用ね。


 そう考えていると、女の方から私に言ってきた。


「ねぇ、南野さん。私のお胸の事を言ってきたけど、『あなたもおおきくないわよね?』」


 カチーン!!!!


 全てにおいてハイスペックな私の唯一の欠点。


 それは『少しだけ』胸が小さいこと。


 でも、そのアプローチは読めてたわ!!


「ふん。確かに『今は』物足りないわね。でも、あなたと違って私には『未来』があるわ!!」


 高校三年生のあなたと違って、私はまだ一年生。

 伸びしろが残ってるはずよ!!


 そんな私に、藤崎朱里は私を憐れむようにとんでもないことを言ってきたわ。


「南野さん。あなたに未来は無いわ」

「な、なんでよ!!」


「経験者は語るわ。高校三年間はね、小さい者が大きい者との差を埋める期間では無いのよ。小さい者と大きい者の『格差が広がる』三年間。なのよ」

「う、嘘よ!!」


 まさか、あの北島永久との差がこれ以上広がるって言うの!?


 認められないわ!!


「隙あり!!」

「危ないわね!!」


 スティールを狙って来た藤崎朱里の手から避けるように、私はボールをコントロールする。


「ちぃ、惜しかったわね」

「油断も隙も無いわね……」




 ダン!!ダン!!ダン!!!!




 と私はもう一度藤崎朱里から離れて戦術を練ったわ。


 そして、私の明晰な頭脳はもう一つの戦術を弾き出したわ。


 これなら行けるわ!!


「ねぇ、藤崎朱里」

「先輩をつけろー」


 そう言う女に私は続けるわ。


「あなたの彼氏。二股してるみたいじゃない?彼女として許していいのかしら?」


 その言葉に、藤崎朱里はニヤリと笑ったわ。

 ……な、何よその余裕の笑みは。


「良く知ってるね?誰から聞いたの、その話」

「あ、アンタの彼氏の妹よ!!」

「あー雫ちゃんかー。そう言えばクラスメイトだったよね、南野さんは」


 そんなことを言うと、藤崎朱里は笑いながら言ったわ。


「うん。悠斗は気が付くと女の子を口説いてるし、うっかり惚れさせた女の子は星の数ほどいるし、こんなに可愛いくて一途な私が居るのに、詩織ちゃんともよろしくやってる最低の二股野郎だね!!」

「な、なんでそれでも別れないのよ……」


 そんな私に、藤崎朱里は理解不能な事を言ったわ。


「でもね、悠斗は『浮気』はしていない。彼の一番はいつも私。だから許してあげてる」

「り、理解出来ないわ……」


 胸の話題より全然ダメージが与えられ無かったことより、藤崎朱里から言われた内容のほうが理解不能で私にショックを与えてきたわ。


「私のことより南野さんの方がヤバいんじゃない?」

「な、何がよ!?」


 動揺を隠せない私に、藤崎朱里が言ってきたわ。


「あなたの方こそ、あの背の高い幼馴染くんがお胸の大きな可愛い女の子と生徒会室でイチャイチャしてるんじゃないかな?」

「き、霧都は幼馴染じゃないわ!!私にとっての家族……」



『家族じゃないよ、他人だよ』



「……っ!!!!」

「隙あり!!」


 一瞬の隙をつかれて、私は藤崎朱里にボールを奪われたたわ……



 ビーーーー!!!!



 その瞬間。試合終了の音が鳴ったわ。


 スコア上では0対0の引き分け。


 でも、100点差で負けたような気分だわ……


「ねぇ、南野さん」

「藤崎朱里……」


 息を切らせる私に、女が話しかけてきたわ。

 何よ、勝者の余裕でも見せるつもりかしら。


「先輩をつけろー。てかさ、最後のアレ、なに?」


 幼馴染って言葉で一気に動きが悪くなったね?


「……っ!!」


 私はその言葉に顔を歪めたわ。


 朝、美鈴に言われた言葉が頭から離れない。


『家族じゃないよ、他人だよ』

『小さい頃から遊ぶことが多かった、他人だよ』

『他人だよ』『他人だよ』『他人だよ』『他人だよ』


「はぁ……南野さん。着替えが終わったら、みんなが帰るまで更衣室で少し待ってなさい」

「な、なんでよ!!」


 私は女に食ってかかる。敗者に情でもかけるつもり!!

 でも、そうでは無かったようだ。


「生意気な後輩の躾も先輩の仕事。だけどさ」




 悩める後輩の相談に乗るのも先輩の仕事。だよ?




 そんなことを、言ってきたわ。

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