第25話 獅童ユルギは何者なのか———?

 三年一組の教室。

 ヘルガが使いやすいように改築した高級ホテルのような部屋。


「う~ん……う~ん……!」


 腹を膨らませて苦悶の表情を浮かべているヘルガ・ファフニール。

 ソファの上で寝転んでいる。

 流石に猪の量が多すぎて食い過ぎていた。腹をさすりながら痛みに耐えている。

 ガラガラと教室の扉が開く。


「帰ったわよ。ヘルガ」

「………………………………………………………………………………………ぃま」


 ミノタウロスと猪ノ叉だ。

 彼女たちはソファの上でのたうつヘルガを見てそれぞれの反応を示した。猪ノ叉は心配そうにヘルガに駆け寄るが、ミノタウロスは怪訝な目を向ける。


「何やってるの?」

「ちょっと……食い過ぎた。少し休んだら屋上で腹ごなしをしてくる」

「…………大丈夫? 拙者たちいた方が……よかった?」

「別にあんたらがいてもいなくても変わらんかったわ。ろくなご飯食べないでしょ?」

「…………忍者は耐え忍ぶものだから、そんなにものを食べなくても平気……それにミノタウロスは……」


 ちらりと猪ノ叉がミノタウロスを見るが、彼女は眼鏡をクイっと上げるだけで何も言わない。


「……一通り海岸線は見てきたわよ」


 話は———二人の調査報告に変わった。


「———ああ、どうだった?」

「私たちがいないこと、彼女たちは怪しまなかった?」

「大丈夫。パトロールだって言ってる」

「……嘘が上手ね」

「嘘じゃないでしょ? 島の人間の安全のために見回っているのは本当なんだから」


 心外だと肩をすくめるヘルガ。

 ミノタウロスは気を取り直し、再び眼鏡を上げ、



「飛行機の残骸は何も見つからなかった」



 そう———告げ、猪ノ叉も頷く。

 報告を受けたヘルガは冷静な表情をしていた。いや、冷徹と言っていいい。冷たい目で虚空を見つめ、「そう———」と一言。


「彼女が打ち上げられていたという東の浜辺。念のため島を一周して探したけれども———航空機の破片らしきものは何も打ちあがっていなかった。いつもどおり不法投棄されたプラスチックのゴミとかが打ちあがっているだけ」


 猪ノ叉が何度も頷き、


「…………拙者も……ここら辺の航空のルートを洗ってみたんだけど。一番近くてこの島から周囲百キロメートル先を飛行するルート……そこで墜落したとしたらこの島までとても生きてはたどり着けないと思う」

「———飛行機の墜落は、なかった」

「そう考えるのが妥当だと思う。ボクたちはこの島にいる限り、管理人に情報統制をされて、ろくな情報を手に入れることができない。唯一の通信手段であるコレけいたいでんわも通話とメールしかできないしね」


 ミノタウロスが携帯を取り出して振る。


「ミノ、あんたの情報網ネットワークは?」


 ミノタウロスは自分のこめかみのあたりを指先でトンと叩き、


「———そっちでも、ここ2、3日で飛行機が墜落したっていう記事はない。まぁこっちのほうもこの島で管理しているサーバーを経由してつなげているものだから……そっちで情報をいじくられたのなら……もう正確な情報を手に入れられる可能性はないけど」

「いろんな可能性が考えられるわね。まず状況として〝飛行機が墜落してこの島にやって来た女子高生〟がいる。だけど、状況証拠が何もない上にこの島には通常の交通ルートでは絶対に辿り着かない立地である。

 飛行機事故が嘘であるのなら———獅童ユルギはどうやってこの島に来たのか?」


 猪ノ叉がおずおずと手を挙げる。


「…………ここら辺は輸出船が近くを通る。それに紛れてきた可能性は?」


 よく、他の参加者が海賊行為をしているアレだよ。と猪ノ叉は補足する。


「———考えられる。だけど、そうしてきた理由は? どうしてこの島にやって来た? 偶々だとしたらどんな天文学的確率なの?」

「確率については……ミノタウロスに聞かないと……」


 猪ノ叉が視線で計算を要請するが、


「やんなきゃダメ? それって今この会議において必要なこと?」

「必要じゃない。細かいところを突っ込まないでよ猪ノ叉……私が言いたいのは、獅童ユルギもこのキラーバケーションの参加者なんじゃないってこと」

「…………獅童ユルギも〝殺し屋〟って事? あの子の……今までのふるまいは全部演技? ……そうする理由がわからない」

「理由は————今度こそ〝必要な〟問いかけよ。ミノタウロス。あの子がこの島にいるのは、あんたのバックにいる奴らの計画の内でしょ? 違う?」

ミノタウロスは薄く笑った。

「私に答えられる資格があると思う?」

「その答えが———もう答えなんだわ」


 ヘルガ・ファフニールは人差し指をミノタウロスに向けて、「バン☆」と撃つ仕草をした。


「……………どういうこと? 二人は何を分かり合っているの?」 


 猪ノ叉だけはついて行けていない。


「ん? あぁ———獅童ユルギはこの島にはいちゃいけない存在だってこと」


 にっこりと微笑むヘルガ。

 その笑みを見てドンびく猪ノ叉。


「……………………………………………………………えぇ~、殺すの? いい子だよ?」

「殺さないよ。私が殺すと思う? 善良で優しくて、この島で家族を作る友愛に満ちたこの私が人を殺すなんて———すると思う?」


 ニヤニヤと笑いながら猪ノ叉に近づいていくヘルガ。


「ヒ……!」


 怯えて後退していく猪ノ叉を、ミノタウロスは黙って見つめている。


「ねぇ? 思う? 私が人を殺すなんて。どうしてそう思うの? 教えて? 本当はこの島にいることだって不服なのに。だって、猪ノ叉は人をたくさん殺してるけど———私は一人も殺してないんだよ?」

「そ、そんな……ことは……」


 ヘルガのあまりの圧に猪ノ叉は視線を逸らし、その反応にヘルガは満足したのか「ふぅ」と息を吐いて彼女から離れる。

 そして、携帯電話を取り出し、


「あ、もしもし…」

『はいはい、オレちゃんですよ?』


 電話口から響くネズミ道化の声。


「あいつと連絡が取りたいんだけど」

『あいつじゃわからん』

「わかるでしょ? 私のことが一番嫌いな奴よ」

『……思いつくだけで三人』

「あぁ、そいつら———全員呼んで」

『はいはい……まぁいいですけど。何をするつもりなんです?』



「———戦争よ」

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