第4話「2022/10/07 ④」
ぼくとコヨミは幼い頃、同じ児童養護施設で育った。
だから、彼女はぼくを「葦原くん」でも「イズモくん」でもなく、親しみを込めて「イズくん」と呼ぶ。
コヨミは小学校を卒業した後、中学生になるまでの春休みの間に、子宝に恵まれない夫婦の養女に迎え入れられ施設を出た。
養護施設の子どもたちが小学校を卒業する年で養子や養女になることは珍しいことだった。大抵は物心つく前の子どもが選ばれるからだ。
その夫婦が、ぼくたちが通う高校の理事長夫婦であったというわけだが、コヨミが選ばれた理由はとても興味深いものだった。
子宝に恵まれなかった理事長夫婦だったが、仮にふたりに子どもが生まれていたなら、その子どもはコヨミにそっくりの子であったからだという。
最新の遺伝子研究では、そういったことまでわかってしまうらしかった。
コヨミは見た目が良いだけでなく、学校の成績も良く、頭の回転も早かった。運動神経も抜群で、体育の授業や運動会ではいつも男子より活躍していた。
理事長夫婦にとっては理想の娘だったことだろう。
彼女は養女にしてもらう側でありながら、理事長夫婦に対し養女になる条件をひとつだけ提示した。
その条件とは、ぼくたちが中学を卒業し高校生になったら、運命的な再会を出来るように演出してほしいというものだった。
なぜなんの取り柄もないようなぼくが、私立高校の理事長から直々に特待生として招待されたのか、中学校の教師たちも施設の大人たちも、ぼく自身も皆首をかしげていたが、すべてはコヨミが施設を出るときにはもう仕組んでいたことだった。
ぼくにはコヨミが用意してくれた人生を受け取らない選択肢もあった。
その選択肢の先には、頼れる人は誰もおらず自分の力だけで生きていかなければいけない別の人生が待っていただろう。コヨミには再会できずロリコもずっといないままだっただろう。
それは一見選択肢があるように見えて、受け取ることを選ぶしかないものだった。
だから、ぼくたちは一年半前、
「イズくん、だよね? わたしのこと覚えてるかな?」
「コヨミか?」
このハバキリ駅のホームの同じベンチで再会した。
「うん、コヨミ。前は施設の人がつけてくれた高原って苗字だったけど、今は比良坂。比良坂コヨミ」
「ヒラサカ? それって……」
「うん、わたしたちがこれから通う高校の名前といっしょだよ。私立ヒラサカ学園高等部。
わたしは3年前から、ヒラサカ学園の理事長の子どもになってたの」
ぼくたちの、演出された運命的な再会は、その後すぐにコヨミの口からネタバラシされた。
隠しておくことが良い方向に向かうとは、きっと思わなかったのだと思う。
ぼくもまた、早々にネタバラシをされたことで、彼女がぼくのためにそこまでしてくれたことに感謝することができた。
コヨミとの再会が、エクスがぼくの脳を読み取り、ぼくが理想とする女性を形作る前であったなら、ロリコは今の姿ではなかったかもしれない。
ぼくの理想とする女性はコヨミであり、ぼくは中学入学前まで同じ施設で過ごしたコヨミしか知らなかったからだ。
だから、ロリコは中学生か小学生にしか見えない姿をしているのだ。
コヨミがぼくの初恋の女の子だったからだ。
『騙されないでください、ご主人様。コヨミさんは危険なんです~~』
ロリコがぼくの通学に付き添い、ぼくに対して常に自分のかわいさをアピールする理由は、比良坂コヨミという彼女のモデルになった存在がこの街にいたからだった。
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