第7話 山道
女の買い物、と言う物にまともに付き合ったのは、何年ぶりだっただろうか。
とにかく私の基準から考えれば信じがたいほどに時間が掛かる物だ、と言う事を思い返し、うんざりする気分と同時に懐かしさを憶えていた。
ソルヤから目を離す訳には行かないので、どこかで待っていると言う事は出来ない。
私は両手に紙袋を抱えながら、延々と店を回り続けるイーリスとソルヤの後に黙々と従っていた。
イーリスは大はしゃぎでソルヤを着せ替え人形にし、最初は戸惑っていたソルヤもだんだんと緊張がほどけて来たのか、柔らかい笑顔を見せて買い物を楽しんでいる。
「うーん、やはりソルヤは足のプロポーション素晴らしいですから、長いスカートで隠してしまうのは損ですね。ここはやはりミニスカートに白タイツ……いや、ここは黒か?敢えて黒で行くべきか?いや、それよりも思い切ってハイソックスにガーダーベルトの方が……」
イーリスはいつのまにかソルヤを名前で呼び捨てにするようになっていた。
「ちょ、ちょっと大胆過ぎない?私人前で足なんて見せた事無いんだけど……」
「なーに、半分は変装目的なんですから大胆に行かないとダメですって。ソルヤはどうしたって美人で目立つんですから半端に地味に収まろうとすると却って印象に残りますよ」
イーリスの言う事には一定の理はあった。
この国ではソルヤの容姿はどうした所で目立つ。それなら変に誤魔化すよりも、むしろ記憶に残りやすい格好をし、それを短時間で変えた方が目撃証言は辿りにくい。
しかしそれはそれとして、やはり本音はただ買い物を楽しんでいるだけにしか見えない。
私はその様子を見ながら以前女の買い物に付き合っていた時の事を、もう少し思い出していた。
かなり遠い記憶だ。あの時の私は女の買い物の長さに辟易しながら、それでも何故かそれに付き合う自分にどこか心地よさを感じていた気がする。
今もまた、二人に付き合うのは心の底では不快では無かった。
「キザキはどう思う?」
ソルヤは少し頬を染めながら私に話を振って来た。
「キザキに聞いても無駄ですわよ。この男は酒と煙草と読書以外に一切趣味が無い唐変木ですから。ファッションセンスなんて皆無ですわ」
私が答えるより先にイーリスが答えた。
「ええっ……いかにも伊達男って感じの見た目してるのに?」
「この男、コートさえ着てればそれだけで格好良く見えますからね……」
「女の服の事など分からんのは確かだがね」
私は苦笑しながら口を開いた。
「そろそろ昼飯にしないか?あまりのんびりしていると食いそびれるかも知れん」
「おや」
イーリスが目を細める。
「そろそろ無粋な客が釣れましたか?」
「えっ」
「あまりきょろきょろするな、ソルヤ。来るのは分かっていた事だ」
数は三人。それなりの尾行だった。今日日大型のショッピングモールなど多少外国人客がいてもそれほど目立つはしないが、それにしても上手く紛れ込んでいる。
私達がどう動いても見逃す事が無いように、連携も取っていた。
「どうするの?」
「相手が何もしてこないなら普通に昼飯食って帰るさ。その内、向こうが焦れて何かしてくるかもしれん。それまでに車に戻りたいな」
この人込みの中で直接何かをしてくるとは考えにくかった。しかし同時にこちらも派手に動きにくい。捕らえて尋問する、などと言う事は難しいのだ。
簡単に昼食を終えた。イーリスの勧めで定食屋風の店を選んだ。ソルヤは表面上は平然としながら、箸で蕎麦をすする事に挑戦している。
もう少し見て回りたいとごねるイーリスを強引に引っ張り、車に戻った。
車に何か仕掛けられていないか、念のため調べる。いきなり爆弾などは無くても、GPS発信機など仕掛けられていたら面倒だ。
二人を後部座席に乗せ、車を出した。それほどのスピードは出さず、車通りの少ない道を少しずつ選んでいく。N市に帰る方向には、走らなかった。
車が一台背後から尾行けて来るのはすぐに分かった。昨夜見たボックスカーだった。
ソルヤもそれに気付いたようだった。後部座席から何度も振り返っている。
私はある程度相手を引き回し、他に尾行の車が無いのを確認してから、山道に入った。かなり急なコーナーと、坂が続いている。
相手の車は、もう尾行を隠そうともしていなかった。かなり距離を詰めて来る。
「シートベルト、確認しろよ」
コーナーの手前で二速に下げた。抜けながら再び加速する。遠心力はかなり掛かっている。ソルヤが小さく悲鳴を上げた。
曲がり切れない、と判断したのか、ボックスカーは少し速度を落としてコーナーに入って来た。抜けた時には、距離が開いている。次は上り坂が続いている。相手を振り切る勢いで加速した。
相手は、さらに勢いよくエンジンをふかして来る。坂を上り切った所で再び距離を詰めて来た。下り坂。減速する。勢いを着け過ぎた相手の車は下りで速度を殺し切れず、こちらを追い抜いていく。
ぴたりと真後ろに着いた。ぎりぎりまで速度を上げる。ソルヤがまた悲鳴を上げた。相手が感じている圧力はもっと大きいだろう。急な山道は、まだ続いている。
「極めて悪質な煽り運転ですわね」
「先に煽って来たのはあっちさ」
前方、先程よりも激しいコーナー。速度は落とさなかった。相手がハザードランプを付けた。わずかにアクセルを緩める。
相手の減速に合わせて速度を落として行った。二台の車が、山道に止まる。
車から四人の男が降りて来る。運転手も含めて、全員降りて来たようだ。
「手伝いましょうか?」
「いらん。二人とも外に出るな」
私も車を降りた。
「やってくれるな」
男の一人が口を開いた。昨夜、私が腕を蹴り上げた男だ。他の四人も昨夜の男達と同じ人間のようだった。ただ今日は黒いスーツではなく、人込みに紛れるような服装をしている。
「男に付け回されるのは趣味じゃないんでね」
「一歩間違えれば、二台とも谷底だった」
「落ちてたのはそっちだけさ。ぶつかってもこっちはその勢いで止まる」
「その辺のごろつきじゃないって事は分かってる。命知らずなのも今ので分かった。だが、こっちは仕事でやってるんでな。お前にこれ以上かかずらっている暇はないんだ。大人しく昨夜の女の子を渡してくれないか?」
「断ったらどうするね。昨夜の続きをやるかい?」
「目的はなんだ?金で護衛として雇われたのか?だったら倍の額出してもいい」
一人が会話しながら、残りの三人は私に仕掛ける機を計っていた。
今度は最初から銃を抜くつもりなのは、体の動きを見て分かった。
「怪しい男達に追われる女の子を助けるのが目的じゃ行かんかね」
私と会話していた男がちらと目配せをする。一人が拳銃を抜いた。やはりMP-443。
銃声が響いた。そして金属音。
男が抜いた拳銃が地面に落ちる。腕を抑えながら、唖然として地面に転がった拳銃をその男は見ていた。
他の三人は私がパイソンを抜いた事にすら、一瞬気付かなかったようだ。
別の男が我に返ったように拳銃を抜こうとする。同じように、銃身だけを狙って叩き落した。
拳銃を目の高さまで上げる事はしない。その分、構えるのが遅れるからだ。サイトで狙いを付けず腰の高さで撃っても、照準は体が覚えている。
「止まんな」
私は右手でパイソンを構えたまま、左手でシガリロを取り出すと短く言った。
「腕の差は分かっただろ。これで弾倉の中には残りちょうど四発。次からは直接当てるぜ」
男達は、凍ったように動かない。
「ゆっくり手を上げろ。そっちの二人は左手で拳銃を抜いて捨てろ。インカムとスマホもだ。それから全員背を向けろ」
男達が言われた通りに動く。
「何者なんだ、貴様は」
「質問するな。聞かれた事だけに答えろ」
「終わりましたか?」
窓を開け、イーリスが顔を出した。
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