第37話
牧田がその小さな肌色の布をオレと夏美に見せながら言った。
「これが『おくねさん』の『熱のトリック』を暴くものだよ。これの名前は『スキャンティーピカリ』だ」
またもスキャンティーだって・・・オレの中で、牧田への『尊敬』が音を立てて崩れていくのが分かった。
しかし、スキャンティーねぇ・・オレは頭を抱えた。『スキャンティー紙飛行機』に始まって『スキャンティー生放送』ときて、今度は『スキャンティーピカリ』だ。だんだんと訳が分からなくなってくるなぁ・・・
夏美が気を取り直したように牧田に聞いた。
「先生。その『スキャンティーピカリ』をどう使うんですか?」
牧田が手の中の肌色の小さな布を見ながら言う。
「この『スキャンティーピカリ』は特殊なスキャンテーなんだ。倉持の声に反応する『ボイスセンサー』がついている。それで、倉持が特定の言葉を話すと、センサーが反応して、このスキャンティーから光が出るんだよ。その光は赤色の光に
光の干渉? なんだか授業みたいになってきた。オレは牧田に聞いた。
「先生。光の干渉・・ですか?」
「ああ。干渉とは複数の波を重ね合わせると、それによって新しい波形ができることを言うんだ。光というものは波としての性質を持っているから、重ね合わせることで、違う波ができるわけだ。だから、いくつかの光を重ね合わせることによって、つまり干渉させことによって違った光の色を作り出したり、特定の色を薄くしたりすることができるんだよ。そして、これによって『おくねさん』の出す赤色の光を消してしまうことも可能になるわけなんだ」
夏美がびっくりして聞いた。
「えっ、この『スキャンティーピカリ』を使って、『おくねさん』の出す赤色の光を消してしまうんですか?」
夏美は『なぜ、赤色の光を消す必要があるんだろう?』という顔をしている。オレも同じ思いだった。オレたちは二人同時に首をひねった。
「そうだ。倉持の話を聞いていると、俺には『おくねさん』は二つの目的で赤色の光を出しているように思えてならないんだ。一つは赤色で炎を連想させて、小紫を驚かせるためだね。そして、もう一つは赤色で『小紫の顔を熱くして、小紫に炎が出ていると錯覚させるトリック』を隠すためじゃないかと思うんだ」
夏美が復唱するように言う。
「えっ、そうだとすると・・『おくねさん』はそのトリックを隠すために、わざと赤色の光を出しているんですか?」
「ああ、そうだ。あくまで俺の推測だけれどね。だがね、もしこの俺の推測が正しいとすると、『おくねさん』が出す赤色の光を消せば『小紫の顔を熱くしたトリック』が判明することになるんだよ」
そう言うと、牧田は手に持っている肌色の布をオレの顔の前に広げた。オレの眼の前にスキャンティーが広がった。オレは眼を白黒させて、そのスキャンティーを見た。肌色のスキャンティーだって・・こんなものが実際に売られているのか? オレは古典日本舞踊のユニフォームのあの肌色レオタードを思い出した。
牧田の声がオレの耳に入る。
「倉持、小紫、よく聞いてくれ。俺の考えはこうだ。まず小紫は、この『スキャンティーピカリ』を履いてくれ」
オレがまたスキャンティーを履くのか・・・オレはトホホとなった。
牧田が情けなさそうなオレの顔を見ながら続けた。
「先日の『おくねさん』の行動を見ていると、『おくねさん』は女子トイレの一番奥の個室からトイレの中に出現して、まず『見たな』と言っている。それから、小紫に近づいて眼と口を赤く光らせている。その後、トリックを使って小紫の顔を熱くしているわけだ。つまり、見たな、赤い光、顔が熱くなるという順番になっている。これは、少しづつ相手に恐怖を抱かせているわけなんだ。どうも、この『相手に恐怖を与える』というのが『おくねさん』の目的のようにも思えるんだ」
オレはうなった。また、牧田の冷静な分析が始まった。この牧田という教師はまったく
オレの想いに関係なく、牧田は続ける。
「だから、『おくねさん』にこの行動で迫られると、誰しもが恐怖でパニックに陥ってしまうんだ。そうなっては、もう『おくねさん』のペースになってしまう。そこで、『おくねさん』が『見たな』と言ったあたりで、『おくねさん』のペースを乱すことを何かやって、こちらがペースを握ることが大切なんだ」
夏美が首をかしげながら聞いた。
「牧田先生。『おくねさん』のペースを乱すこととは?・・・私たちは何をしたらいいんですか?」
「それは『おくねさん』が思いもしないことだったら何でもいいんだ。たとえば、『おくねさん』が『あっ』と驚くようなことなんかだよ。どんなことをするかは、倉持と小紫に任せるよ。何でもいいから何かをやって『おくねさん』を驚かせてくれ」
牧田はここで言葉を区切って、オレと夏美の顔を順番に見た。オレたちが充分に牧田の言うことを理解できているのかを判断している様子だ。オレは牧田の話にまるでついていけなかったのだが・・牧田は勘違いしたようだ。オレも夏美も牧田の話を理解できていると判断したようで、牧田は満足そうにウンウンと大きくうなずいた。そして、また話を始めた。
「しかし、『おくねさん』はそれだけでは簡単に退散しないだろう。お前たちに驚かされても、必ず態勢を立て直して、赤い光、顔が熱くなるという順番で迫ってくると思う。そこで、『おくねさん』が赤い光を出したときに、この『スキャンティーピカリ』を光らせるんだ。そうすると、赤い光が消えて・・・オレの想像だと、『小紫の顔を熱くしたトリック』が明らかになるはずなんだ」
夏美が大きくうなずいた。
「なるほど、牧田先生、何もかもよく分かりました、私たち、『おくねさん』と対決してみます」
オレは夏美の言葉に飛び上がった。
えっ、牧田のあの説明だけで、夏美には『何をやるべきか』がもう全部が分かったの? もう、オレたちは『おくねさん』と対決できるの?
すると、夏美があわてた顔で牧田に聞いた。
「そうだわ。牧田先生。私、大切なことをお伺いするのを忘れていました。その『スキャンティーピカリ』ですが・・・私がいったいどんな言葉を話すと、センサーが反応して、『スキャンティーピカリ』から赤色を消す光が出るんですか?」
牧田が夏美を見て笑った。
「そうだ。たしかに、その通りだ。俺は一番大切なことを倉持に伝えるのを忘れていたよ。その言葉は・・・『スキャンティー フラッシュ』だ」
そう言うと、牧田は手に持っている肌色の布の『スキャンティーピカリ』を夏美に手渡した。
*********
数日が経った。ダンス部の練習が終わった後で、オレと夏美は部室で『おくねさん』と対決するための作戦会議を行った。オレが女子トイレの罰掃除を開始する前だ。今日がオレの女子トイレ罰掃除の最終日だった。
夏美は牧田の話で、何をすべきかが全て分かったと言っていたが・・・オレにはさっぱりだ。『おくねさん』が現れたときに何をしたらいいのかなんて、オレにはまるで分かっていないのだ。しかし、夏美は何をすべきかが本当に分かったのだろうか? 大丈夫だろうか?
考えに
「今日は小紫君の女子トイレ罰掃除の最終日でしょ。今日あたり、また『おくねさん』が現われそうな気がするわ。・・・ところで、小紫君。あの古典日本舞踊の
あの肌色で背中に『桜吹雪』のプリントがあるレオタードだ。オレは部室の棚を指さした。
「ああ、あのレオタードなら、あそこに置いてあるよ」
あんな恥ずかしいレオタードを家に持って帰るわけにはいかない。オレの姉の
夏美は大きくうなずいた。そして、
「じゃあね。小紫君はこれから『おくねさん』に備えた格好をするのよ。いいこと・・・まず、あの肌色のレオタードを着るのよ。そして、その上から『スキャンティーピカリ』を履きなさい。あっ、それからね。扇子と足にはさむ厚紙も女子トイレの中に用意しておくのよ」
あの肌色レオタードを着るんだって? あんな恥ずかしいレオタードでいったい何をするんだろう?
オレに命じると、夏美は牧田から受け取った『スキャンティーピカリ』をオレに手渡した。茫然とするオレに夏美が言った。
「牧田先生は『おくねさん』を驚かすようにって、おっしゃっていたでしょう。私にいい考えがあるのよ。小紫君、私に任せてね・・・。さあ、何してるの? 早く体育館に行って、肌色レオタードと『スキャンティーピカリ』に着替えてきてちょうだい。・・・さあ、何してるのよ? 茫然と突っ立っていないで、着替えるのよ。それとも、小紫君・・・あなた、レディーの私が見ている眼の前で真っ裸になって、レオタードに着替えたいの?」
*********
オレは最後の女子トイレ罰掃除を開始した。夏美に言われたように、古典日本舞踊の道明寺からもらった肌色のレオタードに、牧田が作ったやはり肌色の『スキャンティーピカリ』を履いている。両方とも肌色なので、一見すると、オレは何も身に着けていない素っ裸のようだ。恥ずかしい! 女子トイレの掃除をしながら、オレは真っ赤になった。
夏美に言われたように、扇子や内股練習用の厚紙もトイレの壁際に置いてある。
夏美はどういうつもりか、トイレの一番入り口側の個室に隠れている。何も言わないので、オレには夏美がいったい何をするつもりなのか、さっぱり分からなかった。
オレは、いつものように奥の個室から順番に女子トイレの掃除を続けた。後は夏美が隠れている入り口の個室だけだ。
そのときだ。奥の個室から、ジャーという水洗の音が女子トイレの中にひびいた。
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