第32話
第一回『スキャンティー紙飛行機大会』の翌日、オレと夏美は、山西からダンス部の練習後に部室に残っているように言われた。
オレと夏美は練習の後、レオタードを制服に着替えて部室で山西を待った。ほどなくして、山西が部室に入ってきた。いつもの紺のツーピース姿だ。難しい顔をしている。オレはお説教だと直感した。
山西はオレたちの前にイスを出してきて座ると、難しい顔のままで、おもむろに口を開いた。
「今日、あなたたちに残ってもらったのは
やっぱりそうか・・・オレの予想通りだ。
オレと夏美は顔を伏せて山西の話を聞いている。山西が続ける。
「まず、小紫君。あなた、昨日のあの格好は何ですか! スキャンティーを一枚はいただけの裸で、みんなの前で踊るなんて。あれじゃあ、素っ裸と同じじゃないの。あなた、あんな格好で恥ずかしくないの! しかも、もう一枚のスキャンティーを頭にも被るなんて、あなた、いったい気は確かなの! それに何なのよ、あのスキャンティーの柄は? ドジョウの絵が描かれたスキャンティーなんて、先生、初めて見たわ。あなた、お下品にもほどがあるわよ!」
オレは小さくつぶやいた。
「先生。ごめんなさい」
しかし、そんなことでは山西は到底オレを許してくれなかった。山西のお説教は続く。
「それに、あなた、竹のザルで女子生徒のスカートをめくっていたでしょ! どうして、あんな、いやらしいことをするのよ!」
オレが自分の意志でやったことではないんです。身体か勝手に動くんです・・・オレは心の中でそう言ったが、口には出さなかった。山西に言っても、とても理解してもらえる話ではない。そんなことを言うと、言い訳をしていると思われて、さらに叱られるだけだ。
オレは恭順の意を示すつもりで、黙って深くうつむいた。
山西はしばらくオレを睨んでいたが、やがて夏美の方を向いた。
「まあ、小紫君はいつものことだから・・・何をしても、あんまり先生も驚かないけどね・・・驚いたのは倉持さん、あなたです!」
夏美はずっと下を向いて話を聞いている。
「何ですか! あの全校放送は! 放送で『スキャンティー』、『スキャンティー』って連呼するし・・・おまけに、あのへんな歌は何なの! 『ドジョウ』がどうとか、こうとか・・あなた、全校放送であんなおかしな歌を歌って、恥ずかしくないの! 先生は聞いてて、恥ずかしくって、顔から火が出たわよ。高校生の女の子があんなお下品なことを言うなんて・・あなた、いったい、どういうつもりなの?」
夏美も小さな声で言った。
「先生。すみません」
山西は夏美の声に構わず続ける。
「言っとくけどね、倉持さん。先生は、女の子だからこうしなさいとか、ああしなさいとか・・・たとえば『女の子は控えめに行動しなさい』とか、『女の子だからいつも、かわいらしくしていなさい』とかね・・・先生は、そんなことを言うつもりは一切ないのよ。女の子も男の子も、みんな同じようにするべきだというのが、先生の教育方針ですからね。『女の子だから・・』とか『男の子だから・・』なんて言うのは時代遅れだと思っているわけなの。それで、ダンス部では、男子の小紫君にも女子のレオタードを着てダンスを踊ってもらってるのよ。・・・しかしね、倉持さん。物事には何でも限度というものがあるでしょう。あなたの放送と歌はあまりにも恥ずかしくって・・・限度を完全に超えているわ・・・」
ここで山西は一息つくと頭に手をやって、「まったく頭が痛いわ」とつぶやいた。そして、夏美をあきれたように見ると、その手を膝の上に戻して言葉を続けた。
「こんな言い方はしたくないんだけど・・・あなたの放送があまりにも限度を超えているので、あえて言わせてもらうわよ。・・・あなたねえ、あなたはお嫁入り前の、花も恥じらう10代の乙女なのよ。その花も恥じらう乙女が『スッキャンティー』とか『ドジョウを握っていましたぁ』とか恥ずかしいことを人前で平気で口にするなんて・・あなた、恥を知りなさい!」
夏美は黙ってうなだれている。山西の『ドジョウ』という言葉で、オレは昨日の偽物の夏美の歌を思い出した。大ヒット演歌の節で確かこんな歌を歌っていた。
♪ 赤いレースのスキャンティーを 脱いだ時から
アナタのドジョウが 丸見えよ
・・・
ちぢこまったアナタのドジョウ 握っていましたぁ
・・・ ♪
その歌詞のあまりのバカバカしさに、オレはうっかり噴き出してしまった。
それを見て、山西がオレをキッと睨む。オレはあわてて夏美と同じように、もう一度うなだれてみせた。山西は夏美の方を見ると、再びあきれたような顔をして付け加えた。
「しかし、倉持さん。あなたが、こんなお転婆な
山西はここで「ふぅ~」と深いため息をついた。夏美のことがよっぽどショックだったようだ。少しして、気を取り直したように山西が話し出した。
「とにかく、小紫君、倉持さん。あなたたちは、もっと『おしとやか』にならないといけないわ。小紫君、あなたは男の子だけれど・・・あなたには『おしとやかさ』が必要よ。・・・それでね、実は、先生の学生時代の友人が、学校の近くで日本舞踊を教えているのよ。あなたたち、来週からそこへ行って、『おしとやか』になるように日本舞踊を習いなさい。そして、『たしなみ』というものを仕込んでもらいなさい。これは先生の命令ですからね、逆らうことは許さないわよ。いいわね」
オレと夏美が日本舞踊を習うんだって? 『おしとやか』になるように? そう言えば、偽物の夏美が日本舞踊調の変な歌を歌っていたなあ。オレの頭に偽物の夏美の声がよみがえってきた。
♪ 月はぁぁぁ、おぼろでぇぇぇ、スキャァァンティィィィー。土手のぉぉぉ柳がぁぁぁ、風にぃぃぃ、揺れてぇぇぇいるぅぅぅ。スッキャンティィィもおお、夜風にぃぃぃ揺れているぅぅぅわぁぁぁ。・・・ ♪
いけない。変な歌が頭から離れなくなる。オレは急いで山西の話に集中した。山西はオレたちを見ながら、何かを宣言するように言い放った。
「それから、今後も『スキャンティー』とか『ドジョウ』とか・・・そんなお下品なことを言ってたら、先生は絶対に許しませんよ。よく覚えておきなさい」
オレは横の夏美を見た。かわいそうに眼が涙で潤んでいる。今にも泣き出しそうだ。あの放送は夏美がしたのではないのだ。牧田がパソコンで作った『スキャンテー生放送』なのだ。しかし、牧田が作ったとか、『スキャンテー生放送』などと言っても、到底、山西が理解できるとは思えない。きっと、夏美はそのジレンマで苦しんでいるのだ。
オレは夏美が心底かわいそうになった。なんとか、夏美を助けてやらないと・・・
オレは思い切って山西に言った。
「山西先生。違うんです。あれは倉持が言ったんじゃありません。あの放送は倉持じゃないんです」
山西が驚いた顔でオレを見た。山西の眼がギリギリと吊り上がった。
「何ですって! あの放送は倉持さんじゃないって言うの?・・小紫君、あなた、何を言ってるのよ! 誰が聞いても、倉持さんの声だったわよ。倉持さんじゃないなら、いったい誰が倉持さんの声であの放送をしたって言うのよ?」
オレは訳を説明しようとして・・ウッと言葉に詰まった。さっきのジレンマだ。『牧田が作ったスキャンティー生放送』なんて・・・誰が信じるだろうか?
そのとき、オレは横の夏美が涙に濡れた眼でオレを見つめているのに気づいた。こんなときに夏美には申し訳ないが・・・夏美の涙に濡れた眼を見ると、オレの胸がキュンとなった。
すると、オレの頭にさっき山西が言った言葉が浮かんできた。
「まあ、小紫君はいつものことだから・・・何をしても、あんまり先生も驚かないけどね・・・驚いたのは倉持さん、あなたです!」
そうだ。『オレが作ったスキャンティー生放送』と言えば、山西は信用してくれるかもしれない。夏美を助けるために手段を選んでいる余裕はもうオレにはなかった。なんとしてでも夏美を助けないと・・・
オレは再び思い切って口にした。
「先生。あの放送は、倉持が言ったのではなくて・・あれは・・・そのぉ・・・あれは、オレがパソコンのコンピューターで作った・・・偽の倉持の声の・・・『スキャンティー生放送』なんです」
オレの説明に山西の声が裏返った。
「あ、あなたが作った、ス、スキャンティー生放送ぉぉぉぉぉ? 小紫君! あなた、まだ『スキャンティー』なんてことを言ってるの! さっき、私は『スキャンティー』って言ったら絶対に許さないって言ったはずよ。しかも、あなたが作ったって言うなら、よけいに許せないわ! 小紫君、いい加減にしなさい! もう許しません!」
オレの言葉で、山西の怒りは頂点に達した。そして、罰としてオレは・・ダンス部の部室の隣の・・あの女子トイレの掃除をまたも命じられたのだ。しかも、前回は夏美と二人で一日だけだったが、今度はオレ一人で一週間と言われた・・・
こうして、オレと夏美は『おしとやか』になるために日本舞踊を習いに行くことを命じられた。そして、オレだけはそれ以外に、またも女子トイレの一週間の罰掃除を命じられたのだ。
またあの女子トイレかぁ・・オレは『おくねさん』を思い出した。ここしばらく、牧田の『スキャンティー部』の大騒動に翻弄されて・・オレはすっかり『おくねさん』を忘れていた。
あの、いわくある女子トイレの罰掃除だ! しかも、オレ一人で一週間だ!・・・『おくねさん』は再びオレと夏美の前に現れるだろうか? オレの身体がブルッと震えた。
すると、横に座っている夏美が山西に分からないように、オレの手をそっと握ってくれた。オレがそっと横を見ると、夏美の涙に濡れた眼がうれしそうにオレを見ている。その眼が「小紫君、私を助けてようとして、私をかばってくれたのね。ありがとう」と言っていた。オレの胸が再びキュンとなった。オレの身体がもう一度ブルッと震えた。
こんなことがあるなら、山西にお説教されるのも悪くないなあ・・・
オレたちの眼の前では、山西がまだお説教を続けていたが・・・もう、オレの耳には山西の声が入ってこなかった。
オレはそっと夏美の手を握り返した・・・
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