第22話

 安賀多ダンス選手権に関する先日の全校生徒を集めた挙手の結果を受けて、文化祭の実行委員会では正式に、今年の安賀多ダンス選手権をリーグ戦で行うことを決定した。名前も『安賀高ダンスリーグ』と変更になった。


 ただし、1年から3年までの15チームと、ダンス部1年生が参加して、計16チームで争うことは、今までと変わりはなかった。予選はリーグ戦で、16チームを4チームずつ4組に分けて行われる。予選では他の3チームと総当たりで、2分間のダンスを披露して得点の優劣で勝敗を決めるわけだ。つまり予選では、各チームが少なくとも三つのダンスを披露することになる。これで、練習したダンスを披露できないという不満が解消する。


 そして、予選を一位で勝ち抜いた4チームが決勝でそれぞれもう一つのとっておきのダンスを披露して、優勝、準優勝を決めることになった。決勝まで残った場合を考えると、各チームは四つのダンスを練習することになるわけだ。これは、トーナメントのときと同じだ。


 オレはダンス部に入って間もないので、安賀高ダンスリーグに1年生と一緒にダンス部として参加することになった。ダンス部員は1年生28名だから、オレを入れて29人でダンスを踊ることになる。安賀高ダンスリーグのダンス部1年生のリーダーには瀬本茜が選ばれた。副リーダーは茜の希望で、なんとオレということになった。ダンス部の1年生とオレはダンス部1年として安賀高ダンスリーグに参加し、そして、それぞれが所属するクラスでも安賀高ダンスリーグに参加することになるのだ。


 ある日のダンス部の練習前、部員たちが体育館に集まっているときだった。オレは部員の中から、こんな声が出るのを聞いた。


 「ダンス部の1年生はダンス部とクラスの両方で安賀高ダンスリーグに参加できるわけでしょ。だけど、私たち2年生は自分のクラスから参加するだけじゃない。1年生はダンス部とクラスの両方で優勝のチャンスがあるけど、私たちはクラスが負けたら、それで終わりじゃない。なんだか、おかしいわ。こんなの不公平よね」


 「そうなのよ。どうして、1年生だけがクラス以外にダンス部として参加できて、2年生の私たちはダンス部で参加できないのかしら。おかしいわよねえ」


 あるいは、こんな声も聞いた。


 「私たち1年生はダンス部とクラスの両方で安賀高ダンスリーグに参加しなければならないじゃない。これって、すごく大変よねえ。私、なんだか、ものすごく負担を感じるわ」


 「そうそう。そうなのよ。私も同じよ。私はダンスと勉強の両方をがんばりたいのに、これじゃあ、勉強する時間が少なくなるでしょ。下手をすると、毎日がダンスだけの生活になっちゃうわ」


 オレはダンス部の中に不協和音を感じた。何となくぎこちない雰囲気の中で、ダンス部の練習が淡々と進んでいる気がしたのだ。


 オレは放課後、ダンス部の練習が始まる前に夏美に相談してみた。こんな話はダンス部の部室ではできない。ダンス部の部員に聞かれてしまうからだ。かといって教室でも無理だ。クラスメートがいるところでできる話でもない。そこでオレはたまたま誰もいなかった化学実験室に夏美を連れて行った。真っ暗でガランとした化学実験室の中に入ると、オレは照明をつけた。実験机の間にイスを二つ出してきて、オレたちは向かい合って座った。


 オレはさっそく夏美に言った。


 「倉持。最近、なんだか、ダンス部の中で安賀高ダンスリーグの不満がいろいろ出ているようなんだけど・・・」


 夏美は待っていましたとばかりに、勢い込んでオレに言った。


 「そうなのよ。いままではトーナメントだから、1日で大会が終わっていたんだけど、今度から何日かを掛けてリーグ戦で行うことになったでしょ。だから、いろんな意見が噴出して、ちょっと、ダンス部としてもまとまりがないのよ」


 「リーグ戦でダンス大会をやるって決めたときは、みんな、あんなに賛成したのになあ・・・」


 「安賀高がダンス大会をリーグ戦でやること自体は、みんな賛成なのよ。みんな、なんと言ってもダンスが一番いいと思っているからね。だけど、それを学校行事のことじゃなくて、自分自身のこととして考えたときに、いろいろと不満が出てくるみたいなのよ。何かみんなをまとめる、いい方法はないかなあ? 小紫君、あなたも副部長なんだから一緒に考えてくれない。何かいい方法はないかしら?」


 「オレも気になって、こうして、倉持に相談してるんだけどなあ・・・ダンス部をまとめる方法かあ? 何かいい手があるかなあ?・・・どうもすぐには思いつかないなあ」


 リーグ戦にしたらしたで、いろいろと不満がでるものだ。オレもなかなか事態を解決するいい考えが浮かばなかった。


 夏目が宙を見つめながら言う。困ったときの表情だ。


 「今度の安賀多ダンスリーグが終わったら、秋にある、ダンスの全国大会の県予選に向けて、部全体で新しいダンスの創作を始めないといけないのよ。それに、ダンス部恒例行事になっている、夏休みのダンス合宿の準備にも早く取り掛からないといけないわ。だから、こんなときに部員の気持ちが一つにならないなんて・・・本当に困ったわねえ」


 そう言って、夏美は「フウ~」と深くため息をついた。そのため息で、オレは夏美の横顔を見た。夏美の困った表情が・・・なんとも色っぽくて、かわいくて、いじらしくて・・・オレの心がキュンとなった。こんな話をしているときなのに、オレはうっかり夏美に見とれてしまった。


 オレがじっと見つめていることに、夏美も気づいたようだ。パッと顔を赤らめると、うつむいてしまった。オレたちの間に沈黙が広がった。


 オレの心臓がドキドキと鳴った。オレの顔も赤くなった。オレは何としてでも困っている夏美を助けたいと思った。急にオレの頭に、困っている夏美の手を握りしめてあげたいという衝動が湧きおこった。


 オレはそっと右手を夏美の方へ差し出した。夏美は右手に花柄のハンカチを握って、両手を両ひざの上、つまり制服のスカートの上に並べている。オレが右手を差し出すのを見て・・・夏美が両手を引っ込めると思ったが、夏美は引っ込めなかった。オレの右手が小さく震えているのが分かった。夏美のスカートの上においた両手も少し震えているようだ。


 オレが差し出した右手が、もう少しで夏美の手に触れそうなところまで近づいた・・・オレは緊張した。息が苦しくなった・・・

 

 そのときだ。化学実験室の入り口で声が聞こえた。誰かが変な歌を歌っている。


 「♪ スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー。 みんなで履こうよ、スッキャンティー♪」


 オレたちが振り向くと・・・化学の教師の牧田が、歌いながら化学実験室の中に入ってきた。

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