第17話

 なんとか夏美を守らないと・・・


 オレと夏美は女子トイレの床に倒れたままだ。オレは床をって、夏美の身体の前にオレの身体を投げだした。夏美を守る体勢だ。


 そしてもう一度、女に懇願した。女が『おくねさん』ならば「見逃してください」と言ったら、見逃してくれるはずだ・・・・・


 「な、何も言いませんから、み、見逃して、く、ください」


 女がまたにやりと笑った。不気味な笑いに、オレの背中が再び凍りついた。女が包丁を頭上に大きく振りかぶった。包丁がトイレの照明を妖しく反射してキラリと光った。オレは息をのんだ。

 

 女の声がした。


 「見逃はない。死ねぇぇぇぇぇー」


 包丁の光が大きく円弧を描きながら動いた。女の包丁がオレの頭上に落ちてきた。


 オレは眼をつぶった・・・そのときだ。オレの身体が勝手に動いた。


 オレはトイレの床から立ち上がった。女の振り下ろした手が、立ち上がるオレの頭にぶつかった。その反動で包丁を持った手が横にそれる。


 オレは腰をかがめた。左手がザルを持っている形になった。右手をトイレの床につけてドジョウをさがす。見つけたドジョウを右手ですくって左手のザルに入れる。中腰になった腰を前後にヒクヒクと動かす。股間を突き出した卑猥な姿勢だ。腰のヒクヒクに合わせて勝手にオレの口から勝手に声が出た。


 「あっそれ、ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」


 中腰のままで一歩前に出る。どじょうすくいだ。


 女があっけに取られてオレを見つめている。包丁は握ったままだ。


 オレのアドリブのどじょうすくいは続く。


 右手をトイレの床につけてドジョウをさがす。見つけたドジョウを右手ですくって左手のザルに入れる。中腰になった腰を前後にヒクヒクと動かす。股間を突き出した卑猥な姿勢だ。腰のヒクヒクに合わせて、再びオレの口から勝手に声が出た。


 「あっそれ、ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」


 オレは中腰のままで一歩前に出る。


 オレの頭が女の白いワンピースにぶつかった。


 オレは右手をトイレの床につけてドジョウをさがした。オレの右手が女のワンピースの下に差し込まれた。


 見つけたドジョウを右手ですくって左手のザルに入れ・・・ようとして、オレの右手がはねあがった。右手が女の白いワンピースのすそを思い切りめくり上げた。白いパンティが見えた。女が声にならない悲鳴を上げた。両手でワンピースのすそを押さえた。包丁がトイレの床に転がった。カラ、カラ、カランという乾いた音がトイレの中にひびいた。


 オレは中腰になった腰を前後にヒクヒクと動かした。股間を突き出した卑猥な姿勢だ。腰のヒクヒクに合わせて勝手にオレの口から声が出た。


 「あっそれ、ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」


 女が眼を見開いた。女の声がした。声が裏返っていた。


 「変態!」


 女はそう言うと、後ろを向いて個室の中に逃げ込んだ。ドアをばたんと閉めた。そして、また水洗の水が流れる音が聞こえた。オレにはなぜか水洗の音が二回重なって聞こえた気がした。


 それきり個室から音がしなくなった。静寂があった。


 オレは中腰で閉まったドアを茫然と見つめていた。


 夏美が立ち上がって、中腰のオレをまっすぐに立たせてくれた。


 「小紫君。ありがとう。私を守ってくれたのね」


 「倉持。いまのが『おくねさん』?」


 夏美が小首をかしげる。


 「そうみたいね」


 「だけど・・・あれが幽霊なのかなあ? ワンピースの下に白いパンティをはいていたよ」


 「それに包丁も持ってね」


 夏美が床の包丁を拾いあげた。


 「100円って値札がついてるわ」


 オレたちは個室のドアを調べた。鍵はかかっていなかった。夏美がドアを引いた。


 中には誰もいなかった。女は消えていた。夏美が便器のフタを開けた。ピンクの普通の便器だ。変わったところは何もない。夏美が試しに水洗のレバーを下げてみた。 

ジャーという水音がして・・・便器の中に水が流れただけだった。


 翌日、オレたちは山西に話して、八十八騎とどろき警部に連絡してもらった。これはれっきとした殺人未遂事件だ。証拠の包丁がある。警部は部下たちを連れてすぐに学校にやってきた。


 オレと夏美は女子トイレで事情を詳しく説明した。オレがどうやって『おくねさん』を撃退したのかというところは、警部には非常に理解しにくかったようだ。オレも説明できる話ではない。結局、オレが『おくねさん』と格闘して、『おくねさん』が個室の中に逃げ込んだという話に落ち着いた。


 警部は『おくねさん』がトイレの個室で消えたことに着目した。


 「きっと何かトリックがあるにちがいない。この個室を徹底的に調べよう」


 そう言って一緒に来た部下や鑑識の人たちに、いろいろと指示を出した。警部があまりにいっぺんに指示を出したので、せまい個室の中は、それらの人たちでぎゅうぎゅう詰めになってしまった。


 ぎゅうぎゅう詰めになっている人たちの口から不平の言葉が漏れた。


 「こんなせまいところにトリックなんて仕掛けられないよぉぉぉ」


 それを聞いた八十八騎警部が部下たちを叱咤激励する。


 「トリックを探でやらないといつまでたっても見つからないぞ」


 オレの身体が勝手に動いた。


 オレは腰をかがめた。左手がザルを持っている形になった。右手をトイレの床につけてドジョウをさがす。見つけたドジョウを右手ですくって左手のザルに入れる。中腰になった腰を前後にヒクヒクと動かす。股間を突き出した卑猥な姿勢だ。腰のヒクヒクに合わせて勝手にオレの口から声が出た。


 「あっそれ、ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」


 中腰のままで一歩前に出る。


 見上げると、オレのすぐ眼の前に八十八騎警部が立っていた。オレを見下ろして、唖然あぜんとしている。


 オレは右手をトイレの床につけてドジョウをさがす。オレは警部の両足の間を右手でまさぐった。


 見つけたドジョウを右手ですくって左手のザルに入れ・・・ようとして、オレの右手がはねあがった。右手が警部の股間に当たった。オレは思わず警部の股間をギュッと握りしめた。警部がウッとうめいた。


 女子トイレに様子を見に来ていた山西が驚いて夏美に聞いた。


 「小紫君はいったい何をやってるの?」


 夏美が答える。


 「ドジョウをつかんでいるんです」


 警部が叫んだ。


 「俺のはドジョウみたいに小さくはないぞ。俺のはドジョウじゃなくて・・もっと大きな・・ウナギだ」


 オレの口から勝手に声が出た。


 「いや、小さいぞ・・ウナギじゃなくて・・ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」


 山西の声が警部に飛んだ。


 「警部。真実を話しなさい。虚偽申告は禁止ですよ!」


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