第2話
放課後、オレは夏美と一緒に文化祭の実行委員会に出席した。
文化祭の実行委員は各クラスから正副の2名が選ばれている。オレのクラスは夏美が正委員で、オレが副委員だ。
もと女子高ということで、安賀多高校の出席簿は女子から始まるのが慣例になっていた。生徒数も女子の方が7対3で圧倒的に多かった。また、校歌も昔の女子高のものをそのまま使っていた。「花の命は短くて・・・」で始まる乙女チックな歌だ。あまりに歌詞が乙女チックなので、入学式では、初めて校歌を聞いた男子新入生が吹き出してしまうのが恒例の光景になっていた。
また、もと女子高だけあって、男子トイレが少なかった。どこの学校でも女子トイレで行列ができるが、安賀多高校では男子トイレでも行列ができていた。男子トイレの行列も安賀多高校の名物だ。
こういったことから、安賀多高校は近隣の高校から『安賀多女子高校』とか『女性上位高等学校』などと呼ばれていた。
安賀多高校のメイン行事は体育祭と文化祭だ。だが、圧倒的に女子が多いことから、体育祭よりは文化祭に多くの比重が置かれていた。とりわけ、全校生徒がクラス対抗で参加する『安賀多ダンス選手権』は文化祭のメイン行事になっていた。
体育祭と文化祭は毎年秋に行われるのだが、『安賀多ダンス選手権』だけは文化祭の一部を前倒しする形で、毎年5月の末に行われる。このため、4月に新クラスが編成されるとすぐに各クラスがダンスの練習に取り組むことになる。これは、新しく編成されたクラスの結束をダンスの練習を通して早期に固めようという配慮からであった。
安賀多高校は1学年が5クラスだから、全校の3学年で15クラスとなる。『安賀多ダンス選手権』は例年、1年生から3年生までの全クラス15チームにダンス部新入生の1チームを加えた全16チームが、勝ち抜きトーナメント方式で優勝を争ってきた。ダンスの演技時間は2分だ。優勝するには4回勝たねばならないので、各チームは、演技時間2分の4種類のダンスを習得する必要があった。逆に言うと、半分の8チームは一回戦で敗退するので、せっかく4種類のダンスを習得しても無駄になってしまうことになる。
このため、今年の文化祭の実行委員会では、『安賀多ダンス選手権』を例年のように1日だけのトーナメント大会で終了するのではなく、数日かけたリーグ戦にして雌雄を決してはどうかという案が出てきていた。
その日の文化祭の実行委員会も、『安賀多ダンス選手権』をトーナメントで行うか、リーグ戦で行うかが主要議題だった。実行委員は各クラス正副の委員2名だから、15クラスで全部で30名いるわけだ。『安賀多ダンス選手権』が文化祭のメイン行事ということもあって、実行委員会のメンバーは、オレ以外は全員女子だった。委員会では、来年で卒業する3年生と、今年初めて『安賀多ダンス選手権』を経験する1年生は発言が少ない。意見は必然的に2年生に集中した。
30名の委員が集まった実行委員会は最初から紛糾した。
「私は絶対に『安賀多ダンス選手権』をいままで通り、トーナメントで行うべきだと思います。リーグ戦で行うのは反対です。リーグ戦にしたら各クラスの練習の負担が大幅に増加します。私たちは高校生です。ダンスよりも勉強が大切です。だから、もっと勉強に力を入れるべきだと思います」
2年4組の金澤久美が主張した。
「絶対に『安賀多ダンス選手権』はリーグ戦にすべきです。ダンスも立派な勉強です。ダンスを通じてチームワークやいろいろなことを学ぶことができます。また、ダンスの練習をクラス全員でやることによって、新しく編成されたクラスの結束を固めることになるんです。このため、『安賀多ダンス選手権』は安賀高の一番大きな行事になっているんですよ。これに情熱を注がずして、いったい安賀高の行事の何に力を入れるんですか?」
2年3組の木元優香が反論する。オレは半分いねむりをしながら聞いていた。オレはダンスに興味はないので、どちらでもよかった。横の夏美は熱心に議論を聞いている。
「ダンスにばかり力を入れているから、安賀高が周りの高校から『低レベルだ』とか『学力が低い』と言われて馬鹿にされるんです。S県の高校で『安賀多ダンス選手権』のようなダンス大会を開いているのは安賀高だけですよ。よそはやってないんだから、例年通り、トーナメントの開催だけで充分ではありませんか?」
「では、金澤さんは、4つのダンスを練習して、そのうち1つしか披露できなくてもいいと言うんですか?」
「そうは言っていません。『安賀多ダンス選手権』はトーナメントで開催して、選手権とは別に練習したダンスを披露する機会を作ればいいじゃないですか」
「選手権だからこそ、練習に力が入るんですよ。選手権以外の機会を設けてダンスを披露するなら、練習する甲斐がありません」
「生徒の中にはダンスがきらいな子もいるんですよ。無理にダンスの練習をさせられる子の身にもなってください」
「そういう子に、みんなでダンスを教えることができるからチームワークができるんじゃないですか。ダンスがきらいでも、みんなと一緒にダンスの練習をしたいっていう子は多いんですよ」
「ダンスがきらいでも、ダンスの練習をしたいっていう子が本当にいるんですか?」
「たくさんいますよ。そういう子は、今日集まっている文化祭の実行委員の中にもいると思いますよ・・・みなさんの中にダンスがきらいだけど、みんなと一緒にダンスを練習したいという人はいませんか? 最初はダンスがきらいでも、みんな、そうやって、ダンスを好きになっていくんですよ。誰かダンスの練習をしたい人はいませんか?」
半分いねむりをしていたオレの身体が勝手に動いた。
オレはいきなり立ち上がった。29人の女子生徒が何事かと驚いていっせいにオレを見つめた。オレは両手を頭の上に上げた。横をキッとにらむ。足を踏み鳴らした。教室の中にドンドンという音が大きく響き渡った。オレは顔の横でパチンと手を打った。声が出た。
「オーレ」
木元がパチパチパチと手をたたいた。
「小紫君。『俺』がそうだと言ってくれて、どうもありがとう。小紫君はダンスがきらいだけど、みんなと一緒にダンスを練習したいんですね。金澤さん。小紫君の意見を聞きましたか? こういう人がいるんですよ。『安賀多ダンス選手権』をリーグ戦にして、小紫君のような人にダンスをする機会をもっともっと提供しようじゃありませんか」
金澤はオレの突然の出現に気勢をそがれてしまったようだ。それからリーグ戦派が、がぜん優勢になって、リーグ戦を行うというムードで実行委員会が終わってしまった。リーグ戦かトーナメントかは次回の実行委員会で最終的に決定することになった。オレは頭を抱えた。
オレと一緒に2年1組の教室に戻りながら、夏美が声をかけてきた。
「小紫君。あなた、すごいじゃない。あなたがダンスを練習したいと言ったんで、『安賀多ダンス選手権』をリーグ戦で行うというムードになっちゃったわね。でも、小紫君、あなた、そんなにダンスがしたかったの?」
「倉持。声が出なくて動きの少ないダンスってある?」
「えっ」
「オレに声が出なくて動きの少ないダンスを教えてくれないか」
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