第12話 オネェちゃんはおしまいっ!

 とりあえず、いつまでも駅前に居るワケにもいかなかったので、俺は芽衣と古羊とメバチ先輩の3人を引きつれて、近くのファミレスに足を運んだのだが……これは失敗だった。



「い、いやぁ! 今日はファミレスが空いていて、良かった良かった!」

「「「…………」」」

「もう俺、お腹ペコペコだよぉ!」

「「「…………」」」

「さ、3人も何か食べる?」

「「「ドリンクバーで」」」

「りょ、了解☆」



 心が折れそうだ。


 もうね、3人共ね、入店してから一切何も喋らないのね。


 何故か3人共、俺と対面するようにテーブルを挟んで座りながら、お互いの出方を確認するかのように『一挙手、一投足を逃さねぇっ!』と言わんばかりに、視線を交差させてるのね。


 まるで一流の剣豪同士の間合いの測り合いのような、『この勝負、先に動いた方が負けるな……』みたいな雰囲気が俺たちの間に漂っていた。


 く、空気が重い、重すぎる!?


 くるすぃ~、苦すぃよぉ~っ!?


 陸に居るのに、窒息しそうだよぉ!



「お、お客様? ご、ご注文は?」

「ドリンクバー4つと、ハンバーグセットで……」

「か、かしこまりましたっ!」



 注文を取りに来たウェイトレスさんが、若干涙目のまま、そそくさと厨房の方へと引き返していく。


 よほど3人の放つ圧が怖かったんだろうね。


 ごめんね、驚かせちゃって?



「よ、よぉ~しっ! ご飯が出来るまで、勉強でもしてようかなっ?」



 場の雰囲気に負けないように、声を張り上げながら、スクールバックの中から数学の課題プリントを取り出した。


 瞬間。



 ――ぴくっ!


 

 と、3人の身体が同時に動いた。



「ならワタシが見てあげる……」

「いやいや魚住先輩? わたしが見ますから、大丈夫ですよ?」

「す、数学はボクも得意だから、見てあげるよっ!」



 ズズイッ! と、テーブルに身を乗せながら、食い気味に俺の課題プリントに視線を落とす3人。


 メバチ先輩と芽衣、そして古羊は一瞬だけ顔を上げると、互いに顔を見合わせ。



「むっ……」

「うふふ」

「うぅ~っ!」



 ――バチィッ!?



 空中で視線を交差させながら、3人同時に動きを止めた。


 メバチ先輩は不満気に2人を睨み、芽衣は不敵に笑い、古羊に至ってはぷっくり! とむくれていた。


 その対峙たいじはほんの数秒のハズなのに、何故か永遠の時間のように俺には感じて……お、お姉さんっ!? ハンバーグセットはまだですかっ!?



「等比数列になる条件の問題だね……今回は3つの数、『98,14,X』がこの順に等比数列になるときのXの値を求めるから、まずは――」「いいですか士狼? 数学は暗記科目です、まずは公式を覚えて、そこに数字をハメこめば、勝手に答えは出てきます。この場合の公式は――」「そうだね、まずは『等比数列とは何か?』からやっていこうか? いい、ししょー? 等比数列っていうのはね、隣り合う2項の比が常に一定の数列のことでね? 例えば――」



「待て待て待て待てっ!? 3人いっぺんに喋られても、聞き取れんわっ! 俺は聖徳太子じゃねぇんだよっ!?」



 どこか張り合うように、好き勝手言い始める3人を前に、慌てて伝説の『ちょっと待った!』コールをかける。 



「いやさ? 勉強を教えてくれるのは嬉しいんだよ? 嬉しいんだけどさ……誰か1人にしぼってくんない? 色々言われても、コッチはもうわけワカメですからね?」



 言った瞬間、俺は後悔した。


 あっ……この流れはマズイ、と。


 そんな俺の直感が正しかったことを証明するように、メバチ先輩が芽衣と古羊を睨みながら、口火を切った。



「もともと、彼に勉強を教える約束をしていたのはワタシ……。だから、ワタシが教える……。2人はもう帰っていい……」

「いやいやっ! 受験生である魚住先輩の貴重な時間を、後輩男子に割かせるワケにはいきませんからね。ここは、士狼と同じクラスのわたしが面倒を見ますよ」

「ねぇ、ししょー? ししょーは誰に勉強を教えて貰いたい? ウオズミ先輩? メイちゃん? それとも、その……ぼ、ボク?」

 


 ――ピタリ。

 


 上品に言い争っていたメバチ先輩と芽衣の唇が、不意に止まった。


 見ると2人とも、答えを求めるかのように俺をまっすぐ見つめていて……えっ? 


 ちょっと待って? うそっ? コレ、答えなきゃダメなヤツなの!?


 こ、古羊ィィィィッ!? おまえ、何とんでもねぇキラーパスを出してくるんだっ!?


 日本代表もビックリのキラーパスだよっ! エースストライカーごとゴールをぶち抜く、とんでもねぇパスだよ、チクショウめ!


 こんなモン、俺が何を言おうが、角立ちまくリングでしょうがっ! 



「大神くん……」

「どうなんです、士狼?」

「誰に教えて欲しいの、ししょー?」

「いや、あの、その、あばばばばばばばばばっ!?」



 バチバチッ! と、俺の周りの空気が帯電していく。


 もはや破裂寸前まで膨れ上がった『緊張』と言う名の風船は、ヘタなことを言えば、俺の身体ごと大爆発してしまう気配が濃厚で……だ、誰かっ!? 誰か助けてっ!?



「――あなた達、なにをそんなにピリピリしているの? ダメよ? 女の子が、そんな怖い顔しちゃ? めっ!」



 俺の祈りが天に届いたのか、そんな能天気な声音と共に、俺の前にハンバーグステーキがドンッ! と置かれた。


 謎の乱入者の登場に、メバチ先輩と芽衣と古羊の視線が重なり合う。


 彼女たちの視線の先、そこには、身長190センチ後半のキノコヘアーがトレンドマークの、ピッチピチのライダースーツを身に纏った男が居た。


 俺はこの人を知っている。


 その唇で2人の男を廃人寸前まで追い込んだキス魔にして、色んな意味でゲイにんの――



「お、オカマさんっ!?」

「オカマじゃない、オネェだ!」



 そう言って、オカマさん……いや、オネェさんこと『獅子本レオン』さんは、声を荒げた。

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