第6話 オカマさんは俺を許さない

「……マジで先輩になんて説明しよう?」



 個室トイレに俺の独り言が小さく反響する。


『大神士狼、ヤリ●ン疑惑』が浮上して10分ほど経った喫茶店内にて。


 俺は半ば3人から逃げるように、店のレジ横にある男子トイレへと駆けこむと、とくに用も足さないクセに個室トイレを独占して、1人静かに頭を抱えていた。



「せっかくイイ雰囲気だったのに、芽衣と古羊めぇ……」



 うぅ~、と小さく唸りながら、忌々いまいましげに我が上司と同僚の名前を口にする。


 鹿目ちゃんのときもそうだったが、アイツら、俺に彼女が出来るのを全力で妨害してきている気がしてならない。


 なんなの? そんなに俺に彼女が出来るが気にくわないの? そんなに俺が嫌いなの?



「とりあえず、もう店を出よう。先輩への説明は、そのあとだ」



 流石の芽衣たちも、バイト中に俺たちを追いかけて、店の外まで出て付いてくるコトはしないだろう。


 ……しないよね?


 う~ん、ちょっと自信ないなぁ。


 芽衣はブチ切れると周りのコトが見えなくなって突っ走るクセがあるし、古羊はテンパるとワケの分からん予想外の行動をとるし……う~む?


 若干の不安を抱えながらも、コレ以上個室トイレを独占するワケにもいかないので、覚悟を決める。


 個室トイレから出た俺は、特に用も足してはいないがバシャバシャと手を洗い、肩を怒らせ、メバチ先輩の待つテーブルへと戻って行く。


 ――途中で、レジカウンターに居た芽衣が、黒髪のアフロ野郎に絡まれている姿が目に入った。



「君カワイイねぇ~? マジで俺の好みドスライクだわっ! えっ、今バイト中? OK,OK! ならバイト上がりに一緒にご飯でも行かない? 大丈夫、全部、俺が奢るからっ!」

「お客さま? 御用が無いナンパ目的でしたら、お引き取りしていただいてもよろしいでしょうか、このタコ?」



 黒髪のアフロがカウンター越しから我らが生徒会長殿の身体に触れようとするのだが、芽衣がこれを器用に躱しながら、営業スマイルで『帰れカス☆』と口を開いていた。


 そのコメカミには怒りのあまりピクピクと血管が浮き出ていて、手にはどこから取り出したのか木製バットが握られており……危ないっ! アフロが危ないっ!


 気がつくと、俺は2人の間に割って入るように駆けだしていた。



「それじゃ『サンドウィッチセット』のドリンクはコーヒーと、君をお持ち帰りで♪」

「お待たせしましたお客様、ご注文の『俺』になります♪」

「誰だ、おまえっ!?」



 芽衣がゆっくりと木製バットを振りかぶるよりも速く、ガシッ! とフレンドリーにアフロの肩を抱く。


 あ、危ねぇっ!


 あと少しで黒髪アフロが鮮血アフロになる所だったわっ!?


 自分が人生のターニングポイントに立っていたことなんぞ露とも知らないアフロは、肩に置かれた俺の手を振り払い、ザザザッ! と後方へ飛び退くように距離を取った。



「頼んでねぇよ、こんなマッチョ!? 俺が頼んだのは『サンドウィッチセット』だ、バカヤローッ!」

「ですから俺がサンドウィッチAです」

「どういう意味だっ!? というかマジでおまえ誰なんだよ、怖ぇよっ!? ……いや待て? 仮におまえがサンドウィッチだとして、ドリンクは誰だ? もしかして、そこの別嬪べっぴんちゃんか?」



 それなら大歓迎、とだらしなく鼻の下を伸ばすアフロに向かって、俺は指を鳴らした。


 パチン。


 ――瞬間、俺の横に店長が特殊召喚された。



「どうも、コーヒーBです♪」

「だから誰だぁぁぁぁぁっ!?」

「2人合わせて?」

「「サンドウィッチマンです♪」」

「嘘を吐くなっ!? おまえら打ち合わせでもしてたのかっ!?」



 気が狂ったように叫び続けるアフロを尻目に、俺と店長はニッコリと微笑み合い、お互いの健闘をたたえ始めた。


「初めてだけど、上手くいきましたね店長」

「そうだね。君とは初対面だけど、何故か長年の友のようにしっくりきたよ。……ところで君、名前は?」

「おっと、申し遅れました。自分、大神士狼と申します。以後お見知りおきを」

「いや、おまえらも初対面かいっ!? ……って、うん? おおかみ、しろう……?」



 犬歯剥き出してツッコミを入れていたアフロの身体が、時間停止モノのAVのようにピタリと止まる。


 どうした、撮影中か? と声をかけてみるも、何の反応も示さないアフロ。


 はて? 俺のイケメン☆フラッシュに意識を持っていかれたのだろうか?


 そのままアフロと俺は、お互いに怪訝そうな瞳で、顔と身体をジロジロ見渡して――アフロの時が動き始める。



「あっ!? おまえ、もしかして喧嘩おおか――ぶひっ!?」

「もう駄目よ、タケル? レディーとお店に迷惑をかけちゃ?」

てて……ゲッ!? た、隊長っ!?」



 黒髪のアフロが声を張り上げるよりもはやく、ズビシッ! とヤツの後頭部に誰かのチョップがめり込んでいた。


 見るとそこには、ピッチピチのライダースーツを身に纏った、長身痩躯ちょうしんそうくの黄色いキノコ――違う、黄色い髪をしたキノコヘアーの男が居た。


 おぉ、俺より身長タッパがあるヤツ、久しぶりに見たなぁ。


 190センチ後半くらいか?


 思わず不躾にキノコヘアーをジロジロ見つめていると、キノコヘアーも俺の存在に気付いたのか、ポッ! と頬を朱色に染め、



「あら、イイ男♪」

「ッ!?」



 口の中で飴玉を転がすような、キノコヘアーの小さな声に、背筋がゾクッとした。


 あの森実が誇るハードゲイ、鷹野翼が脳内で俺を凌辱しているときに覚える寒気と同等のモノが、何故か全身を駆け巡る。


 それと同時に、俺の本能が『ヤバイッ!?』と警報をあげていた。


 な、なんだこの圧倒的なまでの気持ち悪さは? 


 例えるなら、何の脈絡もなく、いきなり紛争地帯キルゾーンに足を踏み入れた一般人バンビーのような……。


 身体中から嫌な汗が噴き出てくるのを感じながら、キノコヘアーの視線から逃げるように、芽衣の後ろへ隠れようとするのだが……視線がね? 追いかけてくるのよね?


 首筋に、背中に、ケツに、俺の身体を品定めするような、キノコヘアーの舐めるような視線を感じてやまないのね?


 えっ、ちょっ、あの? なにこれ?



「ごめんなさいねぇ? ウチの子が失礼しちゃって? 別に迷惑をかけるつもりなんて、1ミリもなかったの」



 ほんとごめんなさいねぇ? とオネェ口調のキノコヘア―が、芽衣に小さく頭を下げる。


 ……俺を見つめながら。



「お詫びと言っちゃなんだけど、なにか注文させて頂戴? ここってテイクアウトは出来るのかしら?」

「あっ、はい。大丈夫ですよ」



 パンチのあるキノコヘアーの登場に、若干ほうけていた芽衣が慌てた様子でメニュー表を手渡した。


 キノコヘアーは「ありがとう」と微笑みながら、メニューを開く。


 ……俺を見つめながら。



「どれも美味しそうで迷っちゃうわねぇ。そうだ、店員さん! オススメのメニューとかあるかしら?」

「でしたら、コチラの『ホットドックセット』なんか、いかがでしょうか?」

「あら、いいじゃない。じゃあソレで。飲み物はブラックでお願いね?」

「かしこまりました」



 キノコヘアーは芽衣にメニュー表を返しながら、レジ横にズレる。


 ……俺を見つめながら。



「…………」



 ドンドットット♪ と、俺の心臓がエイトビートどころか解放のドラムをかなで始める。


 自然と呼吸が、不良に弱味を握られ、快楽堕ちが確定してしまった堅物女風紀委員長のように荒くなっていく。 


 お、落ち着け俺? 落ち着くんだ。


 大丈夫、コレは違うから。


 絶対に違うからっ!


 断じて『そういう』のじゃないから、ハハッ!


 き、きっと俺は自意識過剰なのだろう。


 ほら、アレだ。授業中、気になる女の子をずっと見つめていたら、やたらその子の目が合うから『も、もしかして彼女も俺のコトが大好きなんじゃ……? おいおい、まさかの両想いかっ!? 結婚するかっ? おっ!?』と勘違いしちゃう、あの初恋シンドローム現象と同じに違いない。


 アレってさ、コッチが見ている視線に感づいて、向こうが警戒しているだけらしいよ?(芽衣ちゃん談)


 だからさ、今回もきっと、キノコヘアーの視線に俺が敏感に反応しているだけで、間違っても俺の鍛え抜かれたボディを脳内で色んな意味でムチャクチャにしながら、ムフフ❤ な妄想を展開しているワケじゃないよ。


 例えば、そう『あの引き締まった大臀筋、たまらないわね。ほんと……食べちゃいたい❤』とか変態じみた事を考えているワケが――



「あの引き締まった大臀筋、たまらないわね。ほんと……食べちゃいたい❤」



 ……うん、なんかキノコヘアーの方から、俺の想像と寸分たがわぬ台詞が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだよっ!


 そうだ、そうに違いないっ!


 鷹野のような変態が、この世にそう何人も居てたまるか。世界が終わるわ。



「た、隊長っ! そんな悠長なコトを言っている場合じゃないですって!?」

「んもぅ! だからダメよ、タケル? お店の中で騒いじゃ? めっ!」



 俺が額に浮いた汗を手でぬぐっていると、黒髪アフロこと『タケル』君が物凄い剣幕でキノコヘアーに詰め寄っていた。


 キノコヘアーは人差し指を妙にテカテカしている唇の前に持っていき、古羊がよくする、ちいさい子をたしなめるような仕草をするのだが、タケル君は止まらない。


 タケル君は何故か俺を指さしながら、



「アイツですよ、隊長っ! 副長が言っていた喧嘩おおか――むぎゅぅっ!?」




 ――瞬間、キノコヘアーの唇がタケルくんの唇に吸いついた。




 ……はっ?(思考放棄)



「~~~~~~~~っっ!?!?」



 ちゅるるるるるるる~♪ と店内に爆音を響かせながら、見せつけるように大人のキッスを繰り広げるキノコヘアーとタケル君。


 タケル君は最初の方こそ抵抗らしい抵抗を見せていたが、次第に身体から力が抜けていき、今ではビクンビクンッ!? と白目を剥いて身体を痙攣させる人形へと成り果てていた。


 こ、これは……むごい……。



「え、えっと……お客さま?」

「ぷはっ! ――あら、ごめんなさい? ちょっと静かにする【おまじない】をかけていたの。気にしないで?」

「は、はぁ? そ、そうですか?」



 キュポンッ! と心地の良い音色を奏でながら、ようやっとタケル君の唇から離れるキノコヘアー。


 刹那、数拍置いてドチャッ! とタケルくんが床に崩れ落ちた。


 その瞳は完全に光彩を失っていて……可哀そうに、もう廃人じゃないか。


 一体彼がどんな素敵なキッスを体験したのかは、もはや語るまでもない。


 そんなタケル君を尻目に、柔らかい笑みを浮かべるキノコヘアーと、頬がピクピク痙攣して笑顔が崩れかかっている芽衣。


 す、すごいなコイツ?


 あの変態仮面を前にしても動じることが無かった我らが女神さまを、一瞬で動揺させるだなんて……もしかしたら、とんでもねぇ傑物けつぶつが俺たちの前に現れたのかもしれない。


 ただ、それにしても状況はシリアスである。


 いや、タケル君の未来もそうなのだが、キノコヘアーの唇が俺の唇をロックオンしている気がしてならないのだ。


 俺の本能が『逃げて、超逃げてっ!?』と、警戒レベルを最大マックスに引き上げたのが自分でも分かった。


 ちなみに店長は一連の出来事があまりにも刺激的過ぎたのか「ああばばばばばばっ!?」と床に尻もちをついて、小刻みに震えていたよ♪



「あら、驚かせちゃったかしら? ごめんなさいね、店長?」



 これはお詫びね、そうアフロヘア―は口にしながら、ゆっくりと尻もちをついている店長に近づく。


 瞬間、店長は発狂したかのようにわめき散らし始めた。



「こ、来ないでくれっ!? だ、誰か助けっ!? う、うわぁぁぁぁっ!? く、来るな、来るなぁぁぁっ!?」



 取り乱し泣きわめく店長に、アフロヘア―の顔はゆっくりと近づき。


 ――むちゅっ。


 2人の唇がそっと重なった。



「これで許してね、店長?」



 アフロヘア―がパチンッ☆ とウィンクを1つ飛ばしたのを合図に。


 ――どちゃっ。



「て、店長!? 店長ぉぉぉぉぉっ!?」



 タケル君と同じく、光彩の消え失せた瞳で横たわる店長。


 返事がない、ただのしかばねのようだ。


 な、なんて惨いマネを……ほんとに同じ人間か?


 思わず店長のもとへ駆け寄ろうとする俺。


 だが、アフロヘア―はそんな俺をまっすぐ射抜きながら、


「逃がさないわよ?」

「えっ、俺も!?」 



 いやぁぁぁぁぁぁっ!?


 このオカマさん本物だっ!?


 本物だよぉぉぉぉっ!?


 こ、このままじゃ俺のファーストキスが、ワケの分からんオカマさんに美味しく頂けれちゃうよぉぉぉぉぉっ!?


 嫌だぁぁぁぁぁっ!? 俺のファーストキスは古き良き日本のSI☆KI☆TA☆RIシキタリに従い、近所のお姉さんに美味しく食べて貰うんだぁぁぁぁぁっ!


 だ、誰かたすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?


 そんな俺の魂の叫びが天に届いたのだろう。


 アフロヘア―のオカマさんの視線を遮るように、芽衣が俺の前に身体を割り込ませてきた。



「お客さま、他にご注文はございませんか?」

「うん? そうねぇ、もう注文はいいかしらね。あっ! でも、質問はしたいかも」



 そう言ってオカマさんは、一体どこから取り出したのかスマホを片手に何かを操作し始める。


 な、なんだ? なにを訪ねる気だ?


 ハッ!? さては俺のスリーサイズか?


 スリーサイズなんだなっ!?


 ガクガクブルブルと、芽衣の背後で生まれたてのメズブタのように身体を震わせていると、オカマさんは「あった、あった!」と声をはずませ、スマホの画面を俺たちに向けてきた。


 どうやら見ろっ! ということらしい。


 俺も芽衣も素直にスマホに映し出された1枚の写真に視線を向け――思わず目を見開いてしまった。



「「えっ……?」」



 そこには、とても可愛い女の子が映っていた。


 肩まで切りそろえた亜麻色の髪に、澄んだ蒼空のように瞳。


『美人』というよりも、『愛らしさ』が全面に出ている顔は、『女性』というよりも『女の子』というイメージを見る者に与えてくれる。


 そして着崩した制服からはち切れんばかりの胸部が、見る者すべての視線を吸い込んで離さないブラックホール。


 俺は……いや俺たちは、このを知っている。


 とてもよく知っている。


 ショートケーキのように甘くて優しい、この女の子の名前は――



「実はあたし達、ちょっと事情があって、この娘を探しているんだけどね? なにか知らないかしら? 家とか住所とか」



 オカマさんはそう言って、古羊洋子の写真を俺たちに見せつけながら、ニッコリと微笑んだ。

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