第2話 ナンパ☆リベンジャーズ ~駅前決戦編~

 メガネカップルにカツアゲされて、数分後の駅前にて。


 ようやく落ち着きを取り戻した俺に、アマゾンは不敵な笑みを浮かべてファサッ! とそのウザったらしい前髪をかきあげてみせた。



「よし、大体わかった。ようは深く考えずに『今ヒマ?』『一緒に食事でもしない?』とか、そういう直球勝負でいけばいいワケね。それに食事なら目的が定まっている分、相手もハッキリと返事しやすいだろうし」



 チョロイな、と自信満々に微笑むアマゾン。


 そんな友人を前に、俺は1人、驚きに目を見開いていた。


 な、なるほど……っ! 確かにその誘い文句ならば、『NO』とは言えない奥ゆかしい大和撫子でも、『もう食事は済ませちゃって……ごめんなさい』と言えばOKなワケだし、なにより相手を気遣う優しい誘い方である。


 それにしても、この男……ほんとにナンパ初心者なのか?


 妙に手馴れているような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか?



「それじゃ、オレもナンパしてくる!」

「健闘を祈る」



 意気揚々と獲物に声をかけに行った我が残念な友人に、敬礼。


 はてさて、お手並み拝見といこうかな。


 7月の太陽が祝福するように、燦々さんさんと駅前を歩く人々に熱血パワーで降り注ぐ。


 そんな中、ピカピカピカリンと輝く存在を見つけたのか、アマゾンの足が直球勝負さながらに、目当ての女の子の方へと進んでいく。


 その後ろ姿はしんしんと降り積もる清き心……。


 金色の髪はキラキラ輝く未来の光っ!


 彼女を見つけてウルトラハッピ――って、ちょっと待て!?



「おい待て、アマゾン!? そいつはっ!?」

「あ、あのぉっ! しゅみましぇんっ!?」



 俺の制止を無視して、アマゾンがガーリッシュな服装に白衣を身に纏った、狂った出で立ちをした金髪ロリ巨乳に声をかけた。


 ロリ巨乳は「はっ?」と眉根をしかめながら、アマゾンを面倒臭そうに睨む。


 そんなパツキン巨乳の姿が目に入っていないほどテンパっているのか、アマゾンは慌てた様子で口を開きはじめた。




「そのぉっ! 今、お時間よろしいですか!?」

「ダメじゃ。ワガハイは忙しい」


「じ、実はですね? あそこに居るゴリラ・ゴリラ・ゴリラが、あなたと一緒に、ぜひお食事がしたいと申しておりましてね!?」




 ゴリラの学名を口にしながら、何も無い虚空を両手で無意味にかき混ぜるアマゾン。


 ねぇモナミ友達? そのゴリラは俺のことかい? はっ倒すよ?



「もしや……これはナンパか? ブハッ!?」



 金髪ロリ巨乳は腹筋が割れんばかりに「ガッハッハッハッハッ!?」と豪快に笑う。


 流石にその笑い声には聞き覚えがあったのだろう。


 アマゾンは「へっ?」と間の抜けた声をあげながら、俯いていた顔を上げ……そこでようやく自分が誰に声をかけたのか気がついた。




「ガッハッハッハッハッ!? キサマらがナンパ!? そのスペックで!? ぶわっはっはっはっはっ!?」


「あれっ!? ちびっこ!?」

「おいバカっ! おまえ、なに知ってるヤツに声かけてんだ!?」




 豪快に笑い続ける金髪ロリ巨乳こと『宇佐美こころ』氏を前に、アマゾンの顔から血の気が全力で引いていく。


 そんなアマゾンの姿がさらにツボに入ったのか、うさみんは目尻に涙の珠を作りながら、さらに爆笑してしまい……なんだこのカオスな空間は?


 俺はお気に入りのAVが親にバレたときのように、ガクガクぶるぶるしているアマゾンの代わりに、うさみんに向かって口をひらいた。




「すまん、うさみん。今のは忘れてくれ。これはちょっとした手違い……神様のイタズラだ。なんならこの後、アマゾンとマジで食事にでも行くがいい。俺は止めんぞ?」


「ふざけるでないわっ! 何が悲しくて、休日にこんなブサイクと食事に行かねばならんのじゃ!? コイツとメシを喰いに行く位なら、魚介類にキスされた方が100万倍マシじゃ!」


「おいおい? ツンデレか、ちびっこ?」

「ツンデレ言うな! はっ倒すぞ、下僕2号!」




 今日も発情期の猿のように「ムキ―ッ!」と怒り狂うパツキンロリ巨乳。


 う~ん、今日も見事な「ムキーッ!」である。


 もはやある種の芸術品を見ているかのような気分ですらある。




「それで? こんな早朝の駅前でキサマらがナンパとは、一体ナニをたくらんでおる?」


「企むとか、人聞きの悪い……」



 俺が肩を竦めてみせると、うさみんはさらに訝しげな視線を俺によこしてきて、



「ならば何じゃ? 新手のギャグか?」

「いや」

「マジだ」

「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっ!?」



 うさみん氏、本日2度目の大爆笑♪



「ヤ、ヤバい!? 腹がねじれっ!? キサマら、ワガハイを笑い殺す気か!?」

「「…………」」



 いーひっひっひっひっ!? と魔女のように笑う金髪ロリ巨乳を前に、俺とアマゾンはお互い無言で見つめ合い……コクリと大きく頷いた。




 ――るか?


 ――あぁっ!



 俺たちはニッコリと微笑み合うと、メスガキムーブが止まらない金髪ロリ巨乳へと1歩踏み出して、





「――なにをしているんですか、兄さん?」





 と、背後から切れ味抜群の日本刀を彷彿とさせる声が聞こえてきて、2人揃ってピタリと停止した。


 な、なんだこの殺気に似たプレッシャーは?


 まるで首筋に日本刀を押し付けられているかのような圧迫感に、俺もアマゾンも半ば反射的に声のした方向へと振り返っていた。


 俺たちの背後、そこにはエコバック片手に、やたら色素の薄い髪色をした、儚げな薄幸の美少女が不思議そうな瞳で俺たちを見据えていた。


 触れたら壊れてしまいそうな華奢な身体でありながら、『少女』から『女』へと羽化している最中の美しさすら感じるほのかな色気。


 おいおいおいおいっ!?


 誰だ、この美少女は!?


 俺のお嫁さんかっ!?



「ば、バカなっ!? な、なんだ、あの俺の理想の妹が、そのまま現実になったかような女の子はっ!? いつから俺はアルタ●能力に目覚めたんだ!?」



 突然の美少女降臨に、混乱するナイスガイ俺。


 そんなナイスガイを尻目に、薄幸の美少女はそのナイフのようなギラついた瞳で俺たちを捉え続けて離さない。って、うん?


 あれ? これは俺たちというより、むしろ……。




「聞こえませんでしたか? ではもう1度聞きますよ? ――ナニをしているんですか兄さん、こんなところで?」


「る、ルナちゃん……なんでここに?」




 瞬間、俺の横にいたアマゾンが、珍しくダラダラと冷や汗を流していた。


 その表情は、どこかお叱りを受ける子犬のようで……うん?


 誰じゃコイツは? と困惑するうさみんと俺を他所よそに、薄幸の美少女(間違いなく趣味はピアノ!)はアマゾンの方へとツカツカと近寄って行った。




「私はお昼の買い出しです。ちょうど駅前のスーパーで卵が安売りされていたので」


「へ、へぇ~っ! それじゃ今日のお昼は卵料理だね☆ 楽しみだなぁ~♪ それじゃ、ルナちゃん? お兄ちゃんと一緒に帰ろうか? あっ、重いでしょ? 荷物持つよっ!」


「その前に兄さん、ここで一体ナニをしていたんですか? ……まさか、女の子をナンパしていたんじゃありませんよね?」




『ルナちゃん』と呼ばれる俺の妹(予定)の肩を抱こうとするアマゾンの手が、ガシッ! と彼女に掴まれた。


 ルナちゃん様は、我らが生徒会長サマが、ときどき放つ殺意の波動にも似たオーラを身体中から噴出させ、アマゾンを睨みあげる。


 途端に、我が残念な友人の身体が、ピ●クローターのように激しく震え始めた。



「いや、あの、その、ちがっ!? あばばばばばばばばっ!?」



 壊れたオモチャのように、ロックンロールをかなでるアマゾンの瞳が『助けて!?』と俺たちに救難信号を発してくる。


 うさみんと俺は2人してしばし見つめ合い、ニッコリと微笑んで。




「あの人にナンパされました」

「あの人、この女性ひとの乳、んでました」

「よし、殺します。兄さん、歯を食いしばりなさい?」


「信じないでっ!? コイツらの戯言ざれごとを信じないで、ルナちゃんっ!? ぅか、大神テメェ!? 誰が誰の乳を揉んだって!? 揉んでねぇよっ! というか、揉みてぇよっ! 揉めるもんなら揉んでみてぇよ――スボラァ!?」




 どふっ♪ と肉を叩く音と共に、ルナちゃん様が放った良い感じのボディーブローがアマゾンの身体に突き刺さる。


 おぉ~、イイのが入った。


 薄幸の美少女とは思えない鋭い突きだなぁ。


 アレは避けられんわ。



「兄が大変ご迷惑をおかけしました。それでは失礼します」



 我が残念な友人は、崩れ落ちるようにその場で意識を手放すと、ルナちゃん様にむんずっ! と襟首を握り締められ、そのままズルズルと引きずられてどこかへ消えていった。



「……なんだったんじゃ、今のは?」

「さぁ?」



 まるで風のように現れては、嵐のごとく去って行った薄幸の美少女を前に、ただただ呆然とするうさみんと俺。


 結局、あの謎の美少女Xとアマゾンの関係は分からずじまいな上、あの後うさみんも『では、ワガハイはもう行くぞ? 答えは聞いとらんっ!』と言い残し、さっさと駅の中へと歩いて行ってしまった。



「誰も居なくなっちゃった……寂しい」



 ポツン、と駅前に1人取り残されるナイスガイ、シロウ・オオカミ。


 う~ん、1人になちゃったし、今日はもうナンパは諦めるか?


 いやっ! こんなコトをしているから、俺はいつまで経っても彼女が出来ないんだっ!


 全日本ウルトラチキン選手権のトップを独走するいつもの俺なら、ここで勇気ある撤退を選択していただろうが、今日は違う。


 彼女が無理でも、今日は必ず『女友達』の1人は作ってみせる!



「よしっ、やるぞ!」

「――なにをやるの、ししょー?」

「どうせロクでもないことよ、洋子」

「はへぇっ!?」



 俺が改めて覚悟を完了させていると、突然背後から女の子2人に声をかけられ、思わず変な声が口からまろび出てしまった。


 な、なんだ、なんだ!?


 逆ナンか!?


 ありがとうございますっ!


 と、らしくもなく混乱する頭のまま、背後に振り返ると、そこには私服姿の、妙に見慣れた2人組の女の子が、好意的な笑顔を浮かべて俺を見ていた……って。



「なんだ古羊と芽衣じゃないか……。ビックリして損した」

「むぅっ! 『なんだ』とはまた随分な挨拶だね、ししょーっ?」



 そう言って、ぷくぅっ! と頬を膨らませているのは、我が不肖の1番弟子にして、なんちゃってギャルの名を欲しいままにしている女の子、古羊洋子である。


 ちょっとだけ伸びた亜麻色の髪に、青空を彷彿とさせる碧い瞳。黒のキャミソールに白のカーディガン、そしてピチピチのホットパンツを履いて、すっかりと夏仕様になっているギャル子の格好は、妙に男の視線を惹きつけてやまない。


 とくにキャミソールの上からでもハッキリと自己主張しているお胸のソレは、駅前を歩く男たちの意識をブラックホールのように吸い込んで離さない。


 そのせいで、何人かの野郎共は壁にぶつかったり、噴水に頭から突っ込んでいたりしていた。


 う~ん、相変わらず歩くバイオ兵器である。



「おはよう士狼。珍しいわね、士狼が朝早くから駅前に居るなんて?」



 そう言って古羊の横で微笑を浮かべているのは、我が森実高校きっての猫かぶりの美少女、羊飼芽衣さまである。


 夜のとばりのような黒髪に、紫水晶をような大きく美しい瞳。


 立ちえりのシャツに、ジーンズといった露出の少ない出で立ちなのに、そのあり余る美貌のせいで、これまた男たちの視線を釘づけにしてやまない。


 その証拠に、何人もの男たちが芽衣に意識を割かれてしまい、階段を踏み外したり、盛大にコケたりしていて……こちらもコチラで歩く災害と化していた。


 野郎共の視線は古羊と同じく、芽衣の膨らんだ胸部に吸い込まれていたが……俺だけは知っている。


 あの巨乳、いや虚乳きょにゅうが、嘘で塗り固められた虚飾きょしょくの城であることをっ!


 彼女のお手製の超パッドでギガ盛りされたハリボテおっぱいの下には、それはもう慎ましい膨らみかけのお胸が息づいていて――ぷぎゃっ!?



「あら、ごめんね士狼? 頬に蚊が居たから、つい」

「ねぇ芽衣ちゃん? ビンタはグーでするモノじゃないよ……?」



 またいつもの如く俺の思考を先読みしたのか、的確に我が顎を打ち抜く女神さま。


 顔は笑っているが、瞳は殺人鬼のソレだった。



我が家羊飼家では、蚊を仕留めるときは『グーパンで』って相場が決まっているのよ」

「マジかよ。家族そろって前世はアマゾネスさんだったの?」

「ところで、ししょーはどうして駅前に居るの? どこかに遊びに行くの?」



 もはや俺と芽衣の異次元コミュニケーションに慣れきっていた古羊は、とくにツッコミを入れることもなく、日常会話へと戻っていく。


 う~ん、手慣れているなぁ♪



「おいおい、野郎が1人で朝っぱらから駅前に居る理由なんて、1つしかないだろう?」



 俺はいまだグラグラする視界のなか、古羊に視線をよこしながら、真夏の太陽に負けないくらい、顔に笑顔という名の太陽を輝かせ、こう言った。




「――ナンパしてました♪」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ししょーがチャラ男さんになちゃったよ、メイちゃぁぁぁぁぁぁぁ~~んっ!?」


「落ち着きなさい洋子。首が痛いわ」




 弾け飛ぶように芽衣に向き直るや否や、彼女の両肩をガシッ! と掴み、乱暴に前後に振る古羊。


 相変わらず面白いリアクションを取る古羊に、俺の中の芸人魂が満たされていくのを感じる。


 あぁっ、これだから古羊をイジるのはやめられないっ!


 ガクガクと芽衣の頭が前後に揺れているのを眺めながら、トチ狂うなんちゃってギャルを見守っていると、我らが女神さまは器用に身体を動かし、古羊の拘束から抜け出していた。




「大丈夫だから。このヘタレチキンな男に、ナンパなんてする度胸も覚悟もないわよ」


「むっ? そんなコトないねっ! 俺はやるときはやる男っ! 最近のトレンドは金を持っていそうな熟女をターゲットに声をかけて、小遣いをせびるのがメイン収入源だ。口説き文句はもちろん『俺……パセリ無理なんだ。お姉さん、食べてくんない?』で決まりだっ!」


「いや、決まってないよ? なにも決まってないよ、ししょー?」

「見ず知らずの男のパセリなんか食べたくないわよ……」



 う~ん、しんらつ




「まぁ、俺のことは今はいいや。それよりも、おまえら2人こそ朝っぱらから駅前なんかに来て、どこか行くのか?」


「あっ、うん。これからメイちゃんとバイトに行くんだっ!」

「この時期の女の子は、色々と入用なのよ」




 ねぇ~? とまるで姉妹のように声をハモらせる古羊と芽衣。


 相変わらず仲いいな、おまえら……って、うん?




「バイト?」


「そっ。去年からこの時期は学校も生徒会も休みだし、バイトするって洋子と2人で決めてたのよ」


「まぁ、8月までの短期間だけどね。――って、メイちゃん、時間っ!?」

「おっとぉ、そうだった」




 古羊に促されて、止めていた足を再び動かす芽衣。




「バイトに遅れるから、アタシたちはそろそろ行くわ。じゃあね士狼? 遊ぶのもいいけど、ちゃんと夏休みの課題も進めるのよ?」


「おまえは俺の母ちゃんか?」

「バイバイ、ししょーっ! またね?」



 せかせかと歩いて行く芽衣の後ろを、子犬よろしく、とっとこついて行く古羊。


 古羊は1度振り返ると、俺に手をブンブン振りながら、笑顔で遠ざかって行った。


 ほんと心を開いたヤツには無防備なワンである。


 キスしてやろうか、アイツ?



「さて、再び1人になってしまったワケだが?」



 駅前に取り残された俺は、一応キョロキョロと辺りを見渡すが……ぶっちゃけ、もうナンパっていう気分じゃなくなってきたのが正直な本音だった。


 いや、別にビビったとか、そういうワケじゃないよ?


 確かにキング・オブ・チキンの名を欲しいままにしている俺だけどさ? なんか、あの2人と話した後に女の子に声をかけるのは、なんというか……うん。



「よし、帰るか」



 なんだか天から『ダメだ、ダメだ! なにを怖気づいてんだ、このヘタレ草食野郎がァァァッ!?』と罵られた気がしたが、もう気にしない!


 今日はもう家に帰って、シコって寝よう。 


 うん、そうしようっ!




「――あれ? 大神くん……?」

「はい?」




 俺が戦略的撤退をするべく、きびすを返そうとした矢先、またしても背後から声をかけられてしまう。


 う~む、こうも簡単に背後ばかり取られるとは、今が戦国時代だったら3回は『暗殺』という名の名刺交換をされているところだ。


 なんて益体やくたいも無いことを考えながら振り返ると、そこには前髪で顔を隠したサマードレスがよく似合っている美少女がコチラを見ていた。


 身体の線が細い故に、胸元の膨らみがポコッ! と強調されていて、実にエロい……ってぇ!?



「め、めめめ、メバチ先輩っ!? ど、どうしてここに!?」



 俺の視線の先、そこに居たのは、先日の森実祭でちょこっと仲良くなった(と俺が勝手に思っている)魚住メバチ先輩だった。


 メバチ先輩は太陽の陽射しにやられたのか、ほんのりと頬を蒸気させていて、そこはかとないエロスを俺に提供してくれていた。


 ありがとうございますっ!




「ワタシはこの近くの本屋さんで、参考書を買いに……。一応、受験生だから……ね?」


「な、なるへそ。お買い物でしたか」

「うん……。そういう君は、ここで一体ナニを……?」




 彼女の落ち着いた口調に、囁くような声量は、うるさいハズの駅前の騒音に負けることなく、スルリと俺の耳に入ってくる。


 メバチ先輩の不思議と耳に残る声音に、若干ドキマギしながらも、俺は誤魔化すように「たはは……」と笑みを溢した。


 ……いやぁ、流石に先輩の目の前で『女の子をナンパしてました♪』とは言えんよ、うん。




「じ、実は俺も近くの書店で参考書を買いに来てましてっ!」

「君も本屋さんへ……?」


「は、はいっ! 少しでも授業についていけるように、この夏は『勉強の夏』にしようかと思いましてねっ!」


「そっか……。夏休みなのに、しっかり先のコトを考えてて、エライね……?」

「い、いえいえっ! 学生としては当たり前のことですよ、ハハッ!」




 千葉県のぼう埋め立て地に存在する、マスコットキャラクターのような甲高い笑い声と共に、適当な嘘をぶっこみながら、ごくごく自然に話題を変えようとした――そのときっ! 


 奇跡は起きた。


 メバチ先輩は「そっか……」と何やら躊躇(ためら)うような仕草を見せると、何故かほんのり耳を赤くしながら、俺の様子を窺うように、こう言ってきた。



「それじゃ、一緒に本屋さん……行く?」

「へっ?」

「その、ワタシ、おススメの参考書とかアドバイスできると思うけど……嫌?」



 瞬間、俺は恥も外聞もかなぐり捨てて、忠誠を誓うように彼女の足下へとひざまずいた。

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