第3話 年上の天使様にいつの間にかダメ人間にされていた件

 俺の溢れ出るフェロモンのおかげか、はたまた夏の魔物のせいかは分からいが、突発的には始まったメバチ先輩との『本屋さんデート』。


 俺は溢れ出る興奮と緊張の両方を抱えながら、メバチ先輩が行きつけだという書店に向かって、彼女と共に歩いていた。



「あそこの本屋さんは品揃えがいいから、きっといいのが見つかる……」

「ほ、ほんとですか? いやぁ、楽しみだなぁっ!」



 メバチ先輩と雑談を楽しんでいる最中も、どこか浮ついている自分を感じる。


 いや、理由は分かっている。


 おそらくコレが、俺が体験する初めての『本気のデート』だからだろう。


 確かに俺は今まで、デリカシーの無さを治すという名目で、芽衣と古羊の2人と数えきれないほどデートを重ねてきた。


 が、それはやはり、どこか『特訓』というイメージが頭の中にあり、純粋に女の子とデートをしたという気分にはなれていなかったと思う。


 だが、今日は違うっ!


 今日は正真正銘、何の策略も謀略もなく、純粋にっ! メバチ先輩とっ! おデートなのだっ!


 チクショウッ! こんなコトならもっとイケてる服装で来るんだった!?


 俺は胸の真ん中に『もやし1号』と書かれた自分のTシャツを見下ろしながら、早くも後悔していた。


 クソッたれめ! なんでよりにもよって、今日はこんなワケの分からんTシャツを着て来たんだ俺はっ!?


 先輩とデートすると分かっていれば、我が1軍選手である最高に知的でクールなナイスガイなTシャツ『I LOVE 虚乳』Tシャツで挑んだというのにっ!?




「??? どうしたの……? やっぱり、迷惑だった……?」

「い、いえいえ、そんなっ!? ただ先輩の服装に見惚れていただけですからっ!」

「えっ……」


「いやぁ、今日の先輩はいつにも増して可愛いですねっ! なんというか、深窓の令嬢みたいでっ!」


「あ、ありがとう……」




 コソッ、と俺から視線を外しながら、口元をもにょもにょさせるメバチ先輩。


 その横で、俺は急ぎ1人反省会を開催し始めた。


 あぁぁぁぁぁっ!? 俺のバカッ!?


 我が大神家が誇る不良債権ふりょうさいけんこと、大神千和おおかみちわ姉君も言っていただろうが!?



『男の言う【可愛い】は、直訳すると【ヤラせて?】って言ってるようなモンだから、安易あんいに使うなよ? ドン引きされるぞ?』――って!



 そりゃ先輩も戸惑うわっ!


 可能なら俺から距離を取ろうとするわっ!


 俺は今、初めて自分のデリカシーの無さを後悔しているっ!


 まだデートが始まって15分しか経っていないのに、もう後悔の嵐である。


 世はまさに大後悔時代っ!



「お、大神くんも、その……カッコいい……よ?」

「先輩、なんで俺から目を逸らすんですから?」



 半疑問形で返ってきたことから、もはやして然るべきである。


 やっぱりゲロダサいですねっ!?


 クソダサいんですね、このファッション!?




「と、ところで……? 大神くんは、普段どんなコトをして過ごしているの……?」


「俺ですか? 俺はそうですね~、アニメ観たり、筋トレしたり、マチマチですねぇ」


「へぇ~、ちょっと意外……。大神くんでも、アニメとか観るんだ……?」


「メチャクチャ観ますよ、俺? とくに最近のイチオシは、教育委員会に真っ向から喧嘩を売っていくスタイルが最高にクールな『私立スク水学園☆ブルマ部』か『桜蘭おうらん高校ソープ部』ですかね」


「あっ、ソレ知ってる……。確か主人公の女性声優さんが出来ちゃった結婚しちゃって、結構話題になったよね……?」




 心が砕けるかと思った。




「……そうですね。ミコリン、結婚しちゃいましたよね……」

「めでたいよね……?」


「全然めでたくありませんよっ!? どうするんですかっ!? デキ婚ですよっ!? おめでたですよっ!? お腹にベイビーが居るんですよっ!? それじゃこれから一体、俺たちのミコリンは、どこから声を出すって言うんですか!?」


「どこからって、えっ……? 普通に声帯じゃないの……?」


「違いますよっ!? ナニ言ってんですかっ!? 女性声優のみなさんは、一部の例外を除いて、全員漏れなく子宮から声を出しているに決まっているでしょ!? 常識でしょっ!?」


「非常識だよ……?」




『お腹から声を出す』って言いたいのかな……?


 と、頭の上に「?」を乱舞させるメバチ先輩を放置して、俺は天下の往来で1人頭を抱えた。




「チクショウッ!? アイドル売りしておいて、デキ婚はねぇだろっ!? そりゃルール違反だろ!? 俺たちはこれから、どんな感情でミコリンを応援すればいいんだよっ!?」


「歌って、踊れて、可愛くて、それでも結婚が許されないなんて、最近の声優さんは大変だね……?」


「そうなんですよ、大変なんですよっ!」




 あの無名の時代から応援していたミコリンが、俺のミコリンが……っ!?


 ヤッベ、思い返しただけで気分が悪くなってきた。おぇっ!?



「ふふっ……」

「??? なんで笑ってるんですか、先輩?」



 笑うところじゃありませんよ、ここ? 


 と、非難がましい視線をメバチ先輩によこすと、先輩は「ごめんね……?」と楽しそうに目を細めながら、ニンマリと笑みを深めた。



「コロコロ表情が変わる君が面白くって、つい……ね?」

「……そんなに表情変わってます、俺?」

「うん……。子犬みたいで、カワイイ……」

「む、うぅ……」



 クスクスと小悪魔チックに笑うメバチ先輩から、こそっと視線を外す。


 何と言うか、リアクションに困るコメントだ。


 男が女の子を【可愛い】と褒めるときは【ヤラせてっ!】と直訳できるが、果たしてコレは男女逆転状態でも通用する理論なのだろうか?


 仮に先輩がそのお淑やかな口から【ヤラせてっ!】と言っているのであれば、俺は何ら躊躇ためらうことなく先輩の唇を奪い『コイツぅ~♪ 今夜は寝かさないぞぉ、ハハッ! ソレッソレッ!』と次世代のビック・ダディとして、歴史に名を刻むところなのだが……う~む?




「そのちょっと困った顔も、カワイイ……」


「うぐぅっ!? あ、あの先輩? あまりその、男の子に【可愛い】を連呼するのも、いかがなものかと?」


「ふふっ。照れた顔もカワイイよ……?」




 う~ん、聞いちゃいないねっ!


 先輩はしきりの俺の顔を覗きこみながら「カワイイ、カワイイ」と連呼し続けた。

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