エピローグ 祭りは続くよ、どこまでもっ!

「おはよう士狼。アタシが眠っている間に、随分とまぁ魚住先輩と仲良くなったみたいで?」

「ねぇ、いつから起きてたのチミ?」

「さぁ? いつからでしょうね?」



 芽衣はゆっくりとベッドから身を起こすと、頭を振りながら、その切れ長の瞳でジロッと俺を睨んできた。ひぇっ!?


 あ、あれれ~? なんでだろう?


 悪いコトは一切していないハズなのに、心臓がドキドキ☆ するぞぉ~?



「まっ、彼女の件については何も聞かないでおくわ。もちろん昨日の爆弾の件も、ね」

「あざまーすっ!」

「お礼なんていらないわよ……イテテ。ねぇ『女たらし』? 今、何時?」



 ……これは、俺が指名されていると受け取ってよろしいのかな?


 頭痛を堪えるように額に手を当てる芽衣が、俺と目を合わせてようともしないので、なんとも不安ではあるが、今、この場には俺と芽衣しか居ないし……。


 よし、ここは勇気を出して1歩踏み出そうっ!



「え~と、今は大体6時過ぎたところかな」

「ふぅぅ~ん? 士狼は自分のことを『女たらしクソ野郎』だって思ってるんだぁ。へぇ~、そう」



 チクショウ、引っかけだったわ。クソがっ!


 言葉に悪意という名の武装色を纏わせながら、芽衣が小さくため息をこぼした。




「ハァ……。ただのモテないマッチョかと思えば、蓋を開けてみれば天然の『女たらし』とは。ほんと質が悪いわ……。今まで何人の女を、その手腕でたらしこんできたのかしら?」


「言葉のチョイスに悪意を感じる……」



 だいたい俺が本当に女たらしなら、今頃神様の手違いにより、スマートフォン片手に奪った玉座で女の子をはべらかしている所だわ。


 なんとも納得がいかない難癖に、俺が反論するべく近くの椅子に腰を下ろした。


 が、俺が反論するよりも先に、芽衣はその瞳から剣呑の色を取り除き、代わりに不安に満ちた瞳で俺を見据えてきた。




「冗談はさておき……ねぇ士狼? 結局、ミスコンはどうなったの? 洋子や他のみんなは? 無事なの? あのOBの先輩や実行委員の男の子たちは? それから――」


「待て待て、落ち着け? ちゃんと全部話すから、な?」

「うん……」



 芽衣は小さな子どものようにコクリッ、と頷くと、不安そうに俺の手をギュッ! と握ってくる。


 クソ、可愛いなコイツ?


 珍しく素直に返事をする芽衣に、ちょっとだけ胸が高鳴ったのはナイショだ。




「さて、どこから話そうかな? ……っても、その様子だと大体のことは把握しているっぽいな」


「えぇ、大体は。……とは言っても、ほとんど断片的なことだけだけどね。睡魔と闘うのに必死で、上手く頭が回らなかったし」


「そっか。ならどこまで覚えてるよ?」

「士狼がドアを蹴破ったところまで、かしら」




 そこまで知っているなら、話は早い。


 俺は裏ビデオの件を隠しながら、今回の事件のザックリとした概要を、芽衣に語り聞かせ始めた。



「単刀直入に言えば、今回の主犯は3人。名前は『一色誠』『双葉宗助』『三条スバル』。2年前、森実高校ウチを卒業したOBの男たちだ。昨日、喫茶店で会ったやから共だな。あいつら、少し前にもミスコン出場者を強力な睡眠導入剤入りのアロマを使って熟睡させたのちに、レイプし続けていたらしい」



 そんなOBたちにそそのかされた今期の実行委員の男どもは、迸る性欲に負けて、一色たちに協力しちまったんだとよ、と俺は続けた。


 芽衣はようやく合点がいったのか「なるほどね」と、しきりに頷いてみせた。




「じゃあアタシたちが急に眠たくなったのは、そのアロマのせいだったのね。それで? 今回の件に関わった男の子たちは、どうなったの?」


「一応は学校側に伝えてはいるが、今はまだ何も……というか手出しが出来ねぇ」

「手出しできないって、なんで?」



 宝石のように輝く瞳が、まっすぐ俺を捉える。


 俺はそんな彼女の瞳からフイッ、と視線を外しつつ、ポリポリと頬をかいた。


 その仕草だけで何かを察したのだろう、芽衣は「士狼?」といぶかしげな瞳を俺に向けてきた。




「あぁ~……その、さ? 詳細は伏せるけど、実はミスコンの出場者の中に、九頭竜高校の関係者が居ましてね? それで、えっと……」


「――あぁ、なるほど。そういうことね。もう分かったからいいわよ士狼」

「へっ? あ、あの? ま、まだ俺何も言ってないんですけど?」



 恐る恐る芽衣の顔を見上げると、ようやく本調子に戻ってきたのか、芽衣はいつもの冴えわたる頭脳を駆使して、あっさりとした口調でこう言った。



「おおかた全員、1年の大和田信菜さんのお兄さん率いる九頭竜高校の男たちに連れて行かれて消息を絶っているから、事情を聞こうにも、どこに居るのか分からないとか、そんなんじゃないの?」



 違う? と首を傾げる芽衣。


 相変わらず察しが良すぎて怖い……。


 そのうちコイツ、未来のことも予知し始めるんじゃねぇの?



「それでまぁ、少々やりすぎてしまった士狼は、学校側の温情として、反省文程度で済ませてもらっているといったところかしらね」


「マジでなんで分かるのおまえ? タイプ:エスパーなの?」



 それとも絶対的な可憐なチルドレンなの?


 確かにお胸のサイズはチルドレンだけどさ!


 と余計なことを口に挟まうとする俺よりもはやく、芽衣が「ソレ」と俺のポケットに入っていた1枚の紙切れを指さした。



「士狼のポケットから見えている反省文の紙を見れば、誰だって分かることよ。そんなことよりもミスコンよ。結局あのあと、どうなったわけ? ……って、まあ大体のことは予想できるけどね」



 自嘲気味な笑みを浮かべる芽衣に、俺も肩を竦めてみせた。




「お察しの通り、今回のミスコンは中止。代わりに急遽きゅうきょ、有志で集めた生徒達による『第1回 森実高校のど自慢大会』へとシフトチェンジ、そこでアマゾンが同じクラスの相沢とコンビを組んで出場。1年生女子に告白して玉砕。結果、何故か相沢に彼女が出来るというミラクルが発生した」


「いやそこまで察してはないわよ……。というか、アタシが眠っている間に、三橋くんの身に一体ナニがあったのよ?」




 頬を引きつらせる芽衣の傍らで、俺はアマゾンのあの勇姿を思い出す。


 体育館のステージの上で、真剣な表情を浮かべて求愛のポーズを取るアマゾン。


 その真横で、何故か薄汚れたブリーフ一丁で誇らしげに仁王立ちしている相沢。


 う~ん、今思い出しても、最高に胸が熱くなる一幕だったぜ。


 俺だったら死んでもこんな状態で告白なんかされたくないけど、女子生徒――田坂たさか胡桃くるみちゃんはそうでもなかったらしく、うっとりした表情で、




『三橋先輩とだったら死んでも嫌だけど、相沢先輩ならいいですよ♪』




 その次の瞬間、相沢が真剣な眼差しのまま一張羅いっちょうらのブリーフを脱ぎ去り、すっぽんぽんのまま大声で「よろしくお願いします!」と叫んだ。


 途端に体育館を割れんばかりの歓声が包み込み、五月雨のごとく拍手が3人を優しく祝福した。


 とくに会場に居る野郎共が、涙を流しながらスタンディングオベーション。


 田坂ちゃんはステージの上にあがり、相沢の頬にチュッ♪ と、お子様キッスをひとつ。


 その隣で魂が抜けきった状態のアマゾンが、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしている最高にハイな有様であった。


 このとき俺は、アマゾンという神に選ばれた男の才能に、嫉妬すら覚えたね。


 すごい、すごいやアマゾンッ!


 相沢はよく『はぁ~、羊飼さんは今日も綺麗だなぁ。控えめに言って、結婚したい』とか戯言ざれごとをほざいていたが、アレがただの冗談であることをアマゾンは見抜いていたんだ。


 それどころか、ここ最近アマゾンが『そう言えばオレ、この間、1年生の田坂胡桃ちゃんとちょっとお話したんだよね……。そしたらさ、少し好きになっちゃった』とか言っていたが、アレはきっと相沢の恋心を刺激するために放った台詞に違いない。


 生まれながらにしてたぐいまれなるセンスと才能を持った、一握りの天才が起こした、神の御業みわざとしか思えない奇跡。


 すごい、本当にすごいぞアマゾンッ!


 そりゃそれだけ神経を使えば、ステージの上で気絶ぐらいするわなっ!




「いや三橋くんの話はどうでもいいのよ……。アタシが知りたいのは『洋子たちはどこへ消えたのか?』ってことよ」


「それこそ心配すんな。あいつらなら無事だよ。おまえと違って襲われた記憶はないから、みんなケロッとした顔をしてたよ。だからミスコンの代わりに、のど自慢大会に出てもらった」


「そ、そう……。いや無事ならいいのよ、無事なら」




 ほっ、とメガドラ●ブのようにギガ盛りされた虚乳を撫で下ろす芽衣。



「ちなみに古羊は芽衣の代打として、のど自慢大会に参加してもらった」



 そんでもって、と俺の言葉を継ぐようにバンッ! と勢いよく保健室の扉が開いた。


 扉の先に居たのは、ミスコン優勝者に送られるハズだった王冠とトロフィーを手に持った爆乳ギャルが、大きなお目目をグルグルと回して突っ立っていた。




「し、ししししし、ししょーっ! ししょーっ! ど、どどどどどっ、どうしようっ!? ぼぼ、ぼ、ボクッ!? 優勝しちゃったよぉぉぉぉぉっ!?」


「――と、まあこういう結果になりましたわ」

「……なるほど、ある意味ハッピーエンドね」



 ミスコンで使う予定だったピカピカの王冠を頭に乗せながら、オロオロと狼狽うろたえている親友の姿を前に、どことなく嬉しそうに苦笑する女神さま。


 古羊はそんな女神さまと目が合うなり、パァッ! と顔を輝かせて、子犬のようにトコトコとすり寄ってきた。



「め、目を覚ましたんだねメイちゃんっ! よ、よかったよぉ~っ!」

「もう洋子ったら、心配し過ぎよ」



「だってぇ~」とポロポロと涙を溢す古羊の目元を、取り出したの超パッドで優しく拭ってやる芽衣。


 そんな2人を眺めながら、俺は『いや、なんでパッドなんだよ? ハンカチは?』というツッコミをグッとこらえ、古羊の頭の上にちょこんと乗っかっている王冠へと視線を動かした。


 いやぁ、それにしても古羊にあんな才能があっただなんて、驚いたよなぁ。


 まるで天上の歌声とでも言うべきか、アマゾンたちのときとはまた違ったベクトルで、体育館が揺れたもんなぁ。


 審査員の先生がたも大絶賛していたし、何よりその場に居た生徒たちが満場一致で古羊に投票していたのは普通に凄かった。


 これでコイツも芽衣と同じく高嶺の花子さん、いやギャル子さんデビューをしたというワケだ。


 う~む、友人として誇らしい気分ではあるが、ちょっと寂しいかな?


 この気持ちを例えるならアレだ。


 アイドルのライブの後方で壁に背を預けながら、昔の彼氏面しつつ彼女たちを遠巻きに見守り、えつに入っているファンの気分と言えば、分かってもらえると思う。


 ありもしない俺と彼女たちの日々を思いだしながら、しかしソレはとうの昔に失われたことを自覚しつつ自嘲気味に微笑む俺。


 涙で滲む視界、それでも彼女の声だけはハッキリと聞こえて……あぁ、分かってる。大丈夫だ。1番うしろの席でちゃんと見てるよ。


 自分の居たい場所で輝く彼女は、あの頃よりも数倍輝いて見えて……あれ?


 俺、なんの話をしてたんだっけ? 


 思考の着地点を見失った俺を助けるかのように、スピーカーから今年の森実祭の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。



「あっ、森実祭、終わっちゃったね……」

「なんで祭りの後って、こんなに寂しい気持ちになるんだろうな?」



 ね? と、しんみりし始めた古羊と頷き合っていると、芽衣がベッドから下りて、その嘘で塗り固められた乳をぷるん♪ と大きく揺らしながら、軽く背伸びをした。



「んんん~っ! さて、と。身体も動くようになったし、アタシたちも行きますかっ! ねっ、2人とも?」

「行くってメイちゃん、どこへ?」

「片付けなら、明日の午前中だぜ?」



 再び古羊と2人仲良く首を捻っていると、そんな俺たちの姿がツボに入ったのか、プっ! と芽衣は小さく吹き出した。


 その姿を見て、さらに首を傾げる俺たち。



「忘れたの2人とも? このあとは後夜祭でしょ?」

「後夜祭……あっ! そ、そうだった! すっかり忘れてたよぉ!」

「あぁ、あの校庭でたき火の周りを、盛った男女がお手々繋いで踊り狂う、野蛮極まりないアレか」

「言い方に悪意を感じるわね……。また何か嫌な思い出でもあったの士狼?」



 いや別に、嫌な思い出というモノはない。


 ただ2度と思い出したくない思い出というだけで。


 ほんと思い出したくもないのに、思い出してしまう去年の後夜祭。


 何故か俺と組んでくれる女の子がおらず、ずっと元気とアマゾンの3人と一緒に、オクラホマミキサーを踊り続けた淡い恋の記憶……じゃねぇなコレ。


 今思い返してみても、ロクな記憶じゃねぇや。


 というかあれ?


 学校のイベントで、良い思い出なんて何もなくない?


 お、おやおやぁ?


 もしかして俺の青春、灰色モザイクですか?


 なんて考えていると、芽衣の両手が古羊と俺の手を掴んだ。



「ほら、行くわよ2人とも! 眠っていた分の遅れを取りもどさなきゃね!」

「ま、待ってよメイちゃ~んっ!?」

「ちょっ!? 俺はもう少し休憩したいんですが!?」



 だ~め♪ と至極楽しそうに保健室を後にする芽衣と俺たち。


 芽衣に引っ張ってもらいながら、俺と古羊は賑わいはじめた校庭に向けて廊下を駆けるのであった。

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