第26話 ターゲットは古羊洋子……?
森実高校OBたちによる裏ビデオ作成未遂事件から、軽く8時間は経とうとしていた保健室の一角にて。
時刻は午後6時少し前。
茜色の光が窓から差し込み、ほんのりと幻想的な雰囲気の中、俺はベッドの上でいまだ寝息を立てている芽衣の傍に椅子を持って来ては、腰を下ろして彼女が起きるのをジッと待っていた。
そんな俺の横のすぐ真横を、どういう気まぐれが、何故か鷹野が陣取って、つまらなさそう顔をして芽衣の顔を覗き込んでいた。
「なかなか起きんのぅこの女、なぁ喧嘩狼?」
「つーか、なんでおまえまで居るわけ? 大和田の兄様はどうしたよ?」
「ノブなら
そう言ってハードゲイは、ごくごく自然に俺のB地区へと手を伸ばしてくるので、コバエを叩き落とす要領でヤツの手を弾いていく。
もう既にヤツが俺のB地区へと手を伸ばす回数は、優に2ケタを超えていた。……怖ぇよ。
「なら、おまえもソッチに行けばいいだろうに。ここに居てもつまらんだろう?」
「そうしたいのは山々なんやが……どうしても喧嘩狼に伝えたいことがあってのぅ」
珍しく勃起していない――いや、ほんのりしてるな。ケダモノか、こいつ?――鷹野が急に神妙な眼差しで俺を見据えてくる。
俺に伝えたいこと?
なんだろう? 『今日はフル勃起してないんだぜ?』っていうご報告か?
いや、何でいちいち俺にお伺いをたてるんだよ?
俺はテメェの母ちゃんか?
だが鷹野が口にした台詞は、まったくもって俺が意図していない言葉であった。
「なぁ喧嘩狼……ワシとチームを組まへんか?」
「はぁっ? チーム?」
なんの? と俺が訊ねるよりもはやく、鷹野は唇の端を軽く引きあげながら笑った。
「そうや! 誰にも縛られず、自由な喧嘩屋集団をワシと一緒に作らへんか? ワシと喧嘩狼なら、必ずこの森実どころか、全国を制覇することができるぜよ!」
「……自由な喧嘩屋集団、ねぇ」
喧嘩屋集団というだけで、もう自由でも何でもない気がするんだけど?
あまり乗り気ではない俺の表情を
「悪い話ではないとは思うんやがのぅ。なによりも、これは喧嘩狼のためでもあるんやで?」
「俺のため? いや別に、俺は『全国制覇したい!』とか、そんな蛮族めいた欲望なんざ1度も望んだことねぇけど?」
なに言ってんだコイツ? といった視線を鷹野に向けると、鷹野は「まぁ話は最後まで聞けや」と苦笑を浮かべた。
「ワシはこれでも、九頭竜高校の頭を張っている男やで? そんなワシを倒したとあっちゃ、全国のバカどもが黙っているワケがあらへん。きっと喧嘩狼の首をとるために、躍起になるハズや。そうなりゃ、今のような生活はもう出来んぜよ?」
「えぇ……超迷惑なヤツじゃん。それクーリングオフとか出来ないわけ?」
出来ないなぁ、と小さくごちる鷹野
おいおい、始める前から諦めるんじゃないよ。
もっと熱くなれよ!
俺の心の中で、テニスラケットを持った太陽の化身が叫んでいると、鷹野は「それで、どうする?」と試すような視線を俺に向けてきた。
どうするもこうするも、俺の答えは最初から1つに決まっている。
「ワリィけど、その話はパスだな。喧嘩屋集団でも何でも、テメェらで勝手にやってりゃいいさ」
「……ほんとにええんか? 今のままじゃ、きっとこの先、苦労するぜよ?」
「どっちにしろ、おまえらの言うチームに所属したところで、苦労するのは変わりねぇだろ? だったら俺は、今したいことに全力を注ぐね」
「今したいこと?」
なんやソレ? と尋ねてくる鷹野の目をまっすぐ見据えながら、俺はニカッ! と笑みを深めて言ってやった。
「もちろんマイスィートハニーを作ることに決まってんだろ?」
そう、俺は彼女を作ることに忙しい身だ。
喧嘩屋集団だかなんだか知らんが、俺には関係ないね!
と肩を竦めてみせるなり、何故か鷹野は「くっくっくっ」と喉を震わせた。
「くっくっ! さすがは『西日本最強の男』喧嘩狼っ! 喧嘩よりも女が大事ってか?」
「あたりめぇだろ。こちとら健全極まる男子高校生だぞ? むしろ女の子以上に大事なモノが、この世に存在すんのかよ?」
性欲の塊である男子高校生に、ガールフレンドを作る以上の大事なことがあるとは思えない。
むしろ彼女以外に大事なモノなんて無いとさえ言える。
なんてことを考えながら、自信満々に胸を張っていると、鷹野がスクッ! と立ち上がった。
「なんだ、もう行くのかよ?」
「おう。聞きたいことは、聞けたからのう」
そう言って鷹野は大きく背伸びをする――ように見せかけて、またもや俺のB地区へと手を伸ばしてきたので、コレを全力で迎撃する。
チッ、と忌々しげにつぶやきながら、叩かれた手を愛おしそうに抱きしめる鷹野。
だから怖ぇよ……。
「そうや、ついでに面白い情報を教えてやるぜよ。あっ! 面白いと言っても、ワシのスリーサイズの情報やないで? んもぅ、喧嘩狼のえっちぃ~❤」
「しゃらくせぇ……」
もう帰ってくんねぇかなぁ、コイツ……。
心の底から出た我が魂のため息を無視して、ハードゲイが聞いてもいないのに、勝手に喋りだした。
正直、聞き流そうかと思ったが……鷹野の発言があまりにも
「なんで喧嘩狼が一緒につるんどるんかは知らんが、あの脂肪の塊、確か名前は……古羊洋子やったかな? この先、苦労しとぅないんやったら、あの
「言い方に悪意を感じる……。なんで?」
「どういう理由かは知らんが、あのメスブタ――ワシらの間で懸賞金がかけられとるで?」
「……はっ?」
鷹野の言っている意味が分からず、思わず間の抜けた声が保健室に転がった。
なに言ってんだコイツ?
懸賞金?
誰の?
古羊?
頭の中に乱舞するクエスチョン・マークを言語化する前に、鷹野は『話の続き』と言わんばかりに、言葉を紡いでいく。
「懸賞金をかけたチームは、今、関東で1番ノリに乗っ取る『北斗連合(ほくとれんごう)』の総長や」
「ほくとれんごう~? なにソレ? 絶対に総長の名前『ケン●ロウ』だろ?」
「いや、名前は確か『レイ』やったかな?」
「あぁ、南斗●鳥拳の方だったか」
絶対そいつら、武●尊先生のこと大好きだろ? 俺も大好き♪
ただ合わせるなら『北斗連合』じゃなくて『南斗連合』にして欲しかったな!
「『北斗連合』――ここ数カ月で一気に頭角を現してきた喧嘩屋集団や。
「何でそいつら古羊を狙うんだよ?」
「それは分からんぜよ……。ただまぁ、総長が血眼になって探し回っとるって話や。多分、よっぽどのコトがあるんやろうなぁ」
そう言って鷹野はスマホを取り出すと、どこかのホームページの画面を俺に見せてきた。
そこには、おそらく隠し撮りしたであろう中学時代の芋臭い姿をした古羊の写真と、賞金の金額が書かれていて……。
「えっ、100万? 賞金100万円!? マジで!?」
「ただし、ケガをさせたらその限りではないらしいぜよ」
そう言って、小さく書かれた注意書き分の内容を指さす鷹野。
マジで賞金かけられてるよ古羊……一体ナニをしたんだよアイツ?
あと何気に【わたあめ大好きチョ●パー】よりも賞金が高い、すげぇっ!
「というワケやさかい、付き合いは考えた方がええで?」
じゃあな、ポケットにスマホを仕舞いこみながら、保健室を後にする鷹野。
あのハードゲイめ、最後にとんでもねぇ爆弾を投下して行きよってからに。
「この賞金のこと、古羊は知ってんのか?」
いや多分知らねぇだろうなぁ。
知っていたら、もっと慌てていると思うし。
今後の厄介事の種が増えて、思わずため息がジェットエンジンが如き勢いで飛び出していきそうになるのをグッと堪えていると、
――コンコンッ。
と、控えめに保健室の扉が叩かれた。
誰か来たみたいだ、と思い振り返ると、1拍置いてドアが開いた。
そこには3年生の示す色をしたネクタイを締め、前髪で顔を隠している女子生徒が、所在無さ気に立っていた。
「失礼します……」
「あれ、メバチ先輩じゃないっすか? どったんすか? 俺に会いに来てくれたんですか?」
「いや、その……会長の様子はどうかなと思って」
そう言ってコソッと俺から視線を外しつつ、心配そうにベッドの上で横になっている芽衣を見つめるメバチ先輩。
う~ん、なんだか警戒されている気がする。って、まぁ無理もないか。
大和田の兄上から、メバチ先輩が2年前の裏ビデオに出演していたという話しを聞いた時点で、あらかた予想できたことだ。
これは勝手な俺の推察でしかないのだが、多分、この人は古羊以上に男が苦手なのだ。
それはきっと……いや、よそう。
俺はゲスな勘繰りをしそうになる思考を断ち切るように、腰を上げた。
「俺、ちょっと飲み物買ってきますんで、10分ほど席を外しますね?」
「あっ……」
そう言ってメバチ先輩の横を通り過ぎようとして、
――ぎゅっ。
と制服の裾を掴まれた。
「へっ?」
「あ、あの、その……」
メバチ先輩は古羊のようにしどろもどろになりながら、金魚のように必死に口をパクパクさせていた。
……なんかウチのわん
なんて妙な親近感を覚えていると、メバチ先輩は覚悟を決めたように、俺の裾を握る手にさらに力をこめた。
「……なんで、何も聞かないの?」
「えっ? な、何がですか?」
聞く?
なにを?
スリーサイズを?
えっ、聞いてもいいの!? マジでっ!?
混乱する俺をよそに、メバチ先輩は捨てられた子犬のような瞳で、俺を見据えながら。
「……爆弾のこと。気づいてるんでしょ?」
「あっ? あ、あぁ~っ! ソレですかっ! はいはい、爆弾ですね」
あ、あっぶねぇ~っ!?
全力で明後日の方向へ勘違いするところだったぁ~っ!?
ギリギリ紙一重で失態を回避しつつ、内心の動揺を悟られないように、無理やり顔に笑顔を貼りつけた。
「『アレ』はテンションが上がった俺が用意した、ちょっとしたサプライズみたいなモンですから、先輩は関係ありませんよ」
「えっ? そ、それは違っ!?」
「違いません。先輩はあの爆弾とは一切関係ありません」
「で、でも……」
何かを言い
そんな彼女の言葉を遮るように、俺は先輩に向かって小さく頭をさげた。
「助かりました、先輩。先輩の助言のおかげで、大切なモノを失わずに済みましたよ。ほんとありがとうございます」
「……それで、いいの?」
「はい、これでいいんです」
メバチ先輩の顔を見ながら素直に頷く。
そうだ、コレでいい。
『なんで彼女が爆弾を作ったのか?』だとか『なぜ森実祭を中止させようとしたのか?』だとか、
正義の反対はまた別の正義、と誰かが言っていたように、先輩には先輩なりの正義があり、信念があったのだろう。
その信念は、俺と重なる部分も何となくあるって分かるから……だから、いい。
これでいい。
「今まで1人でお疲れさまでした、先輩」
「あっ……」
俺がそう言った瞬間、先輩の首筋が赤くなると同時に、何故かベッドの方から『ギチリッ』と嫌な音が聞こえてきた。
芽衣が寝返りでも打ったのだろうか?
とりあえずベッドの方まで引き返そうと、身を
見ると、前髪で顔が隠れていてよく分からないが、先輩の耳は熱した鉄のように、これでもかと赤くなっていて……えっ?
大丈夫ですか先輩?
どことなく熱っぽい、ぽけーとした瞳で見られている感じがして、何とも居心地が悪いんですけど……?
「お、お礼……」
「へっ? お礼?」
「そう、お礼……。お礼させて……?」
熱に浮かされたように、フラフラと俺との距離を詰めてくるメバチ先輩。
そんな先輩の姿がちょっとだけ怖くなり、自然と1歩後退してしまう。
が、俺が後ろに下がった分だけ、メバチ先輩もまた1歩と距離を詰めてくる。
「君の言うことなら、なんでも聞いてあげるから……。お礼、させて? ……ダメ?」
そう言って、先輩はどこか甘えるような視線を俺にぶつけてきて……えっ?
なんでも?
なんでも言うコト聞いてくれんの?
マジで?
なら、とびきりエロいお願いを1つ――
「ぅうん……」
「ッ!?」
――叶えてもらおうとした矢先、ベッドの方から芽衣の寝言だが呻き声だか分からない声が、ハッキリと聞こえてきた。
その瞬間、お股に仕込んだローターを突然ONにされた女子校生のように、メバチ先輩の身体がビックーンッ!? と震えた。
先輩は慌てて掴んでいた俺の制服の裾を離すと、あわあわ!? と無意味に両手で空中をかき回しながら、1歩俺から距離をとった。
慌てふためくメバチ先輩の姿は、俺の知っているなんちゃってギャルの姿と瓜2つで、ちょっとだけほっこり♪ した。
「きょ、今日は用事があるから帰る……けどっ! お礼は絶対にするから……っ!」
それだけ言い残すや否や、俺の返事を聞くことなく、ぱぴゅ~っ! と廊下を駆けて行ってしまうメバチ先輩。
う~ん、去り際まで古羊とソックリとは、恐れ入りました先輩。
なんて心の中で1人賞賛の言葉を送っていると、ベッドの方から「やっと行ったわね」と不機嫌極まりない声が、小さく保健室に反響した。
……なんだか嫌な予感がするなぁ。
俺は恐る恐る芽衣の居るベッドの方へと引き返すと、そこには案の定、目を覚ました生徒会長殿の姿があり……その、なんだ?
すげぇ不機嫌そうな目で、俺を睨んでいた。
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