第23話 魚住メバチは失敗した

 とりあえず制服に着替え終えた俺は、鷹野のスマホをボッシュートしつつ、森実高校へ続く坂道を大和田の兄者と共にせかせかと登っていた。



「裏ビデオの製作の主要人物って、確か森実高校ウチのOBだよな? 何人居るの?」

「昨日確認した限りですと、リーダー格の『一色誠(いっしきまこと)』『双葉宗助(ふたばそうすけ)』『三条(さんじょう)スバル』の3人ですね」

「この3人、その道ではかなりの有名人らしいで?」



 俺の背後を陣取りながら『なんでこう、喧嘩狼のお尻が魅力的なんや……世界遺産か、コレ?』と、うっとりつぶやいていた鷹野が、話に割り込んできた。




「なんでも、女遊びが酷い3人らしくてのぅ。奴らの通う大学でも、悪名が轟いておったわ。ただ、調子に乗ってヤクザの女に手を出してしまったのが運の尽き。あの3人、とんでもねぇ額の借金を抱えているぜよ」


「ここから先はわたくし達の推測なのですが、借金で首が回らなくなったがために、かつての古巣で、再び裏ビデオを作成して、お金を稼ごうとしているのではないのでしょうか?」


「なるほど。自分たちの保身のために、女の純情を勝手に売りさばくのね」




 おいおい、マジかよ?


 予想の100倍くらいクソ野郎共じゃねぇか。


 話を聞くだけで、不快感がせり上がってくる。


 まったく、スカ●ロプレイにだって対応可能な俺に不快感を与えるなんて、相当だぞ?




「そのヤリチンクソ野郎共の見た目って、どんなのさ?」


「そうですね。わたくしも自分の目で見て確認したワケではないので断定は出来ませんが、運よく昨日、タカさんが例の3人を目撃しています」


「ワシに任せるぜよっ! 3人のケツの張り具合は完璧に暗記したさかいっ!」



 そう言って、どやぁ! と得意げな顔を浮かべる鷹野。


 この男が男のケツを見間違えるとは到底思えないので、おそらく信じてもいい情報なのだろう。


 だが残念なことに、今、俺が聞きたい情報はそんな汚い情報じゃない。




「ケツじゃなくて、見た目の特徴を教えてくれ。ソレで判別できるのは、おまえか『しみけ●』さん位なモンだぞ?」


「むっ、しょうがないのぅ。ノブの話を聞く限りやと、茶髪でおかしがいのありそうなガタイのいい男は『一色誠』。ケツにボールペンを刺しこむと【アーッ!?】と伝説の鳴き声をあげそうな男が『双葉宗助』。ヒョロヒョロだったから特に興味のない男が『三条スバル』や」


「すげぇ、『一色』の茶髪以外なんの情報もねぇ」





 もはや後半に至ってはコイツの感想である。


 ほんとコイツと接していると、人類がいかに邪悪で醜悪な生き物なのか、考えずにはいられないぜっ!


 1人小さく身体を震わせながら肛門――違う。校門をくぐり、人気を躱すように校舎裏の方からひっそりとミスコン参加者の控室と化している会議室を目指していく。




「なぁ喧嘩狼? なんでこんなコッソリ移動するんや?」


「校舎内の会議室周辺は、臨時で雇った警備員が居て、生徒会役員だとしても通してもらえないの。だから、こっそり近くの男子職員トイレから侵入して、中に入る必要があるワケ。どぅー、ゆー、あんだーすたんど?」


「だ、男子トイレってそんな……ワシを誘っとるんか?」


「誘ってねぇよ! おいバカっ!? 尻に手を伸ばすな、はっ倒すぞ!?」


「お、押し倒すっ!? そ、そんな……なんて漢らしい大胆発言なんや❤ 惚れるっ!」


「だから言ってねぇよ! 戸田奈●子でももっとマトモな翻訳するぞテメェ!?」

「2人とも……お願いですから、もう少し静かに――んっ?」




 鷹野がズボンの上からでもハッキリと分かるほどモッコリしていると、その横を歩いていた大和田の兄様が突然足を止め、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。



「どうしました、お兄様? あの日ですか?」

「どの日ですか? ……今、女性の悲鳴のようなモノが聞こえた気がしましてね」



 幻聴でしょうか? といぶかしげに眉をひそめる、お兄たん。


 女性の悲鳴?


 それは黄色い声援とか、そういった類のヤツで?


 と、口にするべく一瞬だけ沈黙した瞬間。



『離――てっ! ――の――たいっ!』

『静か――しろっ! おい――さえろ』

『お、おうっ!』



 微かに男女の口論するような声が、俺たちの鼓膜を震わせた。



「なんか、発情期の猫の声みたいなモンが聞こえるのぅ」

「ちょっと行ってみましょうか?」



 大和田の兄貴を先頭に、俺たちはかすかに声のする武道場の裏へと足を進めた。


 だんだんと男女の口論の内容が鮮明になっていき、なにやらドッタンバッタンと大騒ぎしている音さえ聞こえ始める。


 う~む? なにか劇の練習でもしているのだろうか?


 そんなことを考えながら、3人でひょっこり顔を出しながら武道場の裏へと行ってみると、そこには。



「むぐぅぅぅぅっ!? んん~~~っ! んん~~~っっ!?」

「オラ、暴れんな! また痛い目をみるぞ!? 長崎、コイツの手足を押さえろっ!」

「了解。ったく、手間かけさせやがって」



 武道場の裏、そこには――口元をガムテープで封じられた女子生徒が、2人の男子生徒に身体を押さえつけられている光景が目に飛び込んで来た。



 おそらくネクタイの色からして、全員3年生なのだろう。


『痴情のもつれ』か何かは知らんが、敵意の籠った涙目の女子生徒の視線が、2人の男子生徒の身体を射抜いていた。


 男子生徒は悪役めいた笑みを浮かべていたが、傍から見ていると、どこか無理をしているような気がしてならない。


 本物の悪役染みた笑みというのは、今、女子生徒の方を見るフリをして、俺の背後に素早く移動し「ほほぅ? 鍛え抜かれた大臀筋がズボンの上からでもハッキリと浮き出ておるわぃ、いっしっしっ!」とつぶやいてる鷹野のニタニタ笑いのコトを言うのだ。



「それで? コイツどうするよ、柴田?」

「とりあえず、一色さんに連絡して指示を仰ごうぜ?」



 そう言って、ポケットからスマホを取り出そうとする柴田と名乗る先輩。


 そのスマホを大和田の兄者が後ろから、


 ひょいっ!


 と奪い取った瞬間、3人の瞳が今にもこぼれんばかりにギョッ!? と見開かれた。


 とく女子生徒の方は、俺を凝視しながら、まるで幽霊にでも出会ったかのようにビビりちらしていて……はっは~ん? なるほどな。


 さては俺に惚れたな?




「お楽しみ中のところ申し訳ありません。少々お時間よろしいでしょうか? 先ほど『一色』という方に連絡をとろうとしていたみたいですが、それは『一色誠』という男で間違いないでしょうか? もしそうなら、彼について知っていることを教えていただけませんか?」


「頼むわ、ワシらちょ~っと困ってんねん。あっ、別にキサンらが、そこのめすをどうこうしようが、ワシらは興味ないさかい。そこまで怖がらんでええで?」


「く、九頭竜高校の大和田と鷹野……っ!?」

「な、なんでここにっ!?」



 可哀そうなくらい血の気が引いた青い顔で、大人のオモチャよろしくガクガクブルブルと震えだす長崎先輩と柴田先輩。


 その様子がどこか挙動不審で、傍から見ていて心配になるレベルだ。


 まぁ男の子の様子がおかしいときは、お尻にローターを仕込んでいると相場が決まっているもの。


 俺はとくに気にすることなく、やんわりと先輩たち2人を押しのけながら、女子生徒のガムテープを外してやった。


 ちなみに余談だが、女の子が股間にローターを仕込んでいると分かったら、絶対にスルーなどせず、それをネタに無償で欲求不満解消のお手伝いをするのがまことの紳士らしいよっ!


 ソースはエロマンガ。


 ほんとあの世界の童貞は、性欲というか行動力が溢れすぎていて凄いと思う。


 現実の童貞は男の前だと強気に出られるが、女の子を前にすると、ダンゴ虫が如く身を縮めてモジモジするからね?


 逆に『あぁ~、最近性欲ないわぁ~』とか言いながら女の子を避けていくからね?



「大丈夫ですか先輩?」

「――ぷはぁっ!?」



 前髪で顔が隠れている女の先輩の口元を解放しながら、脳内データファイルから彼女の名前を検索する。


 森実高校の女子生徒の名前なら、特徴と共に全員暗記している。


 前髪が長くて、顔の半分を覆っている生徒は全校で40人。


 その中でも気弱そうな表情に宿る、意志の強そうな瞳をした生徒は15人。


 さらにその中でも高校生離れしたムチムチとした色香を醸し出す生徒は……と、そこまで検索して1人の女子生徒の名前が脳内に浮かび上がった。



 3年G組、出席番号3番――魚住うおずみメバチ先輩だ!



 メバチ先輩と言えば、芽衣や古羊には劣るモノの、毎月変動するゲリラ新聞部が発行する森実新聞において『森実高校美少女ランキング』2年連続第7位を獲得しているトップランカーである。


 入学当初から「お近づきになりてぇなぁ……」とひっそり思っていた先輩と、こんな形でお話することになろうとは。


 と、とりあえず、サイン貰おうかな!?


 ひっそりと浮き足出す俺を尻目に、メバチ先輩は唇をブルブルと震わせ。



「あ、ありがとう……。と、ところで、なんで生きてるのキミ……ッ!?」



 俺への感謝と罵倒を口にしながら、驚いたような声をあげた。


 どうやら彼女の中では、俺はこの世に存在しない人間らしい。


 そこで優秀な俺はピーンッ! ときてしまった。


 はっは~ん、なるほどな。そういうことか。


 こいつはとんでもねぇセンチメンタル・ラブストーリーだ。


 つまり真実はこうだっ!


 実は俺はこの数日前に、身をていして彼女を交通事故から助けた結果、もう既に亡くなっているに違いない。


 でも楽しい学園生活を送りたかったという俺の未練が、魂を幽霊に変え、下界にとどまらせているのだ。


 そして、ひょんなことから俺の姿が見える彼女の前に現れて、ラブストーリーは動き出すってところか。


 おそらく俺たちはこれから恋に落ち、両想いになった途端、俺の未練が取り払われて、成仏してしまうに違いない。


 せっかく結ばれたのに……こんなコトなら恋なんてしなければよかった、そう言って涙で顔をグシャグシャにする彼女に、俺は天にされながらこう言うのだ。




 ――ありがとう先輩。俺、先輩に出会えて、幸せでした!




 そこで彼女は気づくのだ。


 別れは確かに悲しい。


 でも、それ以上のモノを俺と彼女は手に入れているのだと。


 ソレに気づいた彼女は、泣きながらも、明日も強く生きて行こうと決めるのだった。




 俺の好きだった笑顔と共に。




「――みたいな感じで、俺と先輩のラブストーリーが始まるんですね? 分かります」

「いや、始まらないよ……?」



 ナニ言ってるの? と、何故かその瞳に恐怖の色を浮かばせながら、困惑したように首を傾げるメバチ先輩。


 困った顔をした先輩も可愛いなぁ、と1人ほっこりしながら、俺はぺチンッ! と自分の額を軽く叩いた。


 あちゃ~、なるほどなぁ。


 こりゃ1本取られたぜっ!


 どうやら神様は、俺よりも1枚上手なストーリーテラーらしい。


 本当の真実はこうだっ!


 俺が彼女を助けて幽霊になり、両想いとなって天に召されていく……ここまではさっきと一緒だ。


 そのあと感動のエンディングと共に、彼女が1人歩いていると、成仏したハズの俺がいきなり彼女の目の前に現れるのだ。


 実は俺は死んでなどいなくて、本当は病院のベッドの上で意識不明のまま横になっていたのだ。


 つまり彼女が接していたのは生霊となった俺で、愛の力により無事意識を取り戻すことに成功し、こうして会いに来たのである。


 彼女は驚き慌てるが、ソレ以上に一緒に居られることが嬉しくて、たまらなく嬉しくて、泣きながら俺に抱き着いてくる。


 俺はソレを優しく受け止めながら、彼女の耳元でこう囁くのだ。




 ――ただいま、と。




 カァ~ッ! そうきたかぁ~っ!


 もう完全に俺たちの背後ではofficial髭●dismさんの『prete●der』が流れてるよ!


 流石は神様、よく分かっていらっしゃる。


 確かに『ビターエンド』や『バッドエンド』といった、儚くも美しい物語は人気がある。


 でもソレ以上に、女の子が笑顔で終われる『ハッピーエンド』の方が俺は好きなのだ。


 確かに物語としてはチープなモノになるかもしれない。


 それでも、やっぱり、女の子が泣いて終わる物語よりも、笑顔で終われる物語の方が俺は大好きだ。



「ど、どうして……? 君はワタシの爆弾で死んだハズじゃ……」

「そう言って先輩は驚きながらも、満面の笑みで俺に抱き着いてきて――うん?」



 今後の明るい未来予想図に想いを馳せていると、突然、俺の思考にカットインしてきたメバチ先輩の言葉に、妙な引っかかりを覚えた。


 あれ?


 先輩、今、なんて言った?



「『ワタシの爆弾』? えっ? なんで先輩が昨日の爆弾のコトを知ってるんですか? ソレを知ってるの、俺と元気と芽衣だけですよね?」

「……あっ」



 メバチ先輩が、あからさまに『しまった!?』という顔を浮かべる。


 なんだろう? すごく嫌な予感がするなぁ。



「んっ? おや、アナタは確か……」



 野郎の先輩を問い詰めていた大和田の兄上が、メバチ先輩を見るなり、何かに気づいたような声をあげた。



「どったべ、にぃにぃ?」

「誰が『にぃにぃ』ですか。いえ、この方どこかで見たような……あっ」



 思い出しました、とどこかスッキリした表情で、野郎共の尻をバッシバシ叩きながら「ほうら、ここがええんやろ? この欲しがりめ!」と邪悪に微笑む鷹野の声をBGMに、兄様はハッキリとこう言った。




「前髪で隠れていたので気づきづらかったですが、その顔、間違いありません。アナタ、2年前、森実高校ミスコンテストの裏ビデオに出演していた方ですよね?」




 瞬間、メバチ先輩の顔から感情が消え去った。

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