第21話 それでも●●●●●は茨の道を突き進む

 殺してしまったかもしれない……。


 茜色に染まる森実高校の廊下を、彼女は1人、宛てもなく歩き続ける。


 周りでは明日の森実祭最終日に向けて、生徒たちが必死に準備している姿が目に入る。


 みな疲れや疲労が蓄積しているのが目に見えて分かるが、その表情はどこか明るく、身体中からイキイキと生気がみなぎっているような気がしてならない。


 ……自分とは大違いだ。


 彼女は血の気の引いた青い顔を前髪で隠しながら、逃げるようにその場をあとにする。


 1人静かなところへ行きたかった。


 周りの楽しそうな声を聞くたびに、彼女の心は重く、深く、沈んでいく。


 その脳裏に思い出されるのは、今日のお昼ごろの出来事。


 自分がベンチに仕込んだ爆弾と、それを対処してみせた1人の少年の姿であった。



「……どうしよう」



 こんなハズじゃなかった。


 ケガさせるつもりなんて、微塵もなかった。


 彼女はただ、『彼女』たちを救いたくって……自分のようになって欲しくなくて。


 ただ、それだけで……。


 グルグルと、自己弁護ともつかない言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。



『ほ、ほんと大丈夫なんですか先輩? こ、こんなコトが学校にバレたら僕ら……』

『大丈夫だってぇ~。オレら何度も同じことやってっけど、1度もバレたことなんてねぇんだから!』

『で、でも……』

『【でも】も【ヘチマ】もねぇの。おまえらだって準備を手伝ったんだから、もう同罪だぞ?』

『つーかビビり過ぎ。さては童貞だな、おまえ?』

『おっ、マジで? よかったじゃん、明日は卒業式だぞ♪ 楽しみにしとけよ?』

「……? ……っ!?」



 そのとき、廊下の向こう側から男臭い下品な笑い声が、彼女の鼓膜を震わせた。


 なんだろう? と思い、声のした方向に視線を向けて――心臓が止まるかと思った。


 彼女の瞳、その視線の先には、男子生徒を数人連れたチャラそうな私服の男たち3人が、心底楽しそうに笑みを溢している姿が目に入った。


 瞬間、彼女の脳裏に2年前の『あの日』の出来事が鮮明に蘇った。


 それは残暑が残る高校1年の秋、彼女がミスコンに出たときの忌々しい記憶。


 消し去りたい記憶の残滓ざんし


 獣のように襲い掛かる半裸の男たち、抵抗出来ずにすがままの自分。


 ハイエナのごとくむさぼられる肉体、もう拭(ぬぐ)い去れないけがされた身体。


 それら全てが一瞬のうちにフラッシュバックし、自然と彼女の身体がガタガタと小さく震え始めていた。



『それにしても、今年のミスコンは粒ぞろいが多いよなぁ。とくにあの、なに? 現生徒会長? あのは最高だなっ!』

『えぇ~っ? イッちゃんも狙ってんのぉ~? 羊飼芽衣ちゃん。もう勘弁してよぉ~。おれも狙ってんだからさぁ~』

『バーカ、こういうのは早いモノ勝ちなんだよ』



 茶髪の男子大学生がニヤッ♪ と、いやらしい笑みを浮かべながら、コツコツと足音を鳴らして近づいて来る。


 彼女は今にも膝から崩れ落ちそうになる恐怖を必死に堪え、息を殺して「お願い、バレないでっ!」と神に祈りを捧げる。


 お願いします神様……どうかバレないでくださいっ!


 バクンッ! バクンッ! と高鳴る心臓と共に、男達が自分の目と鼻の先にまで近づいてくる。



『じゃあ俺、大和田信菜ちゃん担当なっ! はい、決まりぃ~♪』

『あっ、ずりぃっ!? ジャンケンだ、ジャンケンっ!』

『どうせ全員いただくんだから、喧嘩すんなよ?』

「…………ッ」



 そして男たちはゆっくりと――彼女の脇を通り過ぎて行った。


 途端に、止まっていたときが動き始めたかのように、彼女は荒い呼吸を繰り返した。



「ハァ、ハァ……。やっぱり今年は【ヤる】つもりなんだ……」



 去年はあの男たちも卒業し、大学の方が忙しかったのか手を出してはこなかったが、今年は余裕が出来たのか、例年の同じく、いつも通り『アレ』を開催するつもりらしい。



「ほんと、ふざけてる……」



 知らず知らずのうちに、彼女は奥歯を噛みしめて、男たちが去って行った方向を睨みつけていた。


 まるで女性を【モノ】か何かだとしか思っていない言動……変わっていない。


 2年前から何も変わっていない。


 彼らの姿を目視して、彼女は改めて誓いを立て直す。





 例え、全校生徒に恨まれることになろうとも、必ず『彼ら』の企みを潰してみせる。





 決意を新たに、彼女は再び茨の道を歩き始めた。

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