第20話 ドキッ♪ 嵐を呼べ、モーレツ! オカマ帝国の逆襲

「――愚弟、アンタ……。病院にナースのコスプレでやって来るだなんて……我が弟ながら、どこまでチャレンジャーなんだ? 正直もう、姉ちゃんは手に負えないぞ?」

「違うんだよ姉ちゃん。これはその……ね? 分かるでしょ?」



 モノホンのナース服に身を包んだ我が家の不良債権こと、大神千和おおかみちわ姉上がヤベェ変態を見る眼つきで、ベッドに横たわる俺を見下ろしてくる。


 もはやその瞳は、血を分けた弟に向けるソレではなく、とんでもねぇ変質者と遭遇したときのソレであった。



「あぁ、もちろん分かっている。何も言うな。弟の趣味に口を出すほど、姉ちゃんも野暮じゃないさ」

「いや何も分かってねぇよ。コレは文化祭の仕事着みたいなモノで、俺の趣味じゃねぇから」

「でも男はみんなナース服が好きだし……、愚弟だって、ナースもののAVを腐るほど持っているだろ? この間なんて『よし、病院へイこう! たまたまカラッカラになるまで搾り取ってくれる淫乱ナース』と『緊急パコパコ病棟24時~超絶エッチなナース長に射精管理されるボク~』を買ってたし」

「ねぇ、なんで知ってるの? 弟にプライバシーはないの?」



 時刻は午後6時少し過ぎ。


 場所は森実高校から打って変わって、俺は姉が通っている森実大学附属病院のベッドの上で、我が残念な姉君と小声で言い争っていた。



「それにしても、ほぼ5階から落ちたっていうのに、骨折はおろかヒビすら入っていないとは。流石は戦闘民族であるあの人お母さんの血を引いているだけのコトはあるわね」

「自分でも、己のタフネスぶりにビックリだわ」



 そう俺は数時間前に理由わけあって森実高校の屋上から、紐無しバンジージャンプを決行したというのに、ケガは数か所の浅い裂傷と軽い打撲で済んでいたのだ。


 流石に気は失っていたようだが、精密検査をしてくれていた先生が『どういう身体の作りをしているんだい? キミはほんとに僕と同じ人間かい?』とぼやいていたのは記憶に新しい。



「担当の先生が言ってたぞ。『千和くん。キミの弟は、ご飯にボンドか超合金でも混ぜて食べているのかい?』って。姉ちゃん、もうすっごく恥ずかしかったぞ?」

「ケガをしている弟に、追い打ちをかけて楽しいかい、姉ちゃん?」

「ほぼ無傷のクセに、ナニを甘えたコトを言ってんだテメェは?」



 姉ちゃんは、これみよがしに肩を竦めてみせると、恩着せがましい口調で。



「ほんとはもう帰っていいそうなんだが、あたしの弟だってことで、一晩だけ入院してもいいってさ」

「おっ、マジで? ラッキー☆」



 明日の朝、ナースさんのお尻をローアングルから拝謁させてもらえる権利を手に入れ、喜びに打ち震える俺。


 これは身体を張った甲斐かいがあったというもの、やったね♪



「んじゃま、姉ちゃんは隣の部屋で山崎さんとスプラトゥ●ンしてっから、何かあったら連絡しろよぉ?」

「あいあ~い、あんがと姉ちゃん」



 堂々とサボり宣言を口にしながら、病室から出て行く我が姉君を見送りつつ、俺は視線を窓の外へと逃がした。



「今頃みんな、明日の準備でもしてんのかなぁ」



 なんて思っていると、枕元に置かれていた俺のスマホがブルブルと震えてみせた。


 あぁ~、病院内だから電源切らないとなぁ。


 そんな事を考えつつ、スマホを手に取ると、画面には我が残念な友人『アマゾン』の文字がデカデカと映し出されていた。


 そう言えばアイツ、今日ずっと喫茶店のシフト入れられてたっけ。


 俺は我が友の残念を通り越してもはや殺意すら抱きかねないアホ面を思い浮かべながら、通話ボタンをタップし。



『もしもしっ!? 大神かっ!? た、助けてくれ!?』

「うぉっ!? びっくりしたぁ……」



 やけに切羽詰ったアマゾンの声が耳朶を叩き、思わずスマホを取り落としそうになった。


 アマゾンは公園で遊ぶ幼女を遠くから見守る紳士のように『ハァ、ハァ……』と息を荒げていて……うん?



「どったべ、アマゾン? 初セクロスに失敗した男子中学生のような声をだして? 発情期か?」

『今はそんな冗談に付き合っている場合じゃねぇんだよっ! 大神、おまえ今、どこに居る!? えっ、学外? 病院? ガッデム!? こんなときに限って!?』



 使えねぇな、オイッ! と何の脈絡もなく悪態を吐かれる俺。


 まるで生理2日目の姉ちゃんのようにカリカリしているアマゾンに、俺は眉をひそめながら声をかけた。



「どうした? もしかしてウチの喫茶店で何かあったのか?」



 脳裏をよぎるは、今日の朝、芽衣と一緒にパンケーキを楽しんでいたときに現れたチャラ男3人衆である。


 もしかしたら、あのときの報復としてウチのクラスに嫌がらせでもしに来たのだろうか?


 嫌な予感がムクムクと湧き上がってくる俺を尻目に、アマゾンは一言、簡潔にこう言った。



『――本物だ。本物が来やがった!』

「はぁ?」

『だから、本物が来たんだよっ! どこで噂を聞きつけたかは知らんが、女装が本職の屈強なお兄様、いやお姉様たちが、大挙してウチのクラスに押し寄せて来やがった!』

「……マジで?」



 大マジだ! とスピーカーからアマゾンの怒鳴りつけるような声が病室に木霊した。


 えっ? うそっ?


 本物の方々が、2丁目からやって来たの?


 わざわざ? 俺たちの喫茶店目的で?



「えっ? なんで? 意味わかんないんですけど?」



 どうして2丁目のお兄様、いやお姉様たちが、俺たちの喫茶店に?


 今の内にライバル店を潰しておこうとか?


 いやでも、ウチは森実祭限定の特別営業だし……う~ん?


 はて? と俺が首を捻っていると、アマゾンがまたもや簡潔に、ハッキリとこうおっしゃった。



『――ドラフトだっ!』

「……どらふと?」

『あぁっ! あいつら、オレらの人権を一方的に無視して、教室のど真ん中でドラフト会議をおっぱじめやがったんだ! もう既に山下、山本、竹林、高清水が持って行かれた!』



 チッ、と忌々しげに舌打ちを溢すアマゾン。


 持って行かれたって……えっ、なに? 人体錬成?


 右手と左足、持って行かれた?


 何故か俺の頭脳がこれ以上の理解を拒むように、情報をシャットダウンし始める。


 なんというか……心の底から関わり合いたくなかった。



『女生徒や一般の来場客は、なんとか逃すことが出来たが……オレたち野郎共は逃げる前に退路を断たれちまった。今はバックヤードに引っ込んで籠城戦ろうじょうせんを仕掛けているところで――』

『大変だっ! オカマたちが第二防衛ラインを突破したぞ!?』

『なんだとっ!?』



 恐らく斥候せっこうと思われる男子生徒の声が、かすかにスマホ越しから聞こえてきた。


 瞬間、アマゾンの声が司令官のソレに変わった。



『第二防衛ラインは黒子と田坂が居たハズ……まさか持って行かれたのか!?』

『アマゾン指令っ! 何者かが第三防衛ラインに接近中。パターン青、オカマですっ!』

『ここで必ず食い止めろ! 何ともしても最終防衛ラインには近づけるな!』

『お、オカマたちの方からメインコンピューターにハッキングを仕掛けられました。このままだと、このバックヤードの使用権をオカマに奪われます!』

『何とかして取り戻せないか?』

『ダメです! エラーコード666! こちらの反応を受け付けません!』

『チッ……北大路(きたおおじ)っ! ファンスティング・フォンスティングとSecondセカンド moduleモジュールを切り離せ!』

『もうやってるよ! 作業終了まであと10ピクロス』



 スマホの向こう側で、野郎共の怒声が飛び交う。


 ……なんか、俺のクラスメイトが世界の命運をかけた戦いに巻き込まれている感じがする。


 えっ? なに? おたくら、異世界転移でもしちゃった?


 どうでもいいけど、なんで日本人は異世界だと、あんなにやたらと強いんだろう?


 戦闘訓練もまともに受けていない素人のクセに。



「なぁ、アマゾン? なんか忙しそうだし、もう切っていいか?」

『待て大神っ! せめて増援の補充を――えぇいっ!? なんだこの警告音はっ!?』

『ライト・ウィング暴走! ダメです、制御できません! こ、このままだと、このバックヤードは!?』

『泣き言はあとにしろ! レフト・ウィングとセントラル・ウィングをそちらに向かわせるんだ!』

『も、もしやポポルンの陣ですが!? 指令、それはあまりにも危険すぎます!』

『ここでヤツらを仕留めなければ全てが終わるぞ! いいかおまえたち、世界の命運は我々の肩にかかっている! 全員、気合を入れ直せ!』

『『『『了解ッ!』』』』



 アマゾンの一喝に、野郎共の声が共鳴するのとほぼ同時に、耳をつんざくような爆発音が響き渡った。


 ……あいつらは一体ナニと戦っているんだろう?




「用が無いなら、もう電話切るぞ?」

『ふざけんなっ!? おまえには、オレらを助けるという最重要任務が――あぁクソッ!? 来るぞ! 全員、対ショック体勢――』 




 ――さらば友よ。



 俺はそう胸のうちで呟きながら、爆発音が響き渡るスマホの通話をそっと切った。


 今まで気づかなかったが、我が友人たちはちょっとガタがきているのかもしれない。


 あぁ……目を閉じれば蘇る、マイフレンドたちとの思い出。


 放送室をジャックし、カラオケ大会を開いたたり、職員室に忍び込んで、先生のパソコンで美少女ゲームをしまくった輝かしい日々。


 去年の森実祭では視聴覚室を占拠し、ピザを頼んで大画面でAV鑑賞したあの胸の高鳴りを、俺は多分一生忘れないと思う。


 仲間たちの新たなる門出を、1人静かに祝福していると、またしても俺のスマホがブルブルと震えた。



「ったく、しつこいなぁアマゾンも。だからモテない――って、なんだ芽衣か」



 スマホを見ると、画面には『ハリボテ』の輝かしい4文字が踊り狂っていた。


 俺は流れるようにスマホの通話ボタンをタップし、いつものダンディでイケてる声を女神さまにお届けした。



「ご指名ありがとうございますっ! あなたのお耳の恋人、しろボンですっ♪」

『チェンジ』

「アウト3つかぁ……次は頑張るわ」

『変なところで芸人魂を爆発させるんじゃないわよ』



 そう言って、どこか安堵したような吐息を溢しながら、スマホの向こう側でクスクスと笑う女神さま。



『どうやら元気そうね、士狼。屋上から落ちてきた時はどうなるかと思ったけど、頭以外は無事なようで何よりだわ』

「いやぁ、自分でも己のタフネスさにビックリだわ」

『頑丈な身体に産んでくれた蓮季さんに感謝しないとね。一応森実祭が終わったら、洋子と一緒にお見舞いに行こうと思っているんだけど、何か欲しいモノとかある?』

「別にいいよ、明日には退院だし」

『……なんでほぼ5階から落ちたのに、明日には退院なのよ? 骨折とかしてないの?』

「先生が言うには、ほぼ無傷だって」

『どんな身体してんのよアンタ……』



 何故かほんのりドン引きしている芽衣の言葉が鼓膜を撫でる。


 ちょっと? 誰のためにここまで頑張ったと思ってるの?



「そう言えば、あの後。俺が気絶したあと、どうなったよ?」

『それはもう、大変だったわよ? どこかの誰かさんは屋上からダイブしてくるし、来場客は悲鳴をあげるし、爆弾の爆発音は凄いしで、誤魔化すのに苦労したわ』



 でも、と芽衣はどこか得意な口調で。



『なんとか森実祭の中止だけはまぬがれたわ。ほんと我ながらよく頑張ったわ』

「お疲れ様です会長っ! ところで、爆弾を仕掛けた犯人は、一体誰か分かったわけ?」

『それが全然。結局、士狼が病院にかつがれた後、何かしてくると思って警戒していたんだけどね? なぁ~んにもしてこないの。もう拍子抜けってくらいに』

「ほ~ん。マジで何だったんだろうな、あの爆弾?」

『分かんない。まぁ森実祭も、まだあと1日残ってるから、油断はしないけど』



 若干の疲れがにじんでいるのか、声にいつものハリがない芽衣。


 う~ん、明日はミスコンだし、今日はもうゆっくり休んでいただきたいところだ――って!?



「あっ!?」

『おわっ!? ビックリしたぁ……なによ? 急に大きな声なんか出して?』

「いや、とても大切なコトを聞くのを忘れてたわ」



 いまだ爆弾の謎が残るが、それよりも今は確認しなければいけない大事なコトが1つある。


 そう、それはもちろん――



「芽衣さんや? 森実祭が中止にならないってことは、明日のミスコンも中止にならないってことですよね?」

『当然っ! 士狼も明日退院なら、アタシがきっちり優勝するトコロを観に来なさいよ?』

「OK,我が命に代えても」

『愛が重いわ……。でも、ありがと』



 ふふんっ♪ と自慢げに鼻を鳴らず芽衣。


 俺の脳裏に『どやぁっ!』と、どやどや♪ している芽衣の顔が鮮明に浮かび上がった。


 チクショウ、可愛いじゃねぇか。


 ぜひとも彼女には、もっと『どやどや♪』して貰いたい所だ。



『もちろん明日は森実祭の打ち上げと、アタシの祝勝会を同時にやるわよ? あっ! 言っておくけど、洋子と士狼は強制参加だからね? 明日は2人して、アタシを褒め称えなさいっ!』

「おっとぉ、パワハラかぁ?」

『……なによ? 嬉しくないの?』

「もちろん超嬉しいですっ! やったぁ!」

『うむ、よろしい♪』



 上機嫌にそう答える芽衣の口調は、いつものハリのあるソレに戻っていて、自然とコッチの頬も緩んでしまう。


 うんうん! やっぱり女の子は、笑顔と元気が1番のお化粧だよねっ!

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